76●『君の名は。』(10)…追記2:町長の決断、二葉への愛、その深謀遠慮を紐解く。

76●『君の名は。』(10)…追記2:町長の決断、二葉への愛、その深謀遠慮を紐解く。



【この章は、“75●追記1”からの続きです】





       *


 物語中では隠された伏線になっていると思われる、“二葉の予言”。


 ……2013年10月4日、あなたは糸守町の町長になっています。その日の午後8時42分、大災厄が町を襲います。多くの人が死にます、一葉おばあちゃんも、三葉も四葉も。だからお願いです、みんなを避難させて!


 おそらく、そういった内容だったでしょう。

 これが、俊樹の意思決定に、重要な役割を果たしたと思われます。


 総合しますと……


一、俊樹は民俗学者として宮水家を研究したことから、宮水家の女系の巫女が、不思議な未来予知能力を発揮して、糸守町の災害から住民を守ってきたことについて、ある程度の情報を持っていた。ただし半信半疑のレベルですが。


二、そこへ二葉の、“未来予知の予言”が加わりました。2013年10月4日の大災厄のとき、俊樹は町長の職にあって、住民を避難させる権限を有するであろうことを。ただし半信半疑の俊樹は、その予言の内容を隠したまま二葉を看取ったのでしょう。


三、2013年10月4日当日、俊樹は、三葉(中身は瀧君)から“第一の説得”を受け、実の父親としての直感で、“魂の入れ替わり”の事実を知ることになります。続いて中身が三葉自身に戻った三葉が町長室へ飛び込んできて、必死の思いで“第二の説得”を試みたとき、俊樹は実の父親としての感情を揺さぶられ、“娘の言葉だから、信じてやろう”と心に決めた……。


 そこでようやく俊樹は、全てを悟るに至ったのではないでしょうか。

 

 ……二葉の予言は成就した。俺は自分がすべきことを、今ここでしなくてはならない。家族を救い、住民を救い、歴史を変えるのだ……と。



※ここで特筆すべきは、神社から全速力で駆けて来た三葉(中身は三葉)が町長室へ飛び込んだ時、そこにはすでに一葉おばあちゃんと四葉がいたことです。

 三葉とテッシーが仕掛けた“爆発とニセモノ避難放送”のとき、一葉と四葉の二人が神社にいたら、何事かと境内に出て、避難を呼びかける三葉と出会っていたはず。としたら……

 “爆発とニセモノ避難放送”の前に、俊樹は一葉と四葉を町役場に呼び寄せていたのです。おそらく車を差し向けて、“三葉が行方不明だ”とか理由をつけて。

 その真意は……まずは一葉と四葉を、安全な町役場へ避難させることにあったのではないでしょうか。

 俊樹は二葉から聞かされた“未来予知の予言”によって、町役場が安全であることを知っていたからです。

 ということは……このとき俊樹は、まもなく糸守町に大災厄が訪れることを、半信半疑ではなく、“七信三疑”くらいの比率で信じかけていたのではないでしょうか。

 そこに飛び込んできた三葉の必死の説得で、“信じよう”と決意したのではないかと思うのです。


 なぜか。

 “長ずるにつれ妻に似ていく娘の姿は、祝福でありのろいだった”(『小説 君の名は。』P149)からです。

 俊樹は三葉に、二葉の姿を重ねていました。実の娘からの説得に加えて、三葉の叫びは同時に、二葉の言葉として、俊樹の胸に突き刺さったのでしょう。


 この“呪い”という表現、引っかかりますね。

 なぜ、娘の成長が“呪い”なのでしょうか。

 思いますに、俊樹は三葉の中に、常に二葉の面影を見ていたこと。そして二葉から託された“未来予知の予言”が的中するならば、町の犠牲者五百人の運命が自分ひとりの行動にかかってくることを自覚していたからでしょう。時とともに二葉の“予言”は心の重圧となり、呪いのように、じわじわと俊樹の心を縛り付けていったことと思われます。


 そのように、二葉の死後、俊樹は知らず知らずのうちに二葉の“未来予知の予言”に呪縛され、半信半疑ながら、信じるべきか、それとも……と悩み続けていたのです。

 だから……

 “大災厄のとき、あなたは町長になっている”と二葉に予言されていたことを確かめるために、“それなら町長に立候補してみよう”と決めたのではないでしょうか。

「僕が愛したのは二葉です。宮水神社じゃない」(『小説 君の名は。』P150)と一葉に宣言することで……。

 それは同時に、神主の職を辞することでもありました。おそらく神主と町長の兼業を、一葉おばあちゃんは認めなかったのでしょう。だから一葉は「出ていけ!」と激昂したのだと思います。


 ということは……

 俊樹は二葉の“未来予知の予言”を「妄言」と評しながらも、全否定することはできず、“もしかして、予言の通りになるのかもしれない”との不安にさいなまれながら日々を過ごし、そしてついに、“自分が町長になることで、予言が真実かどうかどうか確かめるしかない”と思い詰めていった……ということなのでしょう。


 そして迎えた当日、2013年10月4日。

 そこへ、ニセモノの避難放送、まさに“二葉の予言”のとおりに。

 慌てて、部下たちにその放送の真偽を確かめさせる、俊樹。

 そして必死の形相で町長室へ飛び込んだ来た三葉……いや、俊樹からみれば、若き日の二葉が。

 “お願い信じて!”と泣いて訴える三葉。

 その表情に重なる、二葉の面影。

 “信じよう”と、俊樹はついにそこで悟った、ということではないでしょうか。


       *


 さらにもうひとつ、町長という政治家としての実利的な計算も、俊樹の頭の中に閃いたことと思われます。

 たとえニセモノでも、避難を呼びかける放送が全町に流れてしまった。

 ここで町長として、「誤報でしたから安心して御帰宅ください」と訂正放送を流してしまったら……

 そこでもしも二葉の予言が的中して大災厄が起こってしまったら、後日、町長の判断が果たして適切であったのか、社会から問われるだろう。

 たとえ法的責任が無くても、「あのまま避難しておけば助かったのに」と遺族から悔やまれ、陰ながら指弾されるのは明らかだ。

 それに町長である自分自身の自責の念。自らに問う罪こそ果てしなく重い。

 自分は、二葉の予言を承知していたのだから。

 そこで……

 俊樹はまず「町民の皆様は、慌てず、その場で待機して下さい」(『小説 君の名は。』P222)と伝えておき、そのうえで、“災害発生の危険が無いとは言えません。念のため全町の避難訓練を実施します”と発令したのだろう……と思います。

 いちおう“避難訓練”としたのは、二葉の予言が外れて、もしかして大災厄が起こらなかった場合に備えてのエクスキューズでもありますね。

 町長・宮水俊樹、政治家として、さすがの深謀遠慮をめぐらしたことになります。


 結果として、それが吉と出たわけですね。


 こうして、全町の住民が大過なく救われました。

 それはまた、俊樹と宮水家の家族との関係が修復され、本当の意味で俊樹にも幸せをもたらしたことと思われます。



       *


 『君の名は。』の作中から、推測も含めて読み取れる要素は、以上です。

 おそらく、これら複数の秘められた伏線が、2013年10月4日夕刻の町長室で結実するように、ストーリーが組み立てられていたのでしょう。

 まるで、緻密に設計された楼閣のように。


       *


 にしても……

 作品のDVDだけでは完全に解明できず、小説版を繰り返し読まなければ、相当にわかりにくく、巧みに隠された伏線ですね。

 それが物語世界の世代を超えて、つながり、結び合い、よくも複雑にからまっていたものと思います。


 絡まった糸をほぐして紐解くことは、確かに可能でした。


 小説版を含めてセリフ等を何度か細かく確認すれば、なるほどと浮かび上がってくる、秘められた背景。

 しかし、二つもの“未来人との魂の入れ替わり”を組み合わせないと、お話の全体がスッキリと理解できない……というのは、観客にとって、かなりの負担。

 あの、“見た目は子供、頭脳は大人”の名探偵が「犯人はお前だ!」と指差すような“決めシーン”が見事にカットされているのですから。

 町長・俊樹の決断シーンと、その心理描写、キチッと描いて欲しかったですよオ!


 いやはや、『君の名は。』、本当に凄い作品だと思います。




※にしても、ここまでわかると、とても気になります。

 過去に“二葉の口噛み酒”があったはず。

 どこへいってしまったのやら?

 ひょっとして、宮水家のキッチンの冷凍庫に?

 のちに俊樹氏が偶然見つけて口にする可能性、大有りですよね。

 魂の行先で二葉から、ヘンタイって叱られるかなあ。


※角川スニーカー文庫の『君の名は。 Another Side:Earthbound』(2016 著:加納新太、原作:新海誠)と、そのコミック版があったのを知りませんでした。第四話のエピソードに、町長の決断の真相が書かれているのですね。不勉強を恥じ入るばかりです。近日中に、答え合わせをする気分で読んでみます。

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