51●『大YAMATO零号』(4)……“松本戦記”の魅力

51●【アニメ】『大YAMATOゼロ号』(4)……“松本戦記”の魅力





 20世紀の西崎ヤマト(1974-2009)、21世紀のリメイクヤマト(2012-)ともに、ヤマトは明らかに純粋な軍艦であって、防衛軍の旗のもと、軍組織の一部として作戦を遂行しました。

 命令は絶対であり、その命令を根拠として航宙し戦闘します。

 特に21世紀のリメイクヤマトはクルーの制服に肩章がつき、階級社会であることが視覚的にも強調されました。

 その時点で、ヤマトは『ジパング』のイージス艦“みらい”や、“空母いぶき”になってしまったとみていいでしょう。

 厳正な軍規に支配された軍艦です。

 そのためか、かえって沖田艦長の“古代君えこひいき”が不自然さを増すのですが……。


 (最初の『宇宙戦艦ヤマト』では軍隊的な秩序から離脱した自由なキャラクターとして、佐渡先生とアナライザーの存在がありましたが、21世紀のリメイクヤマトでは、その印象が希薄化されています。だいたい、下戸なうえにスカートめくりも封印されたアナライザーって、いなくてもいいような存在ですよね。セクハラ行為は21世紀のTV番組として問題があるのでしょうが、まずい絵は画面のフレームの外にして見せなければいいわけで、しかもロボットに猥褻の罪が成立するか否か、作品中で議論させればよかったのではないかと思います)


 不自然と言えば、リメイクヤマト『2199』でどうしても気になる点がひとつ。

 主題歌です。CDの歌詞カードで「今飛び立つ」となっている箇所が、何度聴き直しても、「今飛び立て」に聴こえるのです。

 私の空耳でしょうか。歳のせいかな。でも、他のCDではちゃんと「飛び立つ」に聴こえます。

 些細なことですが、これが意図的な歌詞変更なら、なんだか意味深です。

 「飛び立て」だと、誰かがヤマトにそう命じている、あるいは期待感を込めてあおっているように感じられます。

 つまり、ヤマトにとって部外者である何者かの意志が、そこにある。

 他人から、そうしてくれと言われて、ヤマトは飛び立っていくのですね。

 一方、「飛び立つ」だと、それはヤマト自身の意志であり、他者の意志の介在はむしろ排除されて、運命的な必然を感じさせます。

 あくまで“ヤマトの諸君”が、自発的に「だれかがこれを やらねばならぬ」と決意して、だれが何と言おうが、俺たちは行くのだ……と、飛び立っていくのですね。

 この違いは、もしかして、平成と令和の世にリメイクされたヤマトの性格を象徴しているのかもしれません。

 リメイクヤマトは、上意下達じょういかたつの命令で動くフネなのだと……


 リメイクヤマトはストーリーの組み立ての緻密さと、ビジュアルの精緻なこと、とりわけそのスピード感覚は鳥肌もので、傑作であることは論を待たないでしょう。

 しかしそこに描かれているのは、国家同士、あるいは艦隊同士の戦争です。

 宇宙戦艦ヤマトは、闘う国家組織であり、クルーの皆さんは明らかに公務員です。

 しかし……

 大YAMATOは公務員でなく、庶民のスーパー・ボランティアみたいなものです。

 そこのところ、大YAMATOとリメイクヤマトは、どこか根本的に違うのではないか、そう思えてならないのです。


      *


 戦争映画は、私の個人的な分類ですが、おおまかに二つの流れがあると思います。

 ひとつは、“歴史劇”。

 個人個人よりも集団の動きを描写し、戦争や作戦の全体像と、その歴史的な意味づけに重きを置いたスペクタクル大作です。

『史上最大の作戦』『大脱走』『空軍大戦略』『トラ・トラ・トラ』『遠すぎた橋』『ミッドウェイ』とか、ですね。

 国産では『太平洋の嵐』『日本海大海戦』『連合艦隊』とか。


 もうひとつは、“個人劇”。

 戦争の全体像よりも、個人の行動や精神世界の描写を重視した作品ですね。

 『橋』『眼下の敵』『大列車作戦』『マーフィの戦い』『地獄の黙示録』『戦争のはらわた』『U・ボート』『フューリー』、あるいは『バトル・オブ・ブリテン』 (TVドラマ 1988英、原題:Piece of Cake)……

 国産映画では『独立機関銃隊未だ射撃中』『南の島に雪が降る』『血と砂』……

 『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(1965)は作戦全体を描く要素が大きいものの、主人公である大村司令官の信念あふれる個人劇として秀逸です。

 喜劇的なものとしては、『地上最大の脱出作戦』『サンタ・ビットリアの秘密』『戦略大作戦』とか『独立愚連隊西へ』……

 お色気混じりでは『ペティコート作戦』、『グラマ島の誘惑』……

 で、これら“個人劇”のいずれも、松本零士先生の絵で漫画化されたとしたら、しっくりとなじむような気がします。あ、あくまで個人的な感想ですが。

 とくに『独立機関銃隊未だ射撃中』(1963)は、まるで松本先生の戦記マンガを実写化したようなイメージで観賞できますね。


 というのは……

 松本零士先生が1970~80年代に描かれた戦争漫画……『ザ・コクピット』としてOVA化もされた『戦場まんがシリーズ』は、主に第二次世界大戦という国家間の戦争が題材とされていますが……

 そのお話は、国家間の戦争の勝ち負けに終わりません。

 巨大な兵器の壮絶なぶつかり合いが、視覚的なスペクタクルをなしつつも……

 結局のところ、最後は、主人公たち一人の人物の“人生の選択”に決着します。

 命を捨てて戦うのか、それとも戦いを回避するか、信念を持って本人が選びます。

 戦争の中で、個人の意志が問われ、個人として回答が出されます。

 死であれ生であれ、本人の意地とプライドで、最終的な選択がなされます。

 それがいかに無様で屈辱的で、哀しい選択であったとしても……

 真摯な個人の選択として描き込まれていきます。

 つまり、戦争という巨大な集団の殺し合い……という現象が、お話のラストでは、見事なまでに、個人の精神世界に収斂していくのです。


 そこが、“松本戦記”の最大の魅力であると思います。


 登場人物たちは、当初、“作戦の一部”を担う一歯車の兵士にすぎません。

 それがラストでは、自分自身の、個人的な“正義”のために命を捨てて闘う(あるいは脱出する)、ひとりの男に変貌します。

 戦争ではなく、一人の男の意地とプライドを賭けた行動に結晶します。

 戦争ではなく、一人の男の“人生”がそこに凝縮します。

 戦争の残虐も悲哀も、絶望も諦観も、そこに蒸着します。

 OVAの『ザ・コクピット』三部作はその代表例であろうと思います。


 戦争を美化し肯定する作品は、おそらくひとつもありません。

 “反戦”の心をイデオロギーではなく、滅びゆくもの、死にゆくものの虚しさと儚さに託すことで美しく描き上げる……そんな傑作が綺羅星のように輝いています。


 こうした戦争の描き方は、多分に“昭和的”であることでしょう。

 しかしそれは、時代の変遷によって朽ち果てるものなのか?

 いやむしろ、それは時を超えて横たわる真実ではないか……

 そう思えてなりません。


 この、“戦争という集団現象の、個人への収斂”が、リメイクヤマトとは異なるアプローチで、まさに松本零士テイストで『大YAMATOゼロ号』に描かれると期待していたのですが……

 残念ながら、お話は半分ほどで打ち切りになった感があります。

 予定された十話分のうち、完成したのは五話分だけ。

 これはもう、残念無念としか言いようがなく……


 なぜなら最初の『宇宙戦艦ヤマト』は、おそらく松本零士先生にとりまして、本来、沖田艦長の“個人劇”だったのではないかと思うからです。

 アニメの第一話の冒頭で圧倒的な敵艦隊に「バカめ」と突き返したとき、沖田個人の男のドラマが始まったわけです。

 観客としては、その一瞬で“これは沖田の物語だ”と刷り込まれてしまいました。

 いかに敵が強くても、理不尽に屈するものか……

 そんな沖田の個人的な情念が、それから全編を貫きます。

 沖田がいかに決断し、何を残すのか。

 それがヤマトの最重要テーマだったはず……

 最初に『宇宙戦艦ヤマト』を視たとき、そう感じました。

 主人公は沖田艦長であり、古代君や雪嬢は、悪いけど添え物なのだと。

 まあ、当時は子供向けのTV漫画でしかなかったので、おそらくいろいろあって……

 沖田の物語は古代と雪の“愛”の物語にすり替えられ、松本ヤマトならぬ西崎ヤマトへと変貌していったのでしょう。

 やむを得ないことです。

 当時はアニメなんか、「子供向け」として、オトナには見向きもされていなかったのですから。

 オトナのドラマであってはならなかったのです。

 21世紀の現在とは、アニメを取り巻く環境が全く異なります。

 高校生以上のいい年をしたアニメファンは、まるで変態扱いされていたのですよ。


 それだけに……


 大YAMATO艦長のオズマには、沖田に代わって、最も“松本戦記”らしい個人劇を演じてほしかったのです。

 大YAMATOが、当初の計画どおり十話まであれば、艦長オズマの心のドラマ……決断と葛藤……が存分に味わえたことでしょう。

 見るからに心残りですが、そこは観客個人が想像するほかありません。




  【次章へ続きます】

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