112●おすすめ映像音楽(10)…『スター・ウォーズ』は『ベン・ハー』に始まった!?

112●おすすめ映像音楽(10)…『スター・ウォーズ』は『ベン・ハー』に始まった!?




 『ベン・ハー』作曲者のミクロス・ローザ氏、本当に偉大だと思います。

 というのは、『ベン・ハー』の音楽は、後の世に続く数々のスペクタクル超大作映画のお手本になっているからですね。

 真似をするか、何とかして乗り越えようと工夫するか、です。


 煌びやかなパレードからホンワカなロマンス、壮絶な戦闘から敬虔な奇蹟のシーンまで、重要な場面に明確なテーマ曲が与えられ、回想シーンごとに最適の曲想が甦りゆく『ベン・ハー』。


 その手法、古くはワーグナーのオペラや楽劇で初めて本格的に用いられたライトモティーフに端を発しますね。『ニーベルングの指輪』で大成したクラシック音楽のテクニックが、『ベン・ハー』で花開いたという感じです。

 映画音楽がオペラと並ぶ総合芸術として、その地位を確立した記念碑的作品と言うこともできるでしょう。



       *


 ともあれ、色々な楽団による演奏が派生してCD化されたおかげで、さまざまな角度から『ベン・ハー』の音楽を楽しめるようになったことは確かです。

 たとえば、このような差異があると感じます。あくまで個人的な感想ですが。



●『オリジナル・モーション・ピクチャー・サウンドトラック ベン・ハー』(MGMスタジオ・オーケストラ:1997発売)

 これが“本物サントラ”ですね。映像をそのまま思い起こさせる曲想が魅力です。

 ただし、オーケストラの中の金管とドラムが強調され、バイオリンなど弦楽器の調べは抑え気味に聴こえます。と言うのは、画面に現れる古代ローマの楽隊は、もっぱら管楽器と太鼓なので、その情景に合わせたのでしょうね。

 兵士たちの行進や、ガレー船を漕ぐ場面などにフィットさせるためか、管楽器の響きはやや粗削りな印象で、ザッ、ザッ、ザッと足音高く進むような、軍隊調に聴こえてきます。

 場面を進めるスピードに制約されるのか、限られたフィルムの尺にキッチリと収まるように、概して、やや速足の演出になっているような……


●『MGM映画 ベン・ハー オリジナル・サウンドトラック』(ローマ交響楽団)

 ちょっと可哀そうな歴史を辿った“偽物サントラ”ですね。長い間、世間の人々にはこちらが本物サントラとされてきたのですが、それだけのことはあって、たしかに名演奏です。

 フィルムの尺や情景に合わせることよりも、曲そのものの美しさを存分に追求した演奏になっていると感じます。弦楽器の音の比重が高められ、金管重視と思われる本物サントラではトゲを感じる箇所も滑らかに流れ、場面の制約を離れた、のびやかで華やかな演出。

 『序曲』の、弦楽器とチューブラーベルの主旋律は、屈指の美しさではないでしょうか。惜しむらくは『戦車チャリオットの行進』が収録されていないこと。


●『ベン・ハー』(ミクロス・ローザ指揮 ナショナル・フィルハーモニック・オーケストラ 1977年初版 CDLK4332 ヴォーカリオン2007発売 ミクロス・ローザ作曲の『クオ・ヴァディス』とのカップリング二枚組)

 先の“偽サントラ”さんに比べて、華やかさでは負けますが、ずっしりと重々しく、かつゆったりとした、堂々たる演奏です。本物サントラよりはローテンポで、荘厳さを強調した演出に聴こえます。

 『序曲』のパートに続く『ベツレヘムの星』『賢者の礼拝』のフレーズ、そして『奇蹟とフィナーレ』は宗教性が高く感じられ、教会の大伽藍で聴いているかのよう。作品テーマの主軸である、キリストの恩寵を存分に予感させてくれます。

 このCDには、待望の『戦車チャリオットの行進』が収録されていて、この演奏は本物サントラをしのぎます。管と弦のバランスが絶妙、円熟の味を感じさせる、決定版的な仕上がりではないかと。


 その他にもリヒャルト・ミュラー・ランペルツ指揮、ハンブルク・コンサート交響楽団の演奏になるVDC1188(1962年録音)などがあります。


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 『ベン・ハー』のCDを幾つか聴いて、気になるのは以後の映像作品に与えたであろう影響です。

 とりわけ、 “偽サントラ”のローマ交響楽団版、これ、本物サントラを凌駕する粒よりの名演なんですね。

 たとえばトラック3の『ローマン・マーチ』。

 曲だけを聴きながら、ときどき「ガーレ・ガミロン!」なんて合いの手を入れても、サマになります。あるいは「♪帝国はとても強い~戦艦は何もしない~デス・スターは脆い~」のあの歌詞を思い浮かべてイメージをダブらせても、なかなか、いい感じです。『宇宙戦艦ヤマト』や『スター・ウォーズ』のサウンドにつながる音楽要素が含まれているのかもしれません。


 それに、『ベン・ハー』の序曲に次ぐ名曲といえば『戦車チャリオットの行進(サーカス・パレード)』。

 その場面は、画像的にも音楽的にも、21世紀の映画『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』のフラッグパレードの場面に被りますね。ルーカス監督とジョン・ウィリアムズ氏はやはりそこで、『ベン・ハー』へオマージュを捧げたのでしょう。


 ということで、音楽の面では、『ベン・ハー』(1959)あっての『スター・ウォーズ』(1977)と言えるのではないかと……。


 両作品を隔てる時間は、18年。

 ルーカス監督やジョン・ウィリアムズ氏が『ベン・ハー』を知らないはずがなく、影響が皆無とは言えないだろうと思われます。



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 ルーカス監督は『スター・ウォーズ』を構想するにあたり、戦前に短編映画シリーズとして12話が制作された『フラッシュ・ゴードン』を念頭に置いていたといわれますが、同じく1939年の米映画『原子未来戦…バック・ロジャース…』を知らなかったとは思えません。

 どちらの作品も映像化された最初期のスペースオペラですね。『バック・ロジャース』のオープニングでは、イントロの解説文が手前から空の彼方へと遠ざかりながらスクロールされていきます。

 その演出スタイルはそのまま『スター・ウォーズ』に継承されましたから、『バック・ロジャース』へのオマージュが含まれていることは確かでしょう。

 『バック・ロジャース』はそれ以前に『フラッシュ・ゴードン』と同様に短編映画のシリーズが全12話が制作されていて、作中の音楽はもっぱら、クラシックが用いられていました。

 ルーカス監督も当初は、『スター・ウォーズ』の音楽はクラシックを使えないか、検討されたらしいですね。しかし結局はオリジナルのサントラ音楽を作曲することにして、ジョン・ウィリアムズ氏に委嘱されたわけです。


 なるほど、と思います。

 『スター・ウォーズ』にクラシック音楽が使われなかった理由は、容易に想像がつきます。

 『スター・ウォーズ』が公開された1977年の9年前、1968年に公開された『2001年宇宙の旅』。

 その冒頭を飾る『ツァラトゥストラはかく語りき』と『美しく青きドナウ』のインパクトは大きく、宇宙を舞台とするSFもので、クラシック音楽を使ってアレを超えることは、まず不可能と思われるからです。

 そこでジョン・ウィリアムズ氏が作曲されることで、20世紀屈指の名曲が爆誕したことになりますが、おそらく、ジョン・ウィリアムズ氏自身も超えなくてはならない壁が、もう一つ、あることにお気づきだったはずです。


 『スター・ウォーズ』公開の1977年に先立つこと12年、1965年にTV放映され、映画化もされた『サンダーバード』ですね。


 1965年といえば、『宇宙家族ロビンソン』が放映を始めた年、同氏はそのテーマ曲を作曲しておられたのですから、同じSF作品である『サンダーバード』の音楽もきっと一度はお聴きになったことでしょう。


 バリー・グレイ氏作曲による『サンダーバード』。

 “明るい未来讃歌”を感じさせる爽快なメロディーラインが冴えわたります。何度聴いても飽きが来ず、親しみを増すサウンド群。日本国内で放映されたTV作品のサントラとしては、『スター・ウォーズ』よりも大きな心理的影響を残した、20世紀の最高峰と言えるのではないでしょうか。

 なんといっても1977年に『スター・ウォーズ』に熱狂した若者世代は、幼い頃に『サンダーバード』の洗礼を受け、特撮SF作品への下地を作っていたのですから。




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