106●おすすめ映像音楽(4)…ぶっ飛び、カッとび、ストコフスキー!

106●おすすめ映像音楽(4)…ぶっ飛び、カッとび、ストコフスキー!




 さて、映画音楽、というよりも、むしろ“音楽映画”の嚆矢ととらえてよさそうなのが『オーケストラの少女』(1937米)ですね。

 世界恐慌下のニューヨーク、失業音楽家が結成した貧乏楽団を救おうと考える少女パッツィーは、当代一流の指揮者レオポルド・ストコフスキー氏に客演してもらおうと奔走するのですが……。

 ストコフスキー氏ご本人がフィラデルフィア管弦楽団を率いて出演、全編にクラシック音楽が散りばめられ、当時の超一流の演奏をナマ感覚で堪能できるという、誠にありがたい一作です。



 そしてストコフスキー氏がフ管弦楽団とともに続いて出演したのが、あの名作……

 ディズニー制作の『ファンタジア』(1940米)でした。

 これは文句なしに音楽映画の決定版と言ってよいでしょう。映画界で初のステレオ音響に、総天然色のカラーアニメーション。CGの存在しない時代に、手描きのセル画で鮮やかに、かつ繊細に謳い上げられる幻想の世界。

 21世紀の今でも、この表現水準は超えられていないのでは?

 とりわけチャイコフスキーのバレエ組曲『くるみ割り人形』の一篇である『花のワルツ』は圧巻で、その視覚的快感はこれぞ極楽浄土の境地。

 日本では太平洋戦争開戦前年の昭和十五年、国策戦争映画ばかりが幅を利かせた時代に、太平洋の彼方でこれほど情感豊かな芸術が創造されたことに、ただ敬服するしかありませんよね。

 その後のディズニーアニメ作品のみならず、映像と音楽の密接な関係を築き上げた、まさしくエポックメイキングな傑作です。


 『ファンタジア』のサントラCDは市販されていますので、ストコフスキー・シェフの超絶レシピによる“名曲つまみ食い集”といった感じで、美味しくいただくことができます。

 ただしこのシェフ、かなりの変わり者。

 風貌からして、未来へ逆走するデロリアンに乗ったドク先生といった感じで、天才奇才のマッドなオーラ、燦燦さんさんです。

 演奏は抜きん出て個性的。

 オケの楽器の配置なんか好みでさっさと変えちゃいます。

 良く言えば、自分らしさを大切に、悪く言えば、ただの自分勝手。

 曲速の早い所を遅く、遅い所を早く、良く言えば緩急自在、悪く言えば暴走脱線。

 概して、クレージーさを感じるほどハイテンポな指揮っぷりが随所にみられます。

 『ファンタジア』では『花のワルツ』がかなり速かったですね。原曲を一部短縮しているようですが、それにしても結構、俊足感があります。ただし映像との調和は最高で、作品中で一、二を争う神場面でしょう。


 サントラではありませんが、ストコフスキー氏の指揮による別のアルバム、フィリップスから1997年に発売された『バレエ組曲〈くるみ割り人形〉』PHCP-9552を参照してみます。演奏収録は1973年。

 注目はトラック3の『行進曲』。

 一般的に2分半かけられることが多い演奏が、わずか1分と44秒で終了。

 通常の五割増しの超特急演奏です。

 通勤電車の運転手が停車駅を忘れて、ビュッとホームを駆け抜けるかのよう。

 聴衆はホームに置き去りです。

 ぶっ飛び、カッとび、ストコフスキー!

 そんなに急いでどこへ行く。

 ブラームスのハンガリー舞曲第5番と間違えてんのとちゃうか。

 『独裁者』のチャップリン髭剃りシーンといい勝負です。

 あっという間に終わってしまいます。これでは聴いた記憶が残りません。

 ただでさえ短い曲、これ以上短縮されたら、演奏しないのと同じでは。

 それだけに聴衆も、真剣に集中して聴くことを要求されます。

 しかしさすがに、演奏収録の四年後にはスター・ウォーズのサントラ演奏で世界を制するロンドン交響楽団。

 どうみても無茶振りな指揮棒に、臆することなくスラスラと対応、一音たりともコケません。涼しい顔してドヤ顔も見せながら、お任せくださいといわんばかりに奏で上げたのではないかと想像します。

 すげー……。

 磨き抜かれた宝石のように、美しいプレイ。


 しかしこれ、ダンス組曲だぞ。

 踊れるのか? トゥシューズでキツツキみたいに。

 マシンガン・ステップで親指くじいたりしませんか?


 コンダクター界の極超音速ごくちょうおんそくミサイル、ストコフスキーさんでした。





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