58●『グランド・ツアー』(5)……完備された時間観光《タイムシーイング》


58●『グランド・ツアー』(5)……完備された時間観光タイムシーイング




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 あなたがタイムマシンを手に入れて、未来は無理ですが過去なら行ける、と言われたら、どこへ向けて出発するでしょうか?

 私なら、例えば、出来立てほやほやのピラミッドに登りたいとか、モノホンの戦艦大和とか飛行船ヒンデンブルグ号の処女飛行に乗ってみたいとか、1964年の東京オリンピック開会式を生で観たいとか、そんなことを願いますね。


 しかし、ともすれば、もっと巨大な歴史的スペクタクルを直接に目撃したい……と思うことがあるかもしれません。

 たとえば、1941年の真珠湾空襲、1945年の東京大空襲とか、ヒロシマ、ナガサキへの原爆投下。あるいは2001年、航空機テロでマンハッタンのツインタワーが崩れる瞬間。あるいは1995年の阪神淡路大震災、そして2011年の東日本大震災とあの巨大な津波。

 大戦争や大災害のマンモスな破壊行為や天変地異に立ち会ってみたい。

 それも、安全な場所から高みの見物で。

 もちろんSFのお話でして、実際リアルにそれをやったら不謹慎のそしりは免れませんね。

 とはいえ、あの日あの時、何が起こったのか、この目で確かめられるなら、確かめてみたい……といった歴史的探究の動機は、多くの人の心にあるのではないか……と思います。


 で、タイムマシンがあれば、それが可能になります。

 いやもしも、時間旅行が民間で商業化されれば、それこそが最大のウリになるでしょう。

 リアル“タイタニック沈没直前ツアー”なんかが、実現するのです。

 不謹慎のそしりは免れないでしょうが、ただ、行って、観て、帰って来るだけ……ならば、違法とまではいえませんね。


 つまり、観光サイトシーイングというか、“時間観光タイムシーイング”に特化して安全に整備された時間旅行タイムトラベル

 文字通りのトラベルであり、旅行会社ツーリスト・ビューローが扱います。

 それこそが映画『グランド・ツアー』のタイトルの由来でしょう。

 壮大な旅グランド・ツアー……文明が極度に発展した未来社会で、暇を持て余した有閑階級が時間旅行会社の団体ツアーを利用して、現在の時代で大災厄を“観光”するためにやってくるのです。

 それも、退屈しのぎの一環として……。


 で、以上が、C・L・ムーア女史の原作になるSF小説『ヴィンテージ・シーズン』における、概ねの基本設定ですね。

 原作では、有閑階級の未来人たちが、過去のそれぞれの時代の「選りすぐりの極上の季節を巡る」…ただし、そこには大災厄も含まれますが…、すなわち、ヴィンテージ・シーズンをひっそりと訪れていることが語られます。


 彼らの時間旅行は、どうやら、過去との往復旅行に限られていて、未来へは行かないようです。

 過去ならば、いつ、どこで見物すれば安全であるかが明らかにされているので、安心して快適な旅が約束できるのですね。一方、未来への旅は、旅先で何が起こるかわからず、危険を防止できないので、おそらく制度的に、行ってはならないと定められていると思われます。

 過去への旅に限定し、現地時間の人々には干渉せず、歴史改変を避けながら、人知れず訪れ、去ってゆく……そんな旅ですね。


 どうでしょう。

 私たちの街角でも、もしかすると今そこに、ちょっと風変わりな、未来人の団体さまが、そぞろ歩いているかもしれない……といった気分にさせてくれるではありませんか。


 古典的なSFでは、時間移動が“偶発的なアクシデント”…タイムスリップ…として描かれてきました。

 古くは『浦島太郎』が近いのでは。

 洋物では『リップ・ヴァン・ウィンクル』ですか。

 小説としてはマーク・トゥエインの『アーサー王宮廷のヤンキー』(1889)が、最初のタイムトラベルSFってことになるでしょう。

 魔法使いマーリンまで登場してくれる、本格派ファンタジー・アドベンチャーでして、欧米では人気の高いお話らしく、何度も繰り返して映画化されています。


 さてタイムトラベルに新境地を開いたのは、言わずと知れたウェルズの『タイムマシン』(1895)。

 そこで時間の旅は、科学と機械の力で意図的に実現するスリリングな冒険行へと進化しました。

 1960年に映画化された『タイムマシン』以降、様々なシステムのタイムマシンが銀幕の中で時空を駆けてきたことは、皆様ご承知の通りです。

 それは偶発的にではなく、おおむね自分の意思で制御する時間旅行です。


 とかく時間旅行は特別な科学者マッドサイエンティストなど、選ばれしタイム・トラベラーによる危険な冒険行として描写されますが、その安全性を極度に高めることで、時すらも超える壮大な旅グランド・ツアーとして“実用化”された姿を見せてくれたのは、映画『グランド・ツアー』の歴史的功績でしょう。


 ですから『グランド・ツアー』に登場するタイムマシン、これがまた最高にふるっています。

 まさに旅行ツアーならではのマストアイテムなんですね。

 ウェルズ型のタイムマシンがある種の固定観念となって、流星号やデロリアン、あるいは原子力空母ニミッツやフィラデルフィア沖の駆逐艦や海自イージス艦まで、なにかと乗物タイプの時間旅行機タイムクラフトが発想されがちですが……

 『グランド・ツアー』で使われるのは、ハンディタイプの、個々人が懐に携帯するタイムマシン。スマホのような携帯電子機器が普及する以前の1991年に、よく着想したものだと驚かされます。

 しかもムーア女史の原作にない、オリジナルグッズですよ。


 いやなるほど、低予算のB級映画ならではの工夫ととれるかもしれませんが、日常的な小道具をよく活用して、細かいところまで本当に知恵を絞って組み立てられたお話だと感服するしかありません。

 そんじょそこらのB級とは次元が違いますよ、きっと。



  【次章へ続きます】



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