59●『グランド・ツアー』(6)……二つの時間移動。“今ここに生きる人”の視点。

59●『グランド・ツアー』(6)……二つの時間移動。“今ここに生きる人”の視点。




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 とはいえ……

 過去世界の大災厄を観光するツアーは、旅行者を受け入れる時代の人々にとって、実に腹立たしく忌まわしい存在になるでしょう。

 現地の人間にとって、自分自身のみならず、家族や友人、恋人の命までも奪われかねない大災厄に襲われながら、その一方で未来人たちは、安全な場所から笑って高みの見物を決め込んでいるのですから。

 ……到底、許せるものではありませんね。

 そのあたりの事情に関して、原作の『ヴィンテージ・シーズン』(1946)では、時間の運命の虜となったまま大災厄で滅びてしまう人々が、耽美的なまでの諦観をもって描かれています。歴史上の事実である災厄は、主人公はもとより、いかなる者にも防ぐことはできないのだと……


 作品発表が1946年、第二次大戦の凄惨な爪痕が世界中に残された時期の執筆であろうことを考えると、人類史への哀しいあきらめの境地を察することもできるかと思います。


 ヴィンテージ・シーズンに生きている“現地時間住民”は、未来人から見て、救われることなき、“すでに死んだ故人たち”だったのですから。



 『グランド・ツアー』の主人公である、冴えない親父のベン・ウィルソンも、未来人からみれば、運命の決まった過去の無名人物にすぎません。彼は、すでに起こった歴史上の事実は変更できない……という、タイムトラベルの鉄則に直面します。

 自分と愛娘が安穏として暮らしているこの田舎町は、今宵、一瞬にして半分が滅び去るのであり、そして……その災厄に関連する、さらなる大事故で、愛娘ヒラリーの命まで奪われる運命にあったのだ……ということを。

 大災厄をどうにか生き延びて、心も身体もボロボロで血糊ベトベトのベンでしたが、観光を終えたばかりの未来人たちに、こんな意味のことを言い放ちます。


 “あんたたちにとって俺たちは、すでに死んだ過去の人間だろう。けれど、ここでは違う、この時代で生きているのは俺たちだ! この時代では、あんたたちこそ死んでいるんだ!”


 この場面、大好きですね。

 胸のすくようなタンカです。

 『グランド・ツアー』が時間SF映画のベストワンだ、と思う理由は、ここにあります。


 世の多くの時間SFでは、自ら時を越えるタイムトラベラー自身が主人公でした。

 ウェルズの『タイムマシン』に始まり、TVのスーパージェッターしかり、のちの『時をかける少女』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』しかりです。

 しかし、『グランド・ツアー』では、未来人に見物される側、つまり未来人からみれば、野蛮な“未開人”である現代の“20世紀少年”ならぬ、“20世紀中年男子”が主人公を張ってくれるのです。

 それも、一生懸命に。

 この視点は、なかなか凄いパラダイム・シフトではないでしょうか。

 やってくれたな『グランド・ツアー』! てな感じです。


 こうして、ベンの徒手空拳の反撃が始まります。

 なんとかして、わずか一日、災厄が訪れる前の過去に戻り、最愛の娘ヒラリーを助けるんだ!


 この展開、最高ですね。

 愛する家族を失い、悲嘆と絶望のドン底に突き落とされたダメ親父のベンでしたが……

 それでも、一寸の虫にも五分の魂、窮鼠は猫を噛むゾとばかりに一念発起して頑張るのです。

 歴史の運命と闘うのですね。

 これは原作にない、映画独自の展開です。

 つくづく、傑作だと思います。

 がんばれダメ親父!


 ということで、『グランド・ツアー』には、二つのタイム・トラベルが描かれています。


  物見遊山の“観光”としてのタイムトラベル。

  そして、“人命救助”に赴くタイムトラベル。


 明らかに目的が異なる、二種のタイムトラベルが、大災厄という一つの事象を軸として、二重らせんのように絡むのです。


 たとえば、大地震や大津波といった大惨事の現場へ……


  ●見物に行く、ただし歴史に干渉せず、タイムパラドックスは起こらない。

  ●人命救助に行く、ただしその結果、タイムパラドックスが生じるだろう。


 この二種類の時間移動、それぞれにどのような意義があるのか。

 ある意味、タイムトラベルの本質と、あるべき姿を、ちゃんと考えさせてくれるお話なのですね。


 具体的には、こうした大災厄や大惨事の被災地で、安全な土地から物見遊山にやってきた野次馬たちと、瓦礫の中で人命救助に必死で取り組むボランティアが出逢ったようなものです。


 “今、この時間に生きるとは、どういうことか”


 否応なく、それを考えさせてくれるシチュエーションではないでしょうか。


 『グランド・ツアー』公開の四年後、1995年に生起した阪神・淡路大震災。

 その現場に、もしかしてグランド・ツアーの未来人たちが訪れていたら?

 そんなことを思わせる作品でもあります。

 主人公ベンの立場は、私たち過去の“未開人”にとって、決して他人事ではありません。私たちの国土を襲った大地震や大津波を思えば、身近に共感できるでしょう。


 だから……


 珠玉の名作と言っても、よろしいかと思うのです。





  【次章へ続きます】





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