44●『崖の上のポニョ』の謎(10)…大正、昭和、平成。ひいおばあちゃんの“歴史秘話”

44●『崖の上のポニョ』の謎(10)…大正、昭和、平成。ひいおばあちゃんの“歴史秘話”




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 しかし、まだいくつかの謎が残ります。


 デボン紀の海で出会った、“大正時代の夫婦”の母親が「だれかと思ったら、宗ちゃんね、リサさんとこの」(FC4巻43)と呼びかけて、明らかに90年前の人なのに……ただし現在は幽霊……が、宗介君のことを親しく知っていたこと。


 宗介君がトキさんに、他のおばあちゃんたちとは違う、“船の折り紙”…父・耕一の船…を渡した理由。(FC2巻124-125)


 また、台風一過の夜、危険な闇夜にもかかわらず、リサが車に救援物資を積んで、ひまわりの家へ向かった、もうひとつの理由。


 ラストシーンでトキさんが、宗介君を他人とは思えないほど強く盛大に抱き締めていること、そして、他のおばあちゃんたちが“宗ちゃん”と呼ぶのに、トキさんだけは物語の後半で、“ソースケ”と呼び捨てにしていること。



 それらを綺麗に説明できる仮説は、結論から述べると、次の通りです。



 トキさんは、“宗介君の父親である耕一の祖母……実のおばあちゃん……であり、宗介君にとっては、ひいおばあちゃん”だったのです。



 これも、筆者の私の、個人的な仮説です。

 残念ながら客観的で確実なエビデンスはありません。

 あくまで状況証拠です。

 しかし、この仮説を採用すると、物語に残されていた謎がかなりすっきりと説明でき、“宗介とポニョ”の物語の裏に隠されていた“トキさんとリサ”の秘められたエピソードが浮かび上がってくるのです。



《仮説……トキさんは宗介君からみて、父親のおばあちゃん……すなわち曾祖母であり“ひいおばあちゃん”となります。西暦2007年現在、90歳(推定)のトキさんからみて、宗介君は実の“ひ孫”です》


 この関係は成り立つのでしょうか?



 まず、“大正時代の夫婦”の母親が「だれかと思ったら、宗ちゃんね、リサさんとこの」(FC4巻43)と、親しく宗介君に呼びかけたことです。

 ということは、宗介君と無関係な人物ではありません。

 とはいえ、映画パンフに記されているように、明らかに90年前の“大正時代の人”であり、おそらく2007年現在は幽霊と言うことになるでしょう。

 宗介君と無関係ではない幽霊……となると……


一方的な推論ですが、ポニョが2007年のデボン紀の海に召喚した“大正時代の夫婦”は、1917年(推定)のリアルな夫婦そのままでなく、“肉体は1917年だけど、その中のタマシイの部分は2007年の幽霊”だったのではないでしょうか。

 それならば、亡くなって霊体となってからも、お盆のたびに子孫たちの生活を見守ってきたのだから、リサや宗介君のことも知っていると解釈できます。


 宗介君は、“大正時代の夫婦”からみて、自分たちの子供(トキさん)の子供(名前不明)の子供(耕一)の、そのまた子供に当たります。

 とすると、宗介君のことは同じ苗字で何軒もある親戚連中の一人となりますので、「宗ちゃんね、リサさんとこの」(FC4巻43)と、“〇〇さんちの〇〇さん”的な呼び方になってしまいますが、これも納得できますね。


 ともあれ“大正時代の夫婦”の二人が宗介君のことを知っていたのは、“幽霊だから”と考えるしかなさそうです。

 物語の設定時期は2007年の7~8月、もしかすると八月のお盆にあたっていたのかもしれません。そうだとすると、幽霊であるこの夫婦は、あの世からこの世へ戻ってきやすいですね。



 そしてこのとき零歳児だったトキさんは、ポニョのおかげで母乳をもらい、つつがなく生き延びることができました。


 たぶん、そのことを後日、父母から聞かされていたのでしょう。

 “自分のことを、おさかなだった、という女の子からもらったスープで、あなたはお乳がもらえたのよ”……とか。

 ポニョ自身がその時「おさかなだった」と自己紹介しています。(FC4巻43)

 そして、その直後に零歳児トキは、半魚人モードのポニョから、ほっぺをグニュグニュされて、顔面を直接、頬ずりされています。(FC4巻57:フィルムコミックでは明確でありませんが、DVDの動画では、確かに直接、顔を接触しています)


 おぼろげな記憶と、父母からの話を聞かされているうちに……

 “津波のとき、魚の顔の少女に助けてもらった”という場面が、いつのまにか記憶の中で改変され、“人面魚に出会うと津波が来る”というネガティブなイメージに固着フィックスされたものと思われます。


 あくまで憶測ですが……

 トキさんのその後の人生は、暗澹たる不幸と苦難の連続だったかと思われます。

 零歳児だった六年後の1923年、関東大震災。

 二十代には、日中戦争と太平洋戦争、東京大空襲。

 敗戦の年、1945年には28歳になっていました。

 おそらく結婚と出産がその時期です。

 相当な苦労があったものと思われます。

 他人に騙されて財産を失ったり、いじめられたり、わけなく蔑まれたこともあったでしょう。

 根は優しいのですが、人前ではガンコで意固地な性格に変貌していったとしても無理はありません。

 物事を斜に構えて、ネガティブにとらえる癖が、苦労の日々の中で身に着いたのかと思います。


 だから、宗介君のバケツのポニョを見たときに、「人面魚が浜にあがると津波が来るんだ」(FC1巻125)と恐れ、忌み嫌ってしまい、ポニョから報復の水鉄砲を食らったことで、パニック混じりの反応をしたのではないかと思います。

 まあ、自業自得ではありますが……


 トキさんが戦前から戦後、激動の昭和を生き抜いてゆく間に……

 トキさんの子供たちが子供を産み、その中に孫の耕一を授かりました。

 宗介君の父です。

 西暦2007年時点では、耕一は30歳とされます。

 90歳(推定)のトキさんとの間には60年の開きがあり、孫として年齢的に問題はありません。


 ただしその後トキさんは、何らかの原因で、耕一とその妻リサの家庭とは、疎遠になっていったものと思われます。

 家庭内の問題なので、憶測するしかありませんが……

 トキさんは、水が嫌いなようです。

 零歳児のときの、津波と人面魚が関連する記憶が原因かもしれませんし、それ以外の理由があるのかもしれません。

 だから、耕一が船乗りを志すことに反対したかもしれません。

 そんな危ない仕事、絶対にやめなさい、と……


 そしてもうひとつ大きな問題として、耕一とリサの結婚があったでしょう。

 これにもトキさんは、反対したのかもしれません。


 2007年時点で宗介君は5歳であり、リサは25歳とされています。

 宗介君が生まれたとき、耕一は25歳、リサは20歳。

 リサは19歳の未成年で、身ごもったのかもしれませんね。

 “できちゃった婚”で、リサが成人した途端に二人で電撃入籍したのかも。

 性格的にサバサバして、何事も“やっちゃえ”的にアグレッシブなリサ。

 あのクルマの危うげな転がし方からして、元ヤンキーだった……かもしれません。

 戦前的な“お育ちの良いお嬢様”でないことは確かです。

 ましてや本当に“元ヤン”だったとしたら……

 トキさんは、耕一とリサの結婚に疑義を唱え、猛然と反対した可能性があります。

 リサとトキ、二人の女性はおそらく性格的にも、そりが合わないでしょう。


 耕一とリサは親族の反対を押し切って結婚し、二人だけの家庭を持ったのではないでしょうか。


 耕一と結婚した20歳のリサからみて、義理のおばあちゃんになるトキは、このとき推定85歳。年齢差はあまりにも大きく、トキの価値観は硬直し、老衰ゆえの認知症も進みつつあったと思われます。

 “ひまわりの家”のおばあちゃんたちの中でも、一人だけ電動の車椅子ですから、体力的にもかなりの衰えがあるでしょう。

 思い通りにならない身体能力にいらだち、ますます短気になっていったかと思われます。

 両親は既に亡くし、おそらく夫にも先立たれ、孤独にさいなまれる中、子供たちの誰かの家で厄介になりながら、自部の居場所を失って、昼間は“ひまわりの家”に通うようになったのでしょう。

 不自由な身体ゆえ、介護士の女性たちに些細なことで当たるようになっていったことと察せられます。そのような場面が一瞬垣間見えます。(FC2巻114)


 そうして、日々老化が進み、自分の過去の人生の記憶も混乱してゆき、船乗りとなった耕一とは長年、顔を合わせることがないまま……

 ほとんど、耕一の存在すら、忘れかかっていることと思われます。


 老衰による“忘却”が、トキさんとリサたちの一家を引き裂きつつあったのです。



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