57●『グランド・ツアー』(4)……ダメ親父、未来人ツアーに遭遇。

57●『グランド・ツアー』(4)……ダメ親父、未来人ツアーに遭遇。



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 ということで……


 その昔、『グランド・ツアー』のレンタルビデオを借りた私ですが、ジャケット裏の解説を読むと、小さな字で原作者が表記されていました。

 おおっ、C・L・ムーア先生のあの名作が映像化されていたのか!

 (LDにはなぜか原作が表記されていません。これ不親切だヨお)

 C・L・ムーア先生はスペースオペラのかの名作『シャンブロウ』の作者ですね。私が読んだハヤカワ文庫版では、挿絵が松本零士先生で、そのキャラクターの妖艶さは作風にぴったりでした。私にとってシャンブロウは、いまだに松本ワールドの中に息づいています。


 で、本編を観賞してさらに驚愕。

 C・L・ムーア先生の原作『ヴィンテージ・シーズン』(1946)は、物語前半の設定にしっかりと使われています。

 とはいえそれは、ほとんど基本アイデアベースの引用であって、物語の大部分は現代ドラマ、それも父親と娘の家族愛を描くファミリー・ラブストーリーに換骨奪胎されていたのです。

 いや、それが悪いとは申しません。むしろ逆です。

 原作そのままですと、シャンブロウ的に妖艶でお耽美で幻想的なムードは生かされても、なかなか救いのないバッドエンドになりますから。

 そこに新設定を加えることで、家族愛のドラマに仕立て直し、しかも、訴えるべきテーマが実に明瞭でわかりやすく打ち出されたわけです。

 ストーリーが増築されて、ほぼ別なお話になってしまいましたが、原作では半分しか触れていなかったテーマが、違った角度を加えて、全部が語られるようになったという感じです。

 その結果、作品としての完成度は上がったと思います。



 お話の導入部イントロは、こんな感じでしたね。



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 舞台はアメリカ合衆国北部の、ごくありふれた感じの田舎町、グリーングレン。

 季節は初夏か初秋。(原作と同じなら五月ですが、保安官事務所の壁に貼ってあるカレンダーの部分映像をみると、1日が火曜日に見えます。そうだとすると、1991年10月が該当します。ただし特定はできません)

 主人公は冴えない中年男のベン(ジェフ・ダニエルズ)。数年前に最愛の妻を亡くし、小学生エレメンタリーの愛娘ヒラリー(アリアナ・リチャーズ)と二人でつつましく暮らしている。

 彼はもともと大工だったので、広すぎる自宅をDIYで改装して、ペンションを開業しようと準備している。といってもそれは彼の考えと言うよりも、おしゃまで快活で現実的なヒラリー嬢のアイデアに乗せられたようだ。

 元気少女のヒラリーは、母親を亡くしてからすっかり鬱屈ぎみな父親ベンを励まして、いつも背中を押してあげる。二人はこう見えて、けっこう意気投合した、いい関係の親子なのだ。

 そんなある日、まだ工事が終わっていないにも関わらず、男女数名の旅行者ツーリストが小型バスで押しかけてきた。

 まだドアのついていない宿泊室があるし、掃除ができていない……と断るベンの目前に、ツアーコンダクターらしき、なんだか浮世離れしたマダムチックなオバサンがしゃしゃり出て、二十ドル札の分厚い札束を気前よく差し出すや余裕の笑みで尋ねる……ハウマッチ?

 うんうんとうなずくヒラリーとベン。破格の大金である。

 大慌てで室内を片付けたベンは、一夜が過ぎて奇妙なことに気付かされる。

 この、お金持ちだがちょっと影の薄い、フワーッとした感じの旅行者たちは、普通の人々とどこか違う。

 チャーターされたバスの運転者が言うには、周りに何もない辺鄙な場所で旅行者たちを拾ったという。

 着ている服はリッチだが、デザイン感覚がどことなくズレている。

 靴ひもの結び方を知らない男がいる。

 旅行者なのに、誰一人カメラを持っていない。

 街中に普通にある公衆電話がとても珍しそうで、電柱と電線にも、初めて見るかのように興味津々だ。

 客人が宿泊ルームに落ち着くと、嗅いだことのない不思議な香りがたちこめていく。ツアコンのオバサンに訊くと、ただのお茶ですよ、とはぐらかされる。

 何が目的で、どこから来てどこへ行くのかさっぱりわからない、ちょっと変な人々の集団。

 そもそも観光スポットなんか何もない田舎町だ。

 不思議に思い、客室の前に佇んだベンの耳に、客人のひそひそ話が聴こえてくる。

 かれらは、“この町で大災害を見物しに来た”というのだ!


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 『グランド・ツアー』の物語の時代は1991年、映画の製作・公開と同じ年に設定されています。

 作中で、街の教会を指して、“この教会の鐘は、1973年以来、18年にわたって一度も鳴っていないんだ”といった意味のセリフがあり、年代が特定できます。


 なお、主人公のおっちゃん、ベン・ウィルソンの年齢は、作中で“誕生日は1954年の……”といったセリフがありますので、36~37歳だろうと思われます。

 三十路の後半、しかも数年前に妻を事故で亡くしており、その件について深く責任を感じて自分を責め、人知れず悩み苦しんでいます。

 もともと大工を営んでいたので基礎体力はあるのですが、自責の念に長年つきまとわれた結果、気力は萎え、心身ともにヘロヘロで鬱気味、アルコール依存症になりかかっています。

 というのも、妻の父親である地方判事の意地悪爺さんから、お前のスカタンが原因で、わしの娘は死んでしまった。お前のせいなんだぞ! ……と、絶え間なく責められているからなんですね。

 実際、ベンに責任なしとは言えない事故だったのです。

 慢性的な絶望を抱えて生きる、ベン。

 なんだか典型的な、ダメ親父になってしまっています。


 それでも彼の希望の星は愛娘のヒラリー、こののためならエンヤコラと、自宅を改造してペンション開業に向けて頑張っているのですが……

 例の意地悪爺さんから、お前みたいなアル中のろくでなしに親権はない! とヒラリーを取り上げられる始末。

 もっとも、意地悪爺さんにも、言い分はあります。

 ろくでなし男と一緒になったばかりに命を落とした、今は亡き娘の面影が、孫娘ヒラリーに映されている……

 ベンからヒラリーを取り上げるのは、いわば、祖父としての溺愛ゆえなのです。

 しかしそうすることは、せっかく力を合わせて生きている二人の仲を引き裂くことに……

 こんな、いささかやるせない状況を抱えつつ、悩める親父であるベンは、未来人の時空を超えた“グランド・ツアー”に遭遇することになります。




【次章に続きます】





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