38●『崖の上のポニョ』の謎(4)…“海なる母”はなぜ人類を救ったのか?
38●『崖の上のポニョ』の謎(4)…“海なる母”はなぜ人類を救ったのか?
『ポニョ』には、人智を超えた巨大スケールの神様が堂々と姿を現します。
世界の自然の摂理を代表するかのような、女神グランマンマーレ。
彼女は、どんな女神様なのでしょうか。
『太陽の王子ホルスの大冒険』から『かぐや姫の物語』までの六作が、ひとつづきの壮大な叙事詩としてとらえられることを、思い出してください。
それぞれの作品で、人類と大自然、そして、世界のすべてをみそなわす神様、この三者の関係が、さまざまな視点でとらえ直されてきたことに気付かされますね。
そして『ポニョ』では……
『太陽の王子ホルスの大冒険』『未来少年コナン』『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』、それらの作品の未解決の葛藤を一挙に打開するかのように、究極的な神様……女神グランマンマーレが登場することになります。
彼女は“海なる母”とされます。
すべての海洋を統べる女神。
彼女はおそらく、過去・現在・未来を問わずあらゆる海という海そのものなのでしょう。
それは、慈悲深い神です。
人類の愚行に怒り、激しい怒りもて罰する、“荒ぶる神”ではありません。
むしろ人類を優しく見守る、母性愛の女神様でしょう。
グランマンマーレは、人間になりたいと願うポニョ……本名はブリュンヒルデ(DVD字幕ではヴリュンヒルデ)……と、ポニョが大好きになった少年・宗介君に最終的な解決をもたらします。
しかし、そこには“ポニョと宗介君の合意、そして魔法の時間が終わること”のほかに、これといって未来拘束的な条件も取引も契約も発生しません。
人類に命令も処罰もしない、“邪気のない自然神”なのです。
宗介とポニョも、一切の疑問も不和もなく、無邪気なほど素直に、神様の解決を受け入れます。
人類と神様の関係とは、本来、そういうものなのだ……と、作品が語っているのではないでしょうか。
グランマンマーレは慈悲の女神でもあります。
その証拠に……
ポニョが魔法力の暴走でもたらした、月が近づき、海が盛り上がる大異変。
未曽有の大災厄であるにもかかわらず、なぜか、人類の犠牲者は皆無のように見えるのです。
怪我人は出たかもしれませんが、死者は出ていないようです。
まるで船祭りのように、意気軒高に避難する人々。(FC4巻51-61)
人の死を悲しむ様子は見受けられません。
“子供向け”作品なので、人の死があっても画面から隠す演出方針かもしれませんが……
ここはひとつ、グランマンマーレがその偉大な魔法力で奇蹟をもたらした……と考えたいものです。
グランマンマーレが、災害で死に瀕した人々を救ってくれたのです。
ここで“都市伝説的な解釈”として、“津波で登場人物は全員死亡。それ以降の物語は死後の世界の出来事だ”とする解釈があると聞きます。
それも否定はしません。あり得る展開です。
しかし、“みんな死んじゃった”という結論はいわば“夢落ち”と同様ですし、その時点でポニョの“人間になりたい”願いは、悲しみの中に閉ざされたことになります。
“あの世”で人間になれても、それは幸せな結末と言えるかどうか?
“子供向け”作品として、そこまで“救いのない”終わり方はいかがなものか……
ということで、“みんな死んじゃった”説は、いちおうここでは、横に置いておくことにさせていただきます。
決して、否定はいたしませんが……
本稿では逆に、“みんな生きています!”説に準拠して、論を進めてまいります。
ではなぜ、グランマンマーレは、今回の災厄で人を死なせなかったのでしょうか?
まずは、災厄のそもそもの原因が、愛娘のポニョことブリュンヒルデの衝動的で無謀な行動にあったということ。親としての責任ですね。
人類の側に落ち度はなく、死ぬべき理由がないからには、死なせないようにしよう……という判断だと思われます。
グランマンマーレの配慮で、人々は死を免れました。
そう考えてよいのではないでしょうか。
そしてもうひとつ、グランマンマーレが、やみくもに人を死なせたくない理由があります。
彼女は愛する夫フジモトに、こう語っています。
「あら、わたしたちはもともと泡から生まれたのよ」(FC3巻142)
グランマンマーレ自身、海の泡から生まれた。
そして夫のフジモトも、人間たちも、そのほかこの地球のありとあらゆる生き物たち、動物も植物も、魚も虫も細菌類でさえも……
みんな、はるかな太古の昔に海の泡から生まれた、グランマンマーレの子孫。
そういうことです。
グランマンマーレは生きとし生けるもの全ての母。
生きとし生けるもの全てはグランマンマーレの愛すべき末裔たち。
だからいかに人類が愚かであったとしても……神罰を加えるのは忍びないのです。
なにもかもが、母である自分の子供たちの子供たちの子供たち……の子供たち、なのですから。
だれもが、泡から生まれた。
どういうことでしょうか。
地球の誕生は今から46憶年昔のこと。
生命が誕生したのは38億年昔の海であるとされています。
原始の海に出現したのは、単細胞生物。
この細胞は、海中の泡を母体に形成されたようです。
海水の中に、泡ができて、泡がその内側と外側を隔てることで、内部に遺伝子を格納することができたわけです。
しかし、まったく一様で静まり返った海だとしたら、泡は発生しにくいものです。
海洋に様々なエネルギーが加えられて、海水がゆらぎ、攪拌されることで、泡ができては消え、またできていきました。
そのエネルギーとは、気圧の変化や風による波立ち、さらには海底火山の爆発や隕石落下による熱量と衝撃、そして……
潮汐力です。
月の引力、地球の自転による遠心力、そして太陽の引力があいまって、海洋に潮の満ち引きをつくりだし、無数の泡を生み出すきっかけの一助となったはずです。
だから、海洋神グランマンマーレは、潮汐力を操る神でもあるのでしょう。
万物に働く、天体の引力と遠心力、それを利用して、彼女はこれまでにも、無数の生命をこの地球にもたらしてきたはずです。
みんなが、いわばグランマンマーレの愛すべき赤子。
人類も、ありがたいことに、その一部に加えてもらっているようです。
にしても、海を泳ぐ魚ならともかく、なぜ陸上生物の人類までも、グランマンマーレの母性愛の対象に含まれるのでしょうか?
なぜならば……
人もまた、海の一部。
人間の体内にも、海があるからです。
内なる海が。
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