72●『君の名は。』(6)……今も残る謎と混乱:町長が神の宿命に気づくとき。

72●『君の名は。』(6)……今も残る謎と混乱:町長が神の宿命に気づくとき。



       *


 『君の名は。』のスクリーンに映る画面には描かれていませんが、中身が三葉に戻った三葉自身が、町長のもとへ駆けこんで、必死の形相で対面し、そして最後に試みたと思われる“第二の説得”とは、どういうものだったのでしょうか。


 作品中に視覚的な描写が全く無いので、これは観客の想像に委ねられています。

 で、想像してみますと……


 徹底的に感情に訴える、悲鳴に近い説得だったと思われます。

 もう時間がありません、一刻一秒を争う状況です。

 三葉は泣き叫んで父親に懇願したでしょう。

 「お願い信じて!」と。

 そうするしかなく、それでよかったと思われます。


 なにはともあれ、町長は三葉の実の父親。

 血のつながった親子です。

 そこで『グランド・ツアー』(1991)のベンとヒラリーの父娘の関係を思い出してみましょう。

 なんだかんだ言ったって、親子の絆。

 イジワル判事さんに仲を裂かれながらも、二人は駆け寄りますね。

 このあたり、理屈ではありません。

 三葉の父親は、政治にトチ狂った冷血漢であるかのように演出されていますが、根は悪人でないはず。意地と虚飾を脱ぎ去れば、やはり、一人の、立派な父親です。

 もしも、目の前で実の娘が死の危険に見舞われているとしたら……

 自分の命と引き換えにしても、救ってやりたい。

 そう思うことは、十分に考えられます。


 ですから……

 最後の最後は、血のつながった親子同士、面倒な理屈抜きで、“娘の言うことは、何も考えずに信じよう!”という心境に至ったのではないでしょうか?


 そこに加えまして……

 先の“第一の説得”で、父親は悪事に手を染めてまで町長の椅子にしがみつく自分に、本心でそうだったのかと自問自答し、奇妙な違和感を抱くに至っています。

「カネや権力じゃない、何か別な理由で、俺は何が何でも町長であろうとしている。それはなぜだ? 町のため、住民のため……いや、なにか正体のわからない運命に導かれている。それは?」

 

 そこで悟ったのではないでしょうか?


「今このとき、この場で、自分の娘の言葉を信じるために、俺は町長であろうとしていたのだ!」


 さて、三葉の祖母の名は一葉、母の名は二葉です。

 ということは、宮水家の本筋は女系の血統であり、父親の町長は“入り婿むこ ”…つまり婿養子…ってことになりますね。

 なんとなく居心地が良くない。

 そんな事情もあってか、神主をやめて政治家に転身。

 尋常ならぬ執着心で町長の座に居坐った。

 しかしその執着心の奥の奥に横たわっていた、本当の理由は……


 今このとき、“町長という立場で、娘の言葉を信じるためだった”のではないか!


 俺は、はるかな昔から神に定められていた運命を果たすために、今ここで、糸守町の町長であらねばならないと決められていたのだ……と。


 これは、神が用意した、俺の役割だ。天の配剤だ。


 そう悟ったことで、三葉の父親である町長は、今すぐになすべきことを覚悟して、即刻、行動を起こしたのでしょう。


 以上のように想像されます。


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 もっとも、ここまで私が記述しましたことは、すでに多くのムック本や解説書で解明されていることかもしれません。その点、不勉強で申し訳ありません。私は映画のDVDと、2016年に刊行された『小説 君の名は。』しか推理と想像の材料を持っておりませんこと、何卒お許し下さい。


 しかしまあ、DVDと小説版で作品の内容が理解できなければ、もう、注釈抜きではどうにもならないほど難解な禅問答的なお話になってしまいますね。般若心経みたいなものかな? それは作者が意図されたことではないだろうと思います。


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 さて、じつは、最後の最後で町長が心の中で悟ったことは、つまり……

 こういうことだ、と『小説 君の名は。』の158ページに記述されていますね。


 引用させていただきますと……


“千二百年ごとに訪れる厄災。それを回避するために、数年先を生きる人間と夢を通じて交信する能力。巫女の役割。宮水の血筋にいつしか備わった、世代を超えて受け継がれた警告システム”


 ということですね。

 実はこの一文が、映画の『君の名は。』の中にはっきりと明示されていたら、謎のかなりの部分が容易に理解できたかと思われます。

 これが、他の作品には無い、『君の名は。』のオリジナルなアイデアであるわけですから。

 しかしこの部分が映画の中のセリフ等で明確に告げられなかったため、映画を一度観ただけでは、何とも判然としないモヤモヤ感に包まれてしまいました。


 その結果、DVDを買い、小説版も買ってしまいましたので、マーケティングの術中にはまってしまったとも言えるのですが。


 要するに……

 未来の人物との魂の入れ替わりは、宮水の血統に引き継がれた特殊能力であって、その能力によって宮水家は未来予知を可能にしてきた。それゆえに今回は、三年先の瀧君との精神交流を通じて、次なる大災厄の発生日時を事前に察知し、特定することができたのだ……ということですね。


 凄いアイデアだと思います。身も震える感動モノです。

 これまでの時間SF映画、たとえば『イルマーレ』の本編とリメイクの二作なんか特にそうですが、あくまで現在に軸足を置いて、過去の人物と交信することで、過去に起こった悲劇を防ごうとする……というパターンでした。

 『君の名は。』はこの主客の立場を逆転した作品だったのです。


 “なんらかの方法で、過去の人間が未来の情報を探り、自ら災厄の回避に動く”

 つまり、過去の人物の方に軸足を置いている。

 それが、『君の名は。』の最大の特徴だったわけです。





  【次章へ続きます】



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