74●『君の名は。』(8)……なぜ瀧君が選ばれた? 偶然を必然化する、因果律の魔術

74●『君の名は。』(8)……なぜ瀧君が選ばれた? 偶然を必然化する、因果律の魔術




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●「二人はいつ恋に落ちたのか? なぜ相手が瀧君と決まっていたのか?」の謎


 『君の名は。』の、気になる部分の最後は、“二人はいつ恋に落ちたのか”です。

 そもそも、なぜ、瀧君は三葉と恋落ちムスビの関係になったのでしょうか。

 二人とも、三年のズレで分かたれた、全く関係のない他人だったはず。


 なのに、運命に定められたかのように、魂の入れ替わりが始まりました。 

 そして、交際期間一か月ほどは、長くもあり短くもあり……


 まずは、二人の“入れ替わり”が双方にどのようなメリット、デメリットがあったのか、それを考えてみましょう。

 『小説 君の名は。』のP158にある、宮水家の“未来予知”能力の説明を参考にしますと……


“千二百年ごとに訪れる厄災。それを回避するために、数年先を生きる人間と夢を通じて交信する能力。。宮水の血筋にいつしか備わった、世代を超えて受け継がれた警告システム” 

 (傍点は筆者による。……つまり、巫女って、この場合、三葉のことですね)


 つまり、二人の魂の入れ替わり騒動の原因は、三葉の側の超能力です。

 瀧君はいわば、三葉の魂に一方的にドタドタと押しかけられて、やむなくトコロテン式に、入れ替わりに応じたことになります。


 瀧君にとっては、大迷惑の異変だったはず。

 瀧君はここしばらくバイト先の奥寺先輩にホの字だったので、自分の肉体を三葉に乗っ取られて、いいように人間関係をいじられたあげく、奥寺先輩とのデートの約束まで取り付けられてしまい、大困惑、パニック気味です。

 瀧君にとって、これはラッキーなのよ! と三葉は善意でやったことでしょうが、中身が瀧君に戻った瀧君は、デートに失敗、奥寺先輩に「ほかに好きな人がいるでしょう」と指摘されてドッキリ、内心オロオロ。

 この指摘で、おそらく瀧君は、いつのまにかジワジワと、三葉に惹かれるようになっていった自分を自覚して、三葉あてに携帯で電話するのですが、もちろん圏外。その日を境に三葉との“入れ替わり”も途絶えてしまったので、矢も楯もたまらず、現実の三葉を探して飛騨地方へ旅立ちます。


 ……ということは、三葉との連絡が途絶えたこと、すなわちムスビが断たれてしまったことで、瀧君の心の中にポッカリと穴が開き、強烈な喪失感にさいなまれたわけですね。

 そして現地調査で三年前の大災厄を知り、もう、三葉とは会えない……と確信したとき、心底から彼女に恋している自分を自覚した……というところでしょう。


 “失うことで、愛に気づく”パターンだったのですね。


 一方、三葉の方は、本人こそ自覚していませんが、基本的に三葉自身の超能力で“押しかけ型の入れ替わり”を仕掛けている立場。さらに、持ち前の順応力で“男装シティライフ”を満喫します。某歌劇団の“男役”みたいなものですね。

 ここまでは、三葉にとって瀧君は、“ご迷惑だけどお邪魔してま~す”の関係にとどまり、恋愛にまでは至っていません。

 しかし突如として、三葉の感情が一転して大恋愛に落ちてしまいます。

 奥寺先輩とのデートですね。

 はからずもこのデートを、“中身が瀧君である瀧君”に譲る結果となったとき、三葉は自覚したのでしょう。

 生まれて初めての“恋のジェラシー”ですね。

 瀧君が奥寺先輩とうまくいってしまったら、私との関係は終わる……

 このとき三葉は激しい喪失感と、同時に瀧君への愛を知って、ぽろぽろと涙したのではないかと思います。


 三葉も、“失うことで、愛に気づく”パターンだったのですね。


 で、こちらも矢も楯もたまらず、東京へ旅します。

 現実の瀧君に、一目会いたい。

 これは当然でしょう。二人はそれまで“入れ替わった状態”でしか、お互いを知らなかったのですから。

 入れ替わっていない、オリジナルの自分たちで、出逢いたい。

 それぞれ、元のままの男と女として。

 瀧君がデート中ならば、遠くから見るだけでも……

 しかしなんと、願いは一瞬ですが、かないます。

 都内の電車での邂逅。

 確率的に、フツー、無理な出逢いです。

 しかし、出逢ってしまう。

 おかしいとは思いますが、ここで二人が出逢うのは歴史的な“必然”であることが、少し後になるとわかります。


 ここで三葉は、咄嗟の思いにとらわれて、自分の髪を結んでいた組紐を、2013年の瀧君に手渡します。

 2013年の瀧君は、もちろん三葉のことを知りません。

 しかしここで、三葉は直感的に悟ったのでしょう。

 この瀧君は、自分が瀧君ではない、ということ。

 ということは“運命の瀧君だ”……となります。

 だから、自分と瀧君は、2013年の今では、絶対に一緒になれない……と直感的に悟ったのではないかと思います。

 これは、失恋。

 瀧君との関係が終わることを覚悟した三葉は、気持ちの整理をつけるために、その夜、帰宅してから一葉ばあちゃんに頼んで、髪を切ってもらった……という展開になったのでしょう。


 しかし、東京へ出掛けた三葉が、2013年の瀧君に組紐を渡したということは……

 考えてみると、二人の間に“関係ムスビ”が成立したことになりませんか?

 しかも瀧君にとっては、生まれて初めて、三葉と関わった瞬間となります。


 ということは……


 これ、三年後の“魂の入れ替わり”の予約をしてしまったのでは?


 瀧君はそれから、なぜか三葉にもらった組紐をミサンガとして愛用します。

幸運のお守りということですが、これって三葉が与えた“束縛ムスビ”であるとも解釈できます。要するに、三年後の出逢いを約束する予約券です。


 哀れ瀧君、当時14~15歳にして、三葉の愛のお縄にガッチリとからめとられてしまったのです。つまり三年後、17歳にして、“魂の入れ替わりによる未来予知”のターゲットになるべく、三葉からロックオンされてしまったというわけ。


 もしかすると、“ムスビの組紐”を事前に渡した人物と、魂の入れ替わりができる……という仕組みだったのかもしれませんね。三葉はそのことを知りませんが。


 愛とは、まさに束縛ムスビですね。

 ということは、ここで……

 “現在の状況ができてから、過去にその原因を仕込みにいく”

 という、“原因→→結果”でなく、“結果→→原因”を作るという、因果関係の逆転劇が行われたことになります。


 この展開、お見事! って感じですね。

 これぞ時間SFの醍醐味です。

 結果が先にあるものですから、必然的に、“原因をつくる”行為が後付けでついてくるのです。

 自己の失策を弁解するため、後からいろいろと理由を作って正当化する政治家みたいな、ちょいズルな仕掛けではありますが……


 という次第で、三葉が2013年の瀧君に組紐を授けた瞬間、三年後の二人の逢瀬と、それぞれの別れによって激しく自覚される“愛の虜”現象は、歴史的に約束されてしまいました。

 つまり、タイムパラドックスを使って、「なぜ瀧君だったのか」が説明されているわけです。



 そうです。

 “偶然を必然に変える”……すなわち、“偶然の結果に必然の原因をもたらす”という因果律逆転のマジックが、時間SFの特徴であり醍醐味だ……ということですね。



 瀧君にとっては、三年前に、三葉から“交際予約券”をもらっていたわけですね。

 三葉からすれば、、三年後に瀧君と出逢う“交際予約券”を発券したことになるのです。


 だから、二人の出逢いは、偶然なのに必然。

 ちょっと強引な印象はございますが……

 人と人の結びつきは、そういったものかもしれません。

 二人の男女が恋に落ちるきっかけって、実際に、そんな気がします。


 出逢って結婚して子供もできて老いてから、結局こうなる運命が定められていたのかな? ……とお互いに悟ることって、あるのではないでしょうか。





  【次章へ続きます】




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