68●『君の名は。』(2)……“男女入れ替わり”と“組紐”の独創性

68●『君の名は。』(2)……“男女入れ替わり”と“組紐”の.独創性





 『君の名は。』の作品世界の根幹をなす、オリジナルな設定とは……


 まずは、時空を超えた、“男女の魂の入れ替わり”現象です。

 タイムトリップに“男女入れ替わり”を取り入れられたのは慧眼ですね。

 お話の導入部で、リズミカルな軽快さをもって、瀧君と三葉の魂の交換にまつわる現象が、コメディタッチで描かれます。

 大林信彦監督の『転校生』(1982)はもちろん参考にされたようですが……

 『転校生』では入れ替わりの男女が中学生だったのに対して、『君の名は。』では17歳の高校生。

 ジェンダーの男女差異が肉体的にも精神的にもはっきり分かれている年齢ですので、これは描くのが大変だったろうなあ……と推察されます。

 中学生よりもはるかにセックスに対する自覚が高いと思われますので、絵に出来ないし、ここにも書けないH系シチュエーションが幾多あることか……

 加えて、入れ替わり中の二人は、周囲から見ても、本人自身も、いわば性同一性障害の状態。となると、二人の悩みは「どこかで、入れ替わったまま戻れなくなったらどうしよう?」ということになるでしょう。私も、作品のストーリー展開上、最も気にかかった部分です。

 この件は物語の大きな不安要素となりますので、むしろストーリーの盛り上げに利用されても良かったかと思います。

 つまり、どうなるかと言いますと……


 入れ替わったまま戻れなくなったら、恐ろしくマズい。

 しかし、入れ替わったままならば、少なくとも2013年の三葉の魂は、2016年の瀧の肉体に“仮住まい”することで、糸守町を襲う大災厄から逃れられる。

 肉体は男性になってしまうが、魂は死なずに済むことになります。

 そして同時に……

 2013年の三葉の肉体に、2016年の瀧の魂が入った状態ならば、「町内のどこへ逃げれば安全か」という情報を持っているので、最悪、自分だけ逃げることができ、また努力すれば、他の人々の命も救えるかもしれない……となります。もっとも、そう簡単に自分だけ逃げて他の住民たちを見捨てるようなことはできませんが。

 おそらく瀧君としては、そう考えるでしょう。

 三葉は俺が助ける。町の人たちもできるだけ助ける。おれがやる、と。

 だから、途中で三葉の魂に肉体を返すことなく、自力(カラダは女、ココロは男の状態)で危機を突破すべく、最後まで頑張る道を選ぶのではないかと思われます。

 つまり、三葉の魂を、2016年に避難させたままにするのです。

 そういう展開になるのかなあ……と思っていました。


 そうなると、糸守町の災厄から、三葉の肉体と、その他大勢の人々を救ってから、二人の魂は入れ替わったまま、延々と日々を過ごすことになります。

 事件の記憶が薄らぎ、なんとなくジェンダーの違和感を背負ったまま何年も過ぎて……

 そして2020年の春、ラストシーンそのままに二人が出逢う、という結末に至ったことでしょう。

 ただし、場所は東京ではなく、何か運命的な導きで、災厄後の糸守町の山中に残されていた“宮水神社の御神体”の場所で、二人して“口噛み酒”を飲み、そして大人のキスをして、二人の魂が互いに交換され、元のさやに納まって、改めて相手を見つめ合って、本来の姿を自覚する……という展開が考えられたのでは……


 つまり、一緒に“カタワレ時”を迎えることで、二人それぞれの身体に魂が戻って元通りになる、という場面を、物語の最後、2020年の春に持ってきても良かったかな……という感想です。

 “口噛み酒”が、時空のねじれを元に戻し、三葉を三葉に、瀧を瀧に戻してくれる媒体となるわけですね。


 ……そんなことも考えました。


 なお“口噛み酒”は二本あり、四葉の分はそのまま残されてしまいました。

 ちょっとこれは、もったいない。

 別な役割を果たすか、それとも、“口噛み酒”を作るのは三葉一人でもよかったのではないかと思えます。造れる人は初潮後の処女に限るという条件とかにして。


 にしても、瀧君が御神体に供えられた徳利みたいな瓶子へいしを、もしも左右間違えて飲んでしまったとしたら……

 魂の入れ替わり先が妹の四葉になってしまい、四コマギャグな展開になったと思われます。(ネットにパロディ漫画を投稿された方がおられます)

 思えばヤバい場面だったのですね。


 なお、唾液にまつわる少年と少女の精神感応めいた設定は、マンガ『謎の彼女X』(植芝理一 作、TVアニメは2012年)で多用されています。こちらでは唾液というよりも“よだれ”と表現され、妖しい雰囲気の粘液ではなく、コミカルなシロップ感覚というのか、やはり“好きな彼女の一部分”という認識がされています。

 とてもユニークで、なるほど感のあるアイデアですね。

 恋人同士のキスって、どう見ても唾液(体液)の交換ってことになりますから。

 お互いの生理的情報を伝え合う行為でもあるのですね。


 ですから『君の名は。』では、二人が口づけする場面、あっても良かったと思うのです。“口噛み酒”だって、“神様に味わっていただくため”に供えられたのならば、愛しい恋人に味わってもらうキスで、締めくくっていただいても良かったような……

 

       *


 さてもうひとつ、作品のオリジナルな設定は、“組紐くみひも”です。

 私たちの宇宙の構造と時間の在り方を説明するモデルとして、組紐の製作過程が描かれています。

 多色の紐を組み上げる工程を“ムスビ”とし、時空の悠久の流れの中で、無数の生命の糸が重なり、からまり、結ばれ合って、歴史を産み出してゆく……

 “時間とはこういうものだ”というイメージが明瞭に提示され、三葉と瀧君の魂の入れ替わりが、時空を超えた“ねじれ”の現象であることが想像されます。


 組紐の例え、実に見事としか言いようがありませんね。


 また組紐は、三葉と瀧君を結ぶ“赤い糸”のような役割も果たしていますね。2013年の三葉が東京へ赴いて、2013年の瀧君に手渡した組紐。

 2016年の瀧君は、それをミサンガとして愛用しています。

 とすれば、目に付くところに置くか制服のポケットに入れておくとか。

 三葉の魂が瀧君の肉体に移っているときに、それを発見する可能性、大ですね。

 あれっ、ここに私の組紐が?

 2013年の三葉の魂にとっては、“これから瀧君に渡す組紐”なのですが……

 そんなことで、二人が生きている年代のズレに気付いたかもしれません。


 また、その組紐は最後に三葉に返されてしまいましたが……

 これはやはり、瀧君の手に残っていた方がよかったと思います。

 2022年の春、最後に二人が再会するときに、三葉が瀧君に目を留めるための、決定的な目印のグッズになるからです。


 だから、返すなよ。

 第一ね、女の子が一生懸命な思いで渡してくれたプレゼントを、後日とはいえ返却なんかしては失礼ではありませんか。

 バレンタインでもらったチョコを、ホワイトデーになって「やっぱ、いらね」と突き返すようなものです。

 こくってくれた女の子を、あとからジワッと拒否ディスるイジワルです。


 しかも……この組紐は、2016年の瀧君にとっては、三年前からの愛用品ですが、2013年の三葉にとっては、「昨日、東京まで行って、あげたばかりのプレゼント」になるのですよ。

 

 それをあっさり返すとは。


 カタワレ時に向かい合った三葉に頬をペチンとやられて「あげたんだから持ってなさい!」と叱られて当然のふるまいなのです。

 ありがたくいただいて、家宝にしなくてはいけませんよ、瀧君!

 たぶん、奥寺先輩なら、そう指導することでしょう。





  【次章に続きます】


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