67●『君の名は。』(1)……昔日の名作の集大成

67●『君の名は。』(1)……昔日の名作の集大成



 さてそこで……


 2016年公開の国民的ヒット作、劇場アニメの『君の名は。』です。

 作品内容について、説明は不要ですね。

 あまりにも有名な、時間SFアニメの傑作です。


 タイトルから察せられるように、その昔に国民的大ヒット作となったラジオドラマ    『君の名は』(1952-54)にインスパイアされていることは確かでしょう。


 2016年に生きる主人公の少年・立花瀧たちばな たきと2013年に生きるヒロインの少女・宮水三葉みやみず みつは、物語の中で恋焦がれることになる二人が時間の流れに翻弄され、ラジオドラマ冒頭で流れたナレーション「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」の文言通りに、互いの名前すら忘れたまま、心の奥底で求めあって生きていく切なさが、アニメの美しい情景とともに胸を打ちます。

 ラストシーンで、二人が桜舞い散る春の日差しのもとで再会を果たすのは、同じく新海誠監督の『秒速五センチメートル』で果たされ得なかった再会がついに完結した感がありまして、胸にグッとくるものがありました。


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 ところで今年、2021年は、瀧と三葉にとって記念すべき年ですね。

 年末の12月3日の夜、新宿の歩道橋で、二人は擦れ違った(らしい)場面があります。

 二人が本当に相手を認識して出逢うのは2020年の春、桜満開の時期になります  が、“すれ違う切なさ”を存分に演出してくれたのは、2021年12月3日。

 この冬、同じ場所で真似をする人、きっといるでしょうね。


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 『君の名は。』が傑作であることは論を待たないのですが、一方で……

 ほぼ全編を通じて、往時の時間SF映画の名作が幻のように記憶によみがえり、懐かしいような、惑わされるようなデジャブ感が押し寄せてくることも、確かです。


 つまり、『君の名は。』は……

 昔日の名作の集大成……でもあるのです。


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 まず『グランド・ツアー』(1991)との類似。

 糸守町を襲う災厄の種類が、同じ。

 その災厄から少女と住民を救うために、主人公の男性が時間移動に挑むという展開も、同じです。


 次に、『ジェニーの肖像』(1948)との類似。

 主人公の男性が、過去の少女と何回も繰り返して出逢う(『君の名は。』では魂の入れ替わりによって交流する)ことによって恋に落ちるプロセス。

 そして過去の少女がすでにこの世にいないことを知って、少女の命を救うために時間移動に挑むという展開も同じです。


 なお、『ジェニーの肖像』では、少女が実在した証として、一枚のマフラーが残されますが、『君の名は。』では、2013年の三葉が2013年の滝君に渡した組み紐……滝はそれをミサンガとして愛用する……が、その後三年の時の流れを超えて、三葉の実在の証となります。


 そのほかに……

 韓国映画『イルマーレ』(2000)との類似。

 この作品では、渚に面した不思議な家“イルマーレ”を借りていた女性が、引っ越す際に、次の住人に宛てて郵便受けのポストに残したメッセージが、その意図とは逆に、二年前の過去へ送られ、その家に住んでいた男性に届く……というお話です。

 つまり、二年間のタイムラグを同時感覚で結んで、文通と小包のやり取りが成立する、という組み立てのファンタジーですね。


 二人の関係が、現実の肉体でタイムトラベルするのではないことも同じです。

 『イルマーレ』では、時間の壁を超えるのは、あくまで手紙などを媒体とした“通信”に限られます。

 瀧君と三葉が実体として出逢うのは“カタワレ時”の一度だけで、あとは“魂の入れ替わり”という、一種の精神感応的な通信に近い状況であることが似通っています。


 また『イルマーレ』でも、現在の女性が、過去のある日に男性を襲う災厄を防ごうとして行動します。

 主人公の男女が逆になるだけで、愛する人を過去の災厄から救おうとする……というテーゼは『君の名は。』と共通します。


 で、『イルマーレ』ではタイムラグの文通が本当に時間を超えた通信であることに気付いた二年前の男性が、同じ時点の、すなわち“二年前の彼女”に会おうとする、その場面もかなりそっくりです。

 男性は駅で、列車に乗ろうとする彼女を発見し、声をかけようとするのです。

 2013年の三葉が東京へ出向いて、当時の瀧君に組み紐を渡す場面に通じますね。


 なお、男性の主人公ソンヒョンは建築設計家を目指しており、『君の名は。』の瀧君も同じ志望のようで、就活で建設会社を回っています。ひょっとすると2022年春の三葉の職業もヒロインのウンジュと同じ声優さんだったりして……


 また、『イルマーレ』に影響を与えたとされる邦画『Love Letter』(1995)では、亡くなった男性に宛てた手紙が同姓同名の女性のもとに届き、その返事が出されたことで、男女を取り違えるシチュエーションが導入部の面白さを高めています。



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 あ、誤解を避けるために申し上げておきますが、私は決して、『君の名は。』に対して、いかなる問題点も指摘する意図は持っておりません。いかような点でも、一切、ケチをつけるつもりなどありません。過去作品の産物でも、アイデアレベルならば参考にされるのは当然であり、そうすることで作品がよりブラッシュアップされた、時代に対応した優れた傑作として誕生することもあるのですから。

 それに少なくとも、『ジェニーの肖像』は映画著作権の保護期間が終わってパブリックドメインに属していると思われ、またラジオドラマの『君の名は』も同様であると思われます。

 むしろ私は、過去作品の特長を伏線として巧みに張り巡らした作品構成に感嘆しますし、オリジナルの設定を基礎に据えられることで、やはり文句なしの傑作が世に送り出されたのだと思っております。


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 で、『君の名は。』の作品世界の根幹をなす、オリジナルな設定とは……



  【次章に続きます】





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