24●『ホルス』から『かぐや姫』へ(6)…神様が顕現、『もののけ』と『ポニョ』
24●『ホルス』から『かぐや姫』へ(6)…神様が顕現、『もののけ』と『ポニョ』。
『もののけ姫』は、宮崎監督が“構想16年、制作に3年かけた”とされています。
ということは、公開された1997年から19年さかのぼった時点で、最初のアイデアが監督の脳裏に閃いたことになります。
それは……1978年。
『未来少年コナン』が放映された年ですね。
『もののけ姫』は、『未来少年コナン』の完成を踏まえて、次なる大作をめざして構想がスタートしたと考えられます。当然、『コナン』では語り切れなかった欠落部分を補完するとともに、新分野を開拓する作品となることは明らかです。
そして『風の谷のナウシカ』の漫画版がアニメージュ誌に登場したのは1982年。映画公開が84年。漫画の連載終了は94年。この時点から『もののけ姫』の制作が開始され、前述のように3年かけて97年に公開されました。
つまり、『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』は、同時に並行して構想され、前者が先に、後者が後に、物語として具体化されていったことになります。
ということは……
『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』は、ある意味、双子作品ですね。
同じ時期に、同じテーマを、異なる手法で練り上げられた、二つの作品。
根本のところでは同じテーマを……
『風の谷のナウシカ』ではSFの手法をもって語られ、
『もののけ姫』ではファンタジーの手法をもって語られたわけです。
ナウシカ姫と、もののけ姫。
腐海の森と、シシ神の森。
クシャナ殿下と、エボシ御前。
トルメキア軍と、タタラ衆&ジコ坊。
アスベルと、アシタカ。
王蟲と、シシ神。
巨神兵と、石火矢。
SFと、ファンタジー。
わりとキレイに、対称していませんか?
それゆえ両作品は、物語の構図は同じといっていいほど似ています。
ただし、ある点で、人類に対する“大自然”の捉え方が根本的に異なります。
それは……
“神様”の存在です。
森の神様である“シシ神”、別名ディダラボッチ。
これはもう、超科学の世界の存在でして、腐海学の権威であるナウシカ博士にも説明がつきませんね。
1968年の『太陽の王子ホルスの大冒険』以来三十年近くを経て、ついに大自然の側に、真打ちの“神様”が具体的な姿を現されたわけです。
この発想の原点が1988年公開の『となりのトトロ』にあることは確かでしょう。“もののけ”の森の様相は、トトロの森と似ています。
トトロ、それはニッポンの里山の穏やかな森林を守る、無邪気な生きもの。
ただの怪獣ではありません。物の怪でもありません。
それはむしろ神様の一種でしょう。道祖神に近いイメージです。
人間たちを見守り、悪意はまるでなく、おせっかいでもなく、求めれば助けてくれることもある……そんな自然神ですね。
『となりのトトロ』に結実した“森の神様”のイメージが、より強力に(エグいほどに)バージョンアップして『もののけ姫』に現れたのだと考えられないでしょうか。
つまりここへ来て、
“人類vs自然”の対立の構図が、
“人類vs自然(神様)”に変換されたということです。
相手は神様です。
ですからなおさら、“奪ったものは返せ、壊すのはほどほどにしろ”という、物語の結論が切実さを帯びてきます。
一歩間違うと、人類に神罰が下されるぞ……という警告なのです。
“大自然=神である”という図式は、ある意味、日本人のDNAというか、魂の枠組み=ソウルフレームとでも呼べばいいのか、国民的にすんなりと理解されるテーゼであったと思われます。
いまだに
SFである『風の谷のナウシカ』が洋風であり、科学的に理屈っぽく難解(特に大ババ様の講釈が説教臭い)であるのに対して、『もののけ姫』はファンタジーであり、純和風。
これも、日本人の心のツボを衝く心憎い配慮でした。
『もののけ姫』は、国産アニメの興行収入記録を跳びはねて塗り替える、歴史的ヒット作となったわけです。
以下、四作をまとめてみました。
〈“人類vs自然”などの図式から四作品を俯瞰する〉
●『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)“人類vs自然(悪魔)”
→災害や害獣は悪魔の仕業だ。人類には悪魔を滅ぼす正義がある。自然は破壊してでも組み伏せるべきだ。悪を殲滅し、人類が世界を支配するのだ。
→エコロジーの視点でなく、人類正義論の立場。資源は無限に消費できる、とする。
●『未来少年コナン』(1978)“人類vs人類”
→人類は傲慢にも自然を一度滅ぼした。この上、人類同士が争って自滅するのは愚かである。
→限られた資源を大切にし、“壊すか奪う”生活から“作るか育てる”生活へとシフトせねばならない。
→資源と人命を浪費する戦争は、するな。
→エコロジーの視点=環境を汚さず、エコに生きよう。自然は自力でよみがえる。
●『風の谷のナウシカ』(1984)“人類vs自然(分解者)”=洋風SF
→人類は傲慢にも自然を一度滅ぼした。この上、人類同士が争って自滅するのは愚かである。
→真に世界を支配しているのは“分解者”の腐海だ。
→人類も浄化で消えるのなら、運命として受け入れ、腐海と折り合って生きよう。
→エコロジーの視点=“生産者・消費者・分解者”のマクロな輪廻の中で、人類は消えゆく生き物の一つにすぎない。
●『もののけ姫』(1997)“人類vs自然(神様)”=和風ファンタジー
→人類は傲慢にも自然を滅ぼしつつある。自然の中にある“神”まで殺すつもりか?
→人類同士が争って自滅するのは勝手だが、それは自然神への冒涜でもある。
→自然神さえも欲望の対象として狩るならば、神罰が下り、人類は滅ぶぞ。
→エコロジーの視点=自然破壊は神を殺すことだ。神罰を恐れ、森と折り合って生きよう。
いかがでしょうか。
こうしてみると、四つの作品は、“人類と大自然の関り”という一つのテーマを巡って、異なる角度で描き上げられた“四部作”のスタイルをなしてはいないでしょうか。
かれこれ三十年をかけた、超大作の連作叙事詩です。
その三十年の間に、『風の谷のナウシカ』の漫画版が完結し、『となりのトトロ』も配置されています。
宮崎駿監督の壮大華麗な脳内世界が、すでに二十世紀において、このように結実していたのです。
*
さてしかし、“神”の概念を出すことで大成功した『もののけ姫』でしたが、宮崎監督は一つの課題を二十一世紀へ持ち越されることとなった……と思います。
『もののけ姫』で語り切れなかった、最重要のテーマとは……
もしも“大自然=神”と位置付けるならば、
“人は神と通じ合えるのか?”
という命題です。
人類は古来より寺社仏閣や聖堂聖地を巡礼し、自身と“神”との接点を求め続けて来たからです。これをどう説明するのか。
『もののけ姫』では、サンとアシタカがシシ神と心を通じ合えたかどうか? 親しい関係になりえた可能性があったのか? 神とヒトの接点はどうであるのか? それらの未解決点があり、未知数のまま、先へ積み残されています。
しかし一方で、“人と神は本来、もっと近しい存在ではなかったのか?”という体験的な推論も生まれてきます。
そんなに難しく考えなくても、もっと簡単にシンプルに、人は神と触れ合ってきたのではないか?
神を殺し、殺した結果多くの人命が失われ、人類は滅びに瀕する、これを防ぐには、“奪ったものを返す”こと……
これが『もののけ姫』の世界でした。
だが、考えてみると……
人と神の関係は、そんなに厳しく、よそよそしく、断罪的な事案ばかりなのか?
これ、当然の疑問ですね。
ニホンジンにとって神とは、洋風の神様とどこか違います。
いずれ世界に最後の審判を下して、救われない者は地獄へ落ちろ……といった、みるからにドゥームズディした恐い恐い神様ではありません。
あの恐ろしい『大魔神』(1966)様ですら、普段は柔和なお顔で、恵まれない不幸な人々の願いをお聞きになり、いよいよという非常時になると、それではよっこらしょとばかりに働いて下さり、仕事が済んだら余計な説教などせず、さっさと土にお還りになります。
基本、私たちの“身近な願いを叶えて下さる”存在なのですね。
お社で賽銭箱を前にしてカランカランと鈴を鳴らして柏手を打つとき、私たちはいろいろと欲張った願い事をします。
いやホント、人の欲はブラックホールよりも深い……と、そのたびに自戒しますけれどね……。わずかなお賽銭で、何とも虫のいい取引を神様に迫るものですね。
で、時には、その一部が叶います。
何を願うのでしょう。その種類は“お守り”に現れていますね。
あれ、多分、神様にお願いした“契約の証拠”なのですから。
交通安全、家内安全、無病息災、長寿、良縁、金運、受験、
そして……安産。
安産。
これ、重要ですね。
お願いの中でも、最重要クラスではありませんか?
なにしろ人類の種の存続を左右する出来事なんですから。
妊娠と出産。
それはしかし、単なる科学的な現象として片付けられる出来事ではありません。
子宮における生命の発生は、いわば神の領域。
母親と胎児の間に“神の手”が差しのべられ、神様が人との間に何らかの“ことば”を交わす出来事である……と言えないでしょうか。
いったん卵子に精子が出逢って細胞分裂が始まると、出産までは神様に支配されることになります。オリンピックみたいに、来年に延期するわけにはまいりません。
人間の生の営みに、神様が厳然と関わる
母は知らず知らずの間に、お腹の赤ちゃんを通じて、“神様”と対話しているのかもしれません。
新たなる生命の誕生。
しかも億年の太古から続く遠大な進化の道筋の果てに……
今、この世に生まれる命。
『崖の上のポニョ』(2004)の登場です
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