81●主人公は“謎を解く”。(2)

81●主人公は“謎を解く”。(2)




 で、『進撃の巨人』。

 毎回のように襲い来る巨人をいかにして撃退するのか……といった“小ネタ”の謎に加えて……

 最大の大ネタは、“巨人とは何か、どこから来るのか”という謎ですね。

 第一話から、視聴者の前に、ドーンと突き付けられた、巨大な謎。

 私は当初、これは異なる生態系同士の闘いなのかと思いました。

 世界の生態系の頂点に君臨してきた人類。

 しかし『進撃』の作品世界では、巨人が人を捕食します。

 何ということでしょう。

 世界の生態系の頂点に君臨するのは、あの素っ裸の蟹股ガニマタで歩き回るハレンチバカなデカブツなんかい!

 この屈辱感、この不条理にまず、視聴者や読者はガツンとやられます。

 エレン君やミカサ嬢とともに巨人と闘い、倒していくうちに、少しずつ、壁の内外の世界の情報が明らかにされてきて、巨人の正体がおぼろげに想像できるようになります。

 このテクニックは凄いですね。

 私たちの好奇心、探究心をわしづかみです。

 巨人の正体を知りたい……その思いに引きずられるように、コミックを買い漁ってしまったのではないでしょうか。

 そして物語の進行につれて、謎は少しずつ解かれてゆき、巨人の正体がいよいよ明らかになります。

 ここのところ、さすがですね。ちゃんと説明されている。

 『エヴァ』みたいに、どこかあちらの世界にスッ飛ぶような感じのまとめ方ではありません。

 視聴者や読者の期待に応えて、謎解きの情報を適切に開示していく作者の姿勢には誠実さを感じますし、視聴者もそのたびに欣喜雀躍です。

 そうか……そうだったのか! と。

 ただし……

 巨人の正体があらわになり、その恐怖と狂気と不条理に包まれていた謎が剥ぎ取られるにつれて……

 多少ながら、幻滅感も生まれてくるのです。

 あの恐るべき謎の巨人が、巨人ではなくなってくる……

 つまり、巨人が純粋な巨人であることをやめて、いわば、パイロット搭乗型の巨大ロボット兵器に近い存在に変質してきたわけです。

 アニメのファイナルシーズンに至っては、巨人は近代兵器の体系に組み込まれてしまったかのような印象すらあります。

 その良し悪しは別として、物語の雰囲気も『ガンダム』と『エヴァ』を混合したようなイメージに変わってきます。

 主人公たちの本当の敵は、単なる巨人でなく、壁の向こうの世界の“人間”であるという新事実が立ち上がってくるからですね。

 しかしその説明技巧レトリックは、ちょっと残念。

 あいつら巨人もある意味、人類の一種なのか? ……という認識が生まれたとき、それまでの巨人が、おどろおどろしさを失い、どことなく矮小化されたように感じてしまうのです。

 物語の特質上やむを得ないことですが、それもまた、作者が物語に与えた宿命かもしれません。



 で、『約束のネバーランド』です。

 こちらも大きな謎ネタが、初回から現れますね。

 “鬼とは何か? 鬼と人間の世界の構造はどうなっているのか?”ですね。

 主人公のエマ嬢とノーマン君は、鬼の存在を知ってから、視聴者や読者とともに、鬼の正体と、この世界の仕組みをさぐり、生き延びるための行動を開始します。

 グレイスフィールド脱出までのストーリー展開は、手に汗握る緊張の連続で、一瞬も気を抜くことができません。天才肌のノーマン君が仕掛ける脱出計画とその緻密さは、毎回を盛り上げる“小ネタ”となります。昔日の映画『大脱走』(1965)を彷彿とさせますね。

 アニメのセカンドシーズンとなる脱走後は、農園内における、監視者のママ達との駆け引きの代わりに、子供たちの援助者であるミネルヴァ氏が残した手掛かりの発見と、その暗号の謎解きが“小ネタ”の要素となります。

 都合のいいチート力で危機を突破するのでなく、あくまで理知的に実現可能とみえるノウハウを積み上げていく、リアル感あふれる手法は、昨今流行りの“リアル脱出ゲーム”に通じる“脳内スリル”に満ちているのではないでしょうか。

 とはいえ……

 コミックの最終巻では、本当にこれで鬼の世界と人類の世界の関係性が説明され、問題が完全に解決したのか、少し疑問が残りますが……というのは、エマ嬢の記憶喪失という悲劇によって、最も大切な世界の謎のひとつ…鬼の世界と人類の世界は、物理的にどのようにつながっているのか? という疑問への答えが、ごにょごにょと曖昧化してしまったような感じが無きにもあらず、なのです。

 それはともかく、最終話まで、“鬼の正体と世界の謎”に私たちは引っ張られ続けたと言えるでしょう。

 作者の意図は非常に成功していると思います。



 で、『鬼滅の刃』です。

 こちらも毎回の小ネタは、新手の強力な鬼たちとの闘いにいかに勝利し、生き残るか、というものですが、さらに初回から大ネタの謎が立ち上がります。もちろん……

 “鬼の正体とは何か?”ですね。

 鬼に対抗する“鬼殺隊”という組織が存在することが示され、回を追うごとに、主人公の炭治郎の戦いがレベルアップし、それとともに“鬼の正体”に医学的にせまるアプローチも明らかになっていきます。

 この作品で特徴的なのは、鬼にされてしまった妹の役割。

 彼女を救い、鬼の状態から人間へと、その魂と肉体を取り戻す……という命題が最終話まで貫かれ、視聴者や読者は方向性を誤ることなく、鬼と人との闘いの謎を解き明かしてゆくことになります。



 ということで……

 以上の五作品、いずれも、作品世界の構造に関わる“大ネタ”の巨大な謎が提示され、その謎解きの手掛かりが適宜暗示されていくことで、視聴者と読者をクレーンゲームみたいにガッチリとつかんで離さず、物語のラストまで牽引していく仕掛けが巧みに構築されている……ということが、わかりますね。


 この、謎の組み立て方が、作品の魅力を大きく左右していると思われます。


 大ネタの謎を、小ネタの謎を積み重ねながら、どのように読み解いていくのか……

 それが、ヒット作品の多くに共通する原則ではないでしょうか。


 東大王のクイズ達人からメガネ少年の名探偵まで、この国の人々は“謎解き”が大好きです。

 ヒット作のバックボーンには、“巨大な謎”と“その解明プロセス”が不可欠である、ということでしょう。


 思えばいまだに……

 シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンといつた“謎解きのヒーロー”。

 あるいは吸血鬼ドラキュラや、メフィストフェレスといった、怪奇の謎に包まれた不気味で不可解な存在。

 あるいは異世界のさまざまな異形の怪物や怪獣たち。

 “世界の謎と、謎に包まれたキャラクター”が、すたれることなくラノベ世界を闊歩しています。


 バブルのように浮かんでは消える、“謎”。


 これが、ヒット作品の共通原則の一つであることは確かでしょう。



 まあしかし……

 そうなんです。

 謎を投げかけるだけなら、まあ簡単に出来ることですが……

 解くのは、作者だって大変ですよね。


 それに、私たち人類は、すごく単純で簡潔な謎に、いまだに答えを見出せないでいます。いかなる作品も、この疑問に対する解答には至っていません。


 人は、死んだらどうなる?


      * 


 作者自身、持てる知恵を振り絞って謎を解かねばなりません。

 最終話で解決が閃き、脳内ブレイクスルーのカタルシスに、うまくはまれるか?

 そこが、物語作りのキモなのでしょう。




  【次章へ続きます】



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