75●『君の名は。』(9)…追記1:“二葉の予言”(20210227訂正加筆→“追記2”へ続く)



75●『君の名は。』(9)…追記1:“二葉の予言”。(20210227訂正加筆→“追記2”へ続く)




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 『君の名は。』の最大の謎といえる……

 “町長はなぜ全町避難訓練を決断できたのか?”。

 そこにはもう一つ、大切な要素があることに気づきました。


 三葉の母、二葉の存在です。


 二葉は入院していましたので、何らかの疾病で早逝したものと思われます。

 二葉の病床に、父親の俊樹と三葉、それから幼い四葉が付き添っている情景があります。このときの四葉は三、四歳くらいでしょうか。

 四葉は2013年時点で9歳という設定ですので、二葉が天に召されたのは五、六年前のことでしょう。


 とすると、父親の俊樹は、二葉が亡くなってから、一、二年で神主を辞め、政治を志して町長に当選、一期四年を務めて、2013年の今、改選時期を迎えたということですね。


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 余談ですが、作品冒頭近くの宮水候補は、のちに現れるであろう対抗馬を圧倒すべく、9月初頭の今、熱心に街頭演説をしており、登校中の三葉を見掛けるや、「胸張って歩け!」と発破をかけております。

 しかしこの直前、町内放送で「来月二十日に行われる糸守町町長選挙について……」(『小説 君の名は。』P18)と流れているのですが、来月と言えば十月になりますね。

 ということは現職町長、選挙まで一か月半もあるのに早々と事前運動を本格的にやらかしていることになります。

 彼のたすきには、“現職 宮水としき”と名前が……

 これ完全に公職選挙法違反ですよ。

 たすきに名前を表示できるのは、選挙の公示から投票日の前日まで。

 事前運動の場合、名前を書かずに“本人”と表示するのが一般です。

 なお町長選挙の公示から投票までは、法律では五日間しかありません。

 宮水候補、何を血迷ってか、異常なる執着心で違法もなんのその、活発な事前運動で選挙勝利に腐心しているのですが、のちに対立候補が出て来た時に、この違反を指摘されたら、かなりマズいんじゃないでしょうか。

 それでも堂々とやっているのですから、さすが狡猾な宮水候補、町内の警察はとっくの昔に買収済みってことですね。悪徳町長と警察がグル……という関係は、さびれた田舎ならではのことでしょうか。


 また、投票日まで一か月半もあるのなら、まっとうな選挙運動よりも、むしろ対立候補の立候補自体を妨害する根回し工作を行い、無投票当選を狙うのが常道であるように思います。

 立候補の申し込み期間は指定された、たった一日だけ、しかもお役所の勤務時間内に限られるのが常らしいので、現職町長の立場を利用して、自分以外の立候補受付の手続きを遅延させればいいだけです。

 といっても、この国のデモクラシーの貧相ぶりを物語るばかりですが……


 物語の設定としては、投票まであと数日で、選挙戦が盛大にヒートアップしている……とした方がよかったのではないでしょうか。


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 さて、事情はどうあれ、2013年10月4日の大災厄当日、俊樹氏は糸守町の町長であることは確かです。


 そこで、気になるのは、飛騨地方へ旅した瀧君が、図書館らしき場所で“糸守災害”の死亡者名簿を見る場面です。

 宮水一葉、三葉、四葉の名前があります。三葉が17歳、四葉が9歳であったことが、これでわかりますね。

 で、重要なポイントは、宮水俊樹の名前が無いこと。

 ということは、俊樹は生き残った?


 さて、物語のラスト近くで、瀧君が、糸守災害後の町長に関する記事を探している場面があり、週刊誌の見開きに、宮水町役場の建物外観の写真が載っています。

 大災厄の被害範囲内にあったら、建物は消失していますので、おそらく町役場は安全圏にあって、建物も人も無事だったのでしょう。


 それゆえ、大災厄にあっても、町役場にいた俊樹は生き残ったと考えられます。


 そこで、彼の妻の二葉です。

 二葉も、“未来人との魂の入れ替わりによる未来予知”を経験していたことが、一葉おばあちゃんのセリフ「あんたらの母ちゃんにも、そんな時期があったんやで」(『小説 君の名は。』P158)から察することができます。


 三葉の母親の二葉も、“魂の入れ替わり”をしたことがあった。

 誰と?

 二葉にとって、強い“ムスビ”の関係を結んだ人物は、俊樹ですね。

 結婚したのですから、俊樹以外には考えられないでしょう。

 とすると、おそらく、三葉と同じくらいの少女時代に……

 二葉は、“未来の俊樹”と“魂の入れ替わり”をおこなったのです。

 いつの時代の俊樹と、でしょうか?


 特定することはできませんが、ひとつの可能性として……


 2013年10月4日の大災厄よりも先の、さらに未来の俊樹と魂を交換したのかもしれません。

 10月4日当日、俊樹は町役場にいて、難を逃れたわけですから、それ以降の未来の俊樹とコンタクトすることは可能なわけです。


 すると、わかりますね。

 二葉は、未来の俊樹が町長になっていること、そして、大災厄から生き残ったけれど、宮水家の家族、一葉、三葉、四葉の三人とも失って、自責と絶望に囚われた、地獄のような日々を送っていることを知ったことでしょう。

 ……自分は町長だった。もしもあの時、無理やりにでも住民の避難を指示しておれば、家族三人の命だけでなく、犠牲となった町民五百人全員の命が救えたのだ……


 自分の責任ではないにしても、もしもあのときそうしておけば……という後悔にさいなまれても不思議はありません。


 だから、二葉は……

 結婚した俊樹に、未来予知の予言を残したのではないでしょうか?


 ……2013年10月4日、あなたは糸守町の町長になっています。その日の午後8時42分、大災厄が町を襲います。多くの人が死にます、一葉おばあちゃんも、三葉も四葉も。だからお願いです、みんなを避難させて!


 そんな内容ではなかったでしょうか。

 しかし、いまだ到来しない未来の予言を鵜呑みに信じることは、理知的な俊樹にはできませんでした。

 “妄言だ”と否定したのでしょう。

 だから10月4日の当日午後、三葉(中身は瀧君)が直談判に訪れたとき、「妄言は宮水の血筋か」(『小説 君の名は。』P173)と、斬り捨てたのでしょう。


 しかしそのとき、俊樹は、ネクタイをつかんで食って掛かる三葉の態度に、直感したように思われます。

 ……これは、未来の何者かが、三葉の魂と入れ替わっているのではないか? と。


 そして、中身が三葉に戻った三葉自身が必死の形相で町役場に駆け込んできた“第二の説得”に至って……


 俊樹は信じる気になったのではないでしょうか。


 ……二葉は正しかった。あの予言は成就しようとしている……と。




【ここから“ 76●『君の名は。』(10)……追記2”へと続きます。】





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