55●『グランド・ツアー』(2)……時をかける親父!?
55●『グランド・ツアー』(2)……時をかける親父!?
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さて21世紀初めのある日、私がレンタルで借りたビデオの『グランド・ツアー』(1991)のジャケットには……
お父ちゃんらしき、パッとしない風貌のおっさんに抱き上げられて、アリアナ・リチャーズ嬢が扮する美少女ヒラリーが夜空を見上げています。
その背景イラストに時計の文字盤があしらわれており、明らかに時間SFのジャンルに属する作品であることを告知しています。
で、観賞してビックリしたことは……
時をかけたのは、美少女ではなかった!
だってジャケットビジュアルは、お空の流れ星を見上げる美少女ですよ。
当然てっきり、タイムトラベルするのは美少女のヒラリーちゃんだと思いますよね、しかし……
時間を飛び越えるのは、こっち、不精髭でぼさぼさ頭のお父ちゃんだったのです。
時をかける
なるほど、そりゃそうですよね。
悲しいかな、この種のSF作品としてはなんだか目立たず、DVDにもならず、どことなく寂寥感が沁みついた感じで物悲しく、不本意ながらマイナーな作品に位置付けられてしまった理由は、きっとそこにあるのでしょう。
時をかけるおっちゃん……
やや絶句気味に引いてしまうフレーズですが、これが、『グランド・ツアー』の作品のキモであることは確かです。
美少女が横にいるのに、あえて、時間を飛ぶのはオッサンの方。
もちろん、しっかりとした理由があるのですが、絵的にはいささか汗臭くて、もっさりとした心象になることは否めません。
しかしこれが、作品の最大の個性であり、歴代の時間SF作品を超越するベストワンだと思う理由のひとつでもあるのです。
で、観賞したところ……
『グランド・ツアー』(1991)、やっぱり地味地味なB級SF……に見えます。
なんといっても、あの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ(1985.89.90)が完結した翌年ですから、ガチ勝負で比較されたら、たまったものではありません。
90年代の作品なのに、見た目は70年代に逆行したかのような低予算仕様が、ちょっと痛々しく感じられます。さらっと一回観ただけでは、まぎれもなく、ありふれたB級SF。
しかし、しかしですよ……
そこはそれ、脚本と演技力で、猛烈にカバーしています。
とりわけアリアナ・リチャーズさんが演じるヒラリー嬢は、快活にしてキュート、おしゃまにしてコケティッシュ、いやもう、この
実際はたった一日、24時間ほど逆行するだけなんですが。
ともあれアリアナ・リチャーズさんのオヤジキラーぶり、ご堪能あれ、ですね。
そして主人公である、父親ベンを演じるジェフ・ダニエルズ氏のダメオヤジっぷりや、ベンを侮蔑する義理の父である判事を演じるジョージ・マードック氏の意地悪爺さんぶりも、なかなかのものです。
悪役も含めて、どこか親しみのある、お隣にいそうなリアルキャラなんですね。
そして脚本。
観終わってから、しばらく考えると、いろいろと気になる点や確かめたいことが出てきて、いつのまにか二回三回と繰り返し観てしまいました。
二度見、三度見に耐えるほどの、内容の深さがあるんですね。
一度観ただけではわからない、裏側に秘められた何かがあるということです。
後の章で詳しく触れますが、主人公たちの宗教心に関わる伏線がキチッと引かれていて、お父ちゃんのベンが愛娘のために身体を張って頑張る骨太のストーリーの裏側に、お父ちゃんがずっと心の中に抱えていたトラウマを克服する物語があり、さらに、時間旅行が人間にもたらす功罪を、未来人の側と、過去人の側の両面から考えさせてくれる、非常に大きなテーマが被せられています。
けっこう、深ア~いお話なのです。
そこに、これまでの時間SF作品になかった、新しいアプローチが見られます。
単なるタイムトラベル冒険譚ではなく、タイムトラベルでやってくる未来人を受け入れる側の視点から、切実な愛と悲劇と救済の物語が秘められているのです。
結局、自分で中古LDを買い求めて、十回以上観てしまいました。その過程で、秘められた伏線がしっかりと浮かび上がってくると、作品の魅力に憑りつかれていくのを自覚します。
そうです、これ、観るにつけてジワジワと来る作品なのです。
じつは、美少女が時をかけると、このような物語は生まれなかったでしょう。
お父ちゃん、それも、明らかに人生に挫折した“ダメオヤジ”がドジを踏みながらも必死で頑張る、そこに、他の作品にはなかった境地が開かれているのだと思います。
『グランド・ツアー』の面白さは、“時をかける親父”にあるのです。
【次章に続きます】
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