105●おすすめ映像音楽(3)…無声映画の最高峰? ジブリの『On Your Mark』!

105●おすすめ映像音楽(3)…無声映画の最高峰? ジブリの『On Your Mark』!




 映画『街の灯』の感動の源泉、その第三は……

 作品が無声映画サイレントだったことです。

 1931年当時の映画界は、セリフが音声で再生されるトーキー映画が市場を席捲しつつありました。実際、同年公開の『會議は踊る』はトーキー映画です。

 チャップリンが無声映画を好み、あえてサイレントの形式にこだわったのですね。

 そのため作品ではセリフの音声が無く、登場人物はおおむね口パク状態、大事なところでセリフを書いた字幕が挟まれて、観客が誤解しない程度にストーリーを誘導してくれます。

 しかし映画制作に三年もかけている間に、サイレント形式がすっかり時代遅れになってしまったことも事実。このままでいいのか? となりますね。

 チャップリン氏、見事な妥協を示します。

 伴奏音楽と効果音を録音したレコード等を別に用意して、上映の基本はサイレントだけど、映像にタイミングを合わせてサントラ同様の音曲を流す“サウンド版”としたのですね。

 その結果、作品は音楽を獲得しました。

 スペインの作曲家ホセ・バディラになる古い歌曲『ラ・ヴィオレテラ』(LA VIOLETERA)をベースに、チャップリンの作曲になるオリジナルパートを含めてアレンジした、哀愁に満ちたメロディが全編を彩ります。

 これは厳密にはフィルムの端に焼き付けたサウンドトラックではありませんが、素晴らしい映画音楽となりました。

 基本がサイレントなので、登場人物のセリフは聞こえません。

 何をどう語っているのか、字幕がなければ、自分で想像するしかありません。

 そこを、代わりに音楽が語ってくれます。登場人物の思いを、情感を、音楽に変換して伝えようとしてくれる、そう思うわけです。

 単なる雰囲気づくりのBGMでなく、音楽で語り伝える。

 その意味でも、『街の灯』は稀有の芸術作品に結実したということでしょう。


       *


 音楽はついているけれど、画像はサイレントでセリフ無し……という表現スタイルは、戦前の1931年だからどうにか通用したのであり、現代にあっては古すぎて見られたものではない……と思われるかもしれません。

 しかし実際にはこの手法で、超絶的な傑作が生みだされた例があります。

 『街の灯』から64年後の1995年。

 ジブリアニメの最高傑作と讃えられる、『On Your Mark』ですね。

 美しくも激しい映像詩です。

 わずか7分弱の掌編にも拘わらず、描かれた内容の重さ、アニメーションの技術的完成度の高さ、そして映像と曲のマッチングの鮮やかさ、絶妙のバランスが織りなす、“世界最短の超大作”といえるかもしれません。

 これはもう、観て下さいとしか言いようがありません。あまりにも、凄い。


 岡田斗司夫先生のネット配信等で詳しく語られていますが……

(すみません、私は“無料部分”しか見ておりません。以下の文は不勉強なまま書いておりますが、失礼がありましたら何卒お許し下さい)



 本作が制作・公開された1995年は、あのカルト教団のテロと教団崩壊、それに阪神淡路大震災が勃発し、作品イメージに重なりました。また、過去のチェルノブイリとともに、十六年後の福島第一発電所の原発事故を予見したかのような背景設定にも刮目させられます。

 On Your Mark……と、スタートラインについて走り出すが、いつもうまくいかない、けれど未来を信じて何度でもやり直す……という歌詞の内容に合わせるかのように、翼を持つ少女の救出に失敗するシナリオと、奇蹟が起こったかのように成功するシナリオが並列され、絶望と希望が交錯する、その心理効果の見事さ。


 ストーリーの前半、警察がある教団を奇襲し、信者を無慈悲に殺戮するシーンは衝撃的です。逮捕せず、最初から虐殺するからです。

 そこに神の救いはなく、宗教は正義に見放され、かつ警察という組織も正義を捨て去り、結局、正義はそれぞれの人の心の中だけに、ひっそりと宿るしかない……と解することもできます。


 警官たちは教団施設への突入時にガスマスクを着用し、教団信者たちはマスクをつけていないことから、警察側が教団制圧のために毒ガス、もしくは麻痺効果のあるガスを散布したことが推測されます。ガスの力で抵抗力を削いだうえで自動小銃と手投げ弾で殺戮していますので、到底人道的とは言い難い、むしろ、どっちがテロリストなのかわからないほど異常な実力行使に見えます。

 ということは、それだけ過激な手法を用いても確保したい何かが、教団施設に隠されていたわけですね。それが、あの翼を持つ少女であることは明らかです。


 少女を救出した二人の警官は、少女に対する警察側の扱いに疑問を持ち、今度は自分たちの手で警察施設から少女を解放してあげようと決意します。

 そのための準備工作を自室のパソコンで行い、特殊な電子器具を組み立てる様子が描かれていますが……

 ここで、ひとつ不自然な点があります。

 二人は一介の警察官であり、立場的にはわりと下っ端。制服のまま大衆的な居酒屋に立ち寄り、バイオ合成されたツマミをあてに、どうみても合成酒みたいな安酒を酌み交わす身分……なのですが、二人の自室の背後には、誰かから贈られた花束やリボンを結んだプレゼントの箱や、高級ワインらしきボトルが並んでいます。

 表向きはボンビーポリスなのですが、生活実態は妙にリッチ。

 岡田斗司夫先生の解釈もありますが、アニメのこの世界の中でつじつまを合わせるならば、この二人の青年は警官として勤務しながら、じつはなんらかの組織の工作員で、花束やワインやプレゼントの箱は、知り合いの金持ち女性からの贈り物という体裁をとって、特殊な化学合成に使う素材や道具、また箱の中には工作活動に役立てる電子部品や、あるいは爆発物や携帯武器などを隠して送られてきているのではないか……と解釈することもできるかと思います。


 二人の青年は、特別な使命を帯びて、警察官として行動している二人組のエージェントだということですね。


 だから二人は普通の市民には作れそうもない麻痺ガスのスプレー装置や、レーザーセンサーを停止させる電子機器などをこっそりと組み立てることができたのでしょう。逃走用のトレーラーや、都市の外へ走ってゆくイタ車も、事前に燃料を入れて、すぐに奪って動かせるように用意しておいたものと思われます。


 その使命は……おそらく、放射能に汚染された世界に適応して生きることができ、自在に翼を広げて空を飛ぶこともできる新人類が出現したという情報を得た“組織”から派遣されて、その真偽を探ること、できれば新人類の一人を組織のもとへ連れていくこと……ではないでしょうか。


 しかし二人は、少女を自由な大空へ放つことを選択します。


 二人の青年に命を救われて虚空をめざす少女が、放射能に汚染された世界に適応するニュータイプの新人類だとすれば、彼女は人類進化の希望そのものです。

 ならば、二人の青年の行為は、人類の未来への希望を大空へ解き放ってやること。

 しかし、その善行と引き換えに、二人の青年は死の放射能にさらされ、命を失うしかないのだ……とも想像できます。

 ハッピーに見える結末が、じつは壮絶な宿命に裏打ちされているのですね。


 飛び立つ瞬前しゅんぜん、少女はやさしく二人を見おろし、天使の微笑みを浮かべます。

 世の不条理の全てをあきらめ、許容するかのように。

 この飛び立ちが、そのまま三人の永遠の別離となることを悟っていたのかもしれませんね。


 セリフは一切ありません。登場人物の想いと言葉は観客の想像に委ねられていることが、作品の魅力をいやがうえにも引き立てます。

 耳に入るのは音楽だけで、セリフはなくとも心は伝わる……

 ちょっと不思議で、ファンタスティックな体験をさせてくれる作品です。


 ジブリ作品の劇場用長編としては、最高傑作は『かぐや姫の物語』(2013)だと思いますが、全作品を通じての頂点は、この『On Your Mark』(1995)に尽きるでしょう。


 音楽あり、しかしセリフ無しのサイレント映像。

 そしてこの様式は決してオワコンではなく、ミュージックビデオのスタンダードな形態として、21世紀の現代でも表現の最先端を走っているわけです。



       *


 それにしても……


 そもそも音楽アーティストCHAGE and ASKAのミュージックビデオとして制作された『On Your Mark』。

 二人の青年警官は、CHAGE and ASKAの両氏に似せたキャラとされています。


 それから21世紀に入り、いろいろあって、CHAGE and ASKAのASKA氏は2019年に、このデュオグループを脱退されました。

 

 画面で、翼を広げた少女の手にキスしたのは、CHAGE氏の方です。

  ASKA氏はハンドルを握っており、キスしていません。

 CHAGE氏が少女と交わしたのは、手のひらへのキスでした。

 手の甲にするキスは、騎士が姫君に対してするように、忠誠の心をあらわします。

 手のひらへのキスは、より強い“願望”をあらわします。求愛やプロポーズとか。

 少女が、絵コンテに書かれているように“天使”だったとしたら……

 CHAGE氏だけが、天使に愛を求める……つまり“祝福を求める”ことが許されたことになります。

 天使は、ひょっとして、祝福を授ける上で、エコヒイキしたのでしょうか?

 誰にも分らぬことですが……

 何とも予言的で、意味深な作品であろうことかと察するばかりです。




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