77●『君の名は。』(11)……未来予知、奥寺先輩、そして語られる“世界の理”

77●『君の名は。』(11)……未来予知、奥寺先輩、そして語られる“世界の理”





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 以上、『君の名は。』に感じた謎と混乱について、私なりに紐解いてみました。

 五年前の映画公開時からずっと、記憶の底に煮こごっていたモヤモヤを整理してみたわけですが、いまさらに『君の名は。』が時間SFとしていかに大作であったか、改めて驚きにとらわれます。


 過去の名作の要素を巧みに織り込んだ、集大成としての重厚さ。

 数千年という時の流れを背景にした、壮大な設定。

 未来の災厄を予知する手段としての、“時空を超えた魂の入れ替わり”という、独創性たっぷりのアイデア。


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 とくに、“未来人との魂の入れ替わり”による“未来予知”の手段は、一見ユニークな発想でありながら、恐るべき汎用性を秘めています。

 というのは、この能力が三葉一人だけでなく、一葉おばあちゃんが思い至ったように、はるかな昔から宮水家の血統に伝わってきた、宗教的な属性だったということ。


 ならば……

 宮水家だけではない、ということも、十分に考えられます。

 千年二千年の昔、いやもっと古代から、人類を導いてきた予言の巫女たちは、この“未来人との魂の入れ替わりによる交信”によって、これから起こることを知ったのではないか?

 そういった仮説を描けますね。 

 古代ギリシャ世界を動かした“デルフォイの神託”をもたらした巫女ピュティア。

 日本史では、もちろん、卑弥呼。

 そのほか有名無名の巫女たちが、“未来人との魂の入れ替わりによる交信”を行なうことで未来を予知し、幾多の人々を救ってきたのではないか?


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 そんな、壮大な時を超えた、魔力めいた現象を想像することができる……

 それが、『君の名は。』の最大の作品力さくひんりょくだと思います。



 観客を悩ませる謎と混乱はあるものの、まれにみる傑作であり超大作。


 国産の実写・アニメを併せて、時間SF映画としての、国内最高の到達点と言えるのではないでしょうか。


 ただし、現状が本当にアルティメットにコンプリートされた物語とは、言い切れないでしょう。語り足らない点がいろいろとあるはず。


 リメイク、して欲しいなア……



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 しかしながら……

 どうしても納得できない、設定の不自然さ、そして謎が残されています。

 

一、瀧君が、三葉との“三年のズレ”と“糸守町の大災厄”に、一か月を経て現地調査に赴くまで気付かなかったこと。

 →もっと早く気付いて、瀧君は過去を修正する方法を探るために、糸守町へと旅するのが順当だったのではないでしょうか。


二、10月4日の宮水神社例大祭で、三葉が神社の巫女でありながら、自由行動が許されていたこと。また、この時期の浴衣はあまりにも涼しすぎること。

 →二人の出逢いと、糸守町の大災厄の時期を、四月から八月に設定し、大災厄の日は夏休みに設定した方が、観客に理解しやすいのではないでしょうか。


三、町長である俊樹が避難訓練の実施を決断したプロセスが、説明不足であること。

 →町長の決断シーンを加えた方が、盛り上がったのではないでしょうか。


 この三点は、色々と考えても腑に落ちないものがあり、私にとりましては、未解決の謎が残されています。


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 それに加えまして……

 『君の名は。』のストーリー構成上の、明らかな欠点がひとつ指摘されます。

 いや正確には、“長所たる短所”でしょうか。

 それは、奥寺先輩の活躍です。

 絵になりすぎているのです。

 この美女先輩、完全にメインキャラの二人を喰っております。

 作品を観終わって、最初に思い出される登場人物は、奥寺先輩。

 瀧君も三葉も、奥寺女史の前では、刺身のツマです。霞か雲か、です。

 監督には誠に失礼ながら、それが正直な感想なのです。

 ヤッターマンの主役がどう見てもドロンジョ様であるのと同じように。

 これが誤算なのか、想定内の打算なのか定かではありませんが……

 

 そんなわけで、奥寺先輩の短編スピンアウト四コマ風アニメに期待するものです。

 たとえば……


“割烹着で、お魚くわえたドラ猫を追いかける奥寺先輩”

“コロナ禍のマスクでキシリア化した奥寺先輩”

“フェラーリで車庫入れをミスって脱輪クラッシュする奥寺先輩”

“トロピカルな浜でビーチクイーンに君臨する奥寺先輩” 

“トロピカルな浜で焼きもろこしをくわえて禰豆子ねづこってる奥寺先輩”

“プラグスーツで眼帯アスカをコスプレしてみる奥寺先輩”

“バブル経済時代にタイムトリップしてジュリアナでハッチャける奥寺先輩”

“なぜか今も、あの刺繍が入ったスカートを時々履いてみる奥寺先輩”

“スカイダイビングとバンジージャンプをハシゴしてお供の彼氏ヘロヘロの奥寺先輩” 

“禁煙を決意してイライラ悶々でココアシガレットを噛み砕く奥寺先輩”

“こっそり自分の“口噛み酒”を造ってみたけどヤニ臭に顔をしかめる奥寺先輩”

“三葉に嫉妬されて、瀧君と魂を入れ替えられてしまった奥寺先輩”

“魔が差して尼寺へ出家してみる奥寺先輩”

 などなど……


 つまりですね、奥寺先輩メインの続編なら、どすこいウェルカムなんですよ!

 華麗なるトリックスター、奥寺先輩に乾杯!



 この点、『天気の子』では見事に改善(?)されていました。

 脇役はみな、わきまえたキャラに抑えられていましたね。


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 そして最後に、蛇足ですけど、“その後の糸守町”は、作品には視覚化されていませんが、想像するに、しぶとく復興したのではないでしょうか。

 大災厄とはいえ三発目、となると前回に倣って、離散することなく、元気に現地にとどまる人々がいてもいいでしょう。みんな、しっかり生き残ったのですから。

 宮水神社は絶対確実に再建されますよ。御神体は無事なんですから。

 ただし四発目が社殿にピンポイントで落ちても、周辺被害が及ばぬ場所に、ね。

 糸守町は世界に稀なる“災害観光地”としてインバウンド客を呼び込むでしょう。

 町長は率先して、町の再開発や新手の産業振興に尽力するはずです。

 あの双子クレーター湖の特異な景観と豊かな自然環境との調和。

 神秘的な地元信仰。ひっそりと造られる幻の銘酒“口噛み酒”。

 これを持てば運命の恋人ゲット確実の名産品“赤い組紐”。

 大災厄が生み出した、新たなる現代の秘境、糸守。

 ユネスコ世界自然遺産に登録されるのも間近か……

 

 案外、みなさん逞しいと思うのです。


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 さて、新海誠監督の作品は、単体で観賞する一方で、巨大な連作としての楽しみ方もあるでしょう。

 時折、過去の作品を観なおしてみると、新たな発見や感動が、少なからずあるものです。

 細部まで人工的に作り上げられるアニメだからこそ、でもありますが、全体を通じて、監督の人生観や作品観を感じ取り、その世界にひたるのも楽しさの一つですね。


 もちろん『君の名は。』は大好きな作品ですが、続いて発表された『天気の子』の方が、さすがに一歩も二歩も進んだ、すぐれた逸品に仕上がっていると思います。


 “晴天をもたらす”というシンプルだけど特異な能力。

 設定の矛盾はなく、絞り込まれたテーマがストレートに心を打ちます。

 主人公の少女と少年の仲を引き裂くのは、悪魔でも悪人でもなく、“社会の正義”である点。

 この視点は、跳びぬけて素晴らしいと思います。

 レ・ミゼラブルの警察官ジャベールのように、正義と悪は、捉え方次第ですから。

 社会正義が絶対的な正義だと思い込まされる、いささか安易なドラマがTVにあふれる中、世界に隠された真実に目を向けさせてくれる、斬新なストーリー。

 実は少し、『シベールの日曜日』(1963)を思い出しもしました。

 そして結局、人類への天罰のように降り続ける雨。

 物語はある程度解決するけれど、解決しないことは、解決しない。

 そういうものだと思います。

 これも、新しい“名作”なのだと。


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 とはいえ、何年過ぎても思い出される、新海監督の最高の作品は……

 やはり『秒速五センチメートル』でしょうか。

 あの、あまりにもピュアな精神世界はただただ衝撃的で、前にもなく後にもなく、空前絶後というしかないと思うのです。


 監督の新作は、どうなるのかな?

 なにぶん、コロナ禍という、SFを超える現実に直面する一年が間に入るので、作品にも何らかの影響があるのかな……と、期待しています。

 いずれの作品でも、小さな日常から巨大な災厄や星間戦争まで扱われていながら、“世界のことわり”が追求されている点では、共通するものがありますね。

 アフターコロナの世界で“世界のことわり”がどのように描き出されるのか……

 楽しみにしております。







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