73●『君の名は。』(7)……今も残る謎と混乱:ダメ親父、一花咲かせる?

73●『君の名は。』(7)……今も残る謎と混乱:ダメ親父、一花咲かせる?




       *


 そもそも、糸守町を1200年ごとに襲う大災厄と、宮水家には、どのような関係があったのでしょうか。

 それは、作中のセリフではほとんど表現されていませんが、画像のみで、明瞭に説明されています。見ればわかる、ということですね。


 まず、宮水神社の御神体が置かれている場所です。

 クレーター地形のど真ん中ですね。低地なので水がたまり気味です。

 そこに石室いしむろが造られ、その中に御神体を祀ったほこらと祭壇がしつらえてあり、そして事態を警告する天井画が描かれています。


 そこで、『小説 君の名は。』P158からの引用を参考にしてみましょう。


“千二百年ごとに訪れる厄災。それを回避するために、数年先を生きる人間と夢を通じて交信する能力。。宮水の血筋にいつしか備わった、世代を超えて受け継がれた警告システム” 

 (傍点は筆者による。……つまり、巫女って、この場合、三葉のことですね)



 つまり、上記のことが、作品の中に、視覚的に表現されているわけです。

 情景をつなぎあわせると、下記のように推測されます。


(あ、以下も私の個人的な、適当な推測です。細部の信憑性はアバウトでご容赦を)



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 御神体を祀ってあるのは、クレーターの中心。

 つまり、歴史に残る大災厄の一発目は、ここに落ちたと思われます。

 となると、2400年前の昔ですね。西欧ではギリシャ文明、エジプトのピラミッドはそびえていますが、日本では弥生時代の終わり近くで、古墳造営が盛んになる前の時期です。卑弥呼以前の昔ですよ。

 その時、一発目の大災厄ファーストインパクトが起こりました。

 宮水家のご先祖様は、その未来予知能力でもって、この危機を回避、住民は避難することができ、その結果、ご利益を讃えるために、大災厄が残したこのクレーターのド真ん中に御神体を鎮座したものと思われます。

 天井画もそのころに描かれて、大災厄の正体を後世に伝えようとしたのですね。

 なんでクレーターのど真ん中なのか。

 同じ地点に繰り返し落ちることはないだろう……というジンクスめいた信仰が働いたと思われます。統計学的には根拠がないでしょうが、心理的にはそう考えますよね。ましてや弥生時代のこと。卑弥呼よりも昔ですよ。


 で、待つこと1200年。

 時代は平安、鳴くよウグイス平安京。

 再びの災厄です。これが二発目の大災厄セカンドインパクト

 ドカンときて、糸守湖が誕生しました。

 この時も、宮水家のご先祖様の“未来人との魂の入れ替わり”による予知能力で、村人はみな避難することができて命拾い。

 ホッと安心した平安時代の人々は家々を再建し、それゆえ平成の糸守町の原点となる村落コミュニティが成立したのだと思われます。



※20210225追記:作中の画面には、糸守町の大災厄について書かれた週刊誌記事などが映り、その中に、“平安時代には製鉄の都”だったとか、“多数のタタラ場”といった記述がみられます。憶測ですが、一発目なり二発目の落下物が地表に激突する際に周辺地域に飛散して、のちに隕鉄として採取されたのかもしれません。隕鉄は良質な鉄製品の材料となることが知られています。



 しかし、その後……

 二百年前、とんだアクシデントがありました。

 『小説 君の名は。』のP34。

 ぞうり屋の山崎繭五郎の風呂場から出火して、宮水神社の施設が丸焼けになったのです。おそらく未来予知の仕組みや手順について解説したルールブックに相当する古文書が焼失、以降、宮水家にとって“魂の入れ替わりによる未来予知”は、トリセツなきタイムマシンと化してしまった……

 この設定、ちょっとコミカルで楽しくもありますが……

 二百年前の江戸時代の庶民の家庭に“お風呂場”があったかどうかという、つまらぬ疑問が……

 当時の大江戸でも、いわゆる上級国民のお屋敷でもなければ、市中の共同浴場に通うにとどまったでしょう。各家庭の“内風呂”がしっかり普及するのは実は昭和三十年代あたりでして、それまで、いわゆる上級国民でなければ、近所の銭湯のお世話になるのがだいたい常識だったのです。

 ま、そんな些事はともかく……


 この件、なにも二百年前の火事にしなくても、一葉おばあちゃんが湖を指差して、「あの中に沈んどる」と言えばよかったかと……

 つまり、災厄の二発目は、村にあった宮水神社の社殿を直撃したのだ……という解釈ですね。

 そこで古文書類は壊滅。

 しかし、宮水家の未来予知のおかげで避難警報が発令されたため、村人たちは二回目の災厄でも命拾いすることができました。

 それゆえ村落は再建され、平成の2013年現在の糸守町が残るに至った……ということでしょう。

 宮水家のお家芸である未来予知については、口伝で記されたわずかな資料あるのみとなり、ただ信仰の形式だけが残されて、宮水家に伝わる、組紐や口噛み酒といった形に具象化されたものだけが、宗教儀礼の象徴シンボルとして継承されていったのではないでしょうか。

 なにぶん平安時代の昔ですから……


 そして待つこと1200年……

 西暦2013年10月4日に、三発目の大災厄サードインパクトがやって来たわけです。

 これまた、1200年前に再建された宮水神社の社殿をピンポイントで直撃。

 そういう展開で、納得できそうです。

 その直前、三葉が“魂の入れ替わりによる未来予知”を実現した。

 “未来を告げる巫女”……として、神様は三葉を選んだのだ、ということですね。


 とまあ、長々と書きましたが、何を言いたいのかといいますと……


 町長である父親、宮水俊樹みやみずとしき氏が突発的な“全町避難訓練”に踏み切った理由が、そこから説明できるからです。


 彼はもともと、民俗学者だったとされています。

 なぜかこの糸守町と縁ができ、宮水家に婿入りし、神職を奉じたのち、三葉の母の二葉が亡くなったのがいけなかったのか、これまた突然に家を出て町長へ転身……

 なぜか。

 民俗学者であった彼は、宮水家による災厄の未来予知について、少ない現存資料から、ある程度の情報をつかんでいたのでしょう。


 宮水神社の巫女は、未来予知の予言によって、災害から人々を救ってきた?


 その研究が嵩じて、そして三葉の母の二葉と恋に落ちることによって、神職を受け入れたのかもしれません。これは運命じゃないかと。

 なにかやはり、二葉と俊樹の間には、組紐の糸のような“ムスビ”が出来ていたのであろうと思われます。

 二葉が早逝そうせいしたのち、俊樹はなおさら、研究意欲を高めたと思われます。

 未来予知の巫女となるであろうと思われる、三葉が生まれていたからですね。

 本当かどうか、さっぱりわからない“未来予知”の現象ですが、俊樹にとって、解明したい歴史の謎であったはず。

 なのに研究を中断し、あえて、町長に転身したのは……


 本人も明確に自覚できないまま、神の手に導かれるように、“大災厄が訪れるそのときには、自分は町長であらねばならない”……という、いわば無意識の衝動に取り憑かれていたのではないか、と思います。


 というのは……

 1200年前、平安時代の二発目の大災厄セカンドインパクトまでは、神社の神職が命じれば、それだけで住民は全員、一目散に避難したからです。

 神の信仰は絶対であり、神職の予言も絶対でしたから。

 なにはともあれ、みんな我先に逃げたはずです。

 

 しかし今は21世紀。

 2013年の三発目の大災厄サードインパクトは事情が違います。

 宮水神社の神主がどんなに大声で叫んだところで、住民は動かない。

 ならば、宮水家の誰かが、住民を動かせる指導力を有する政治的ポジションに、あらかじめ立っていなくてはならない。

 現代ならではの、その事情が、俊樹の潜在的な意識の中で結実ムスビし、知らず知らずのうちに、彼をして町長を志し、そして贈収賄の悪事に手を染めたとしても、“災厄のそのとき”に町長であるように導かれた……という仮説が成立しないでしょうか。


 宮水神社の神様は、俊樹を操って、町長の地位に“配置”したのです。


 そして三葉が必死の思いで“第二の説得”をするため走り込んできた時……

 俊樹は以上のことを全て悟り、娘の言葉を信じて、決断したのでしょう。

 「全町避難訓練を即刻発令、責任はわしが取る!」と。


 惜しむらくは、俊樹の一世一代のカッコいい決断シーン、やはり画面に描いていただきたかったということです。

 だって、本当にお話のラストまで、この人はダメダメのダメ親父だったんですから……

 最後に一花、咲かせてあげて欲しかったのですよ。


 その意味でも、『君の名は。』のセルフリメイク希望です、監督さま。

 ぜひともディレクターズカットの完全版を!




    【次章に続きます】

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