03●『未来少年コナン』(2)省略の美学……キャラクターと日常動作の妙

03●『未来少年コナン』(2)省略の美学……キャラクターと日常動作の妙



 『未来少年コナン』は、実によく動いています。

 コナン少年の設定年齢は十二歳。

 走る、跳ぶ、投げる、滑る、泳ぐ、潜る、敵に捕まる、脱出する……と、八面六臂の活躍を見せます。

 そのアクションに引きずられるように、コナン少年の周囲の人々もダイナミックに動きます。

 説明するまでもなく、飛行艇ファルコに機帆船バラクーダ号、ガンボートにギガント、フライングマシンといったメカ類も、しっかりと動いています。


 それら、動くものの躍動感こそ『未来少年コナン』の醍醐味であり、本当にアニメらしいアニメ作品に仕上がっている、ということでしょう。


 アニメ本来の魅力である“動く”という要素を万全に発揮することで、キャラクターやメカ、そして世界観にリアリティを与えているのですね。


 この“動きのリアリティ”は、どこから生まれるのでしょうか。

 基本中の基本ですが、“作用と反作用、そして慣性”の表現の巧みさ、が大きな要素だと思います。

 跳ぶためには、その質量を動かすだけの反動が必要。

 動き出したら慣性が働き、急には止まれない。

 何かにぶつかれば、反発で止まるか、壊れるかする。

 ただ歩くだけでも、幽霊のようにすすーっと歩くのでなく、足裏で地球の重力を蹴っている。

 “魔法が通用する異世界”ならともかく、舞台が地球の上であることを踏まえた“作用、反作用、慣性”の法則が、アニメならではの脚色を経て、細部にまで徹底されています。


 コナンの動きが機敏なのは、彼が並外れた力持ちであるがゆえであって、使ことが、観るだけでわかるというものですね。

 さらに心理的な要素も配慮されています。コナン少年が重傷のモンスリーを背負うときの、ぐったりとした絶望的な重さと、ラナをお姫様抱っこして草原を駆けるときの希望あふれる軽さといったものです。心理的な重さと軽さが、コナンの動作に現れます。


 また、物理的な“作用と反作用”だけでなく、心理的な“作用と反作用”も加味されています。

 敵味方やライバルとしてにらみ合い、鉄を打ち合うかのように反発する表情。

 友達や同志として信頼し合い、クッションを合わせるように響き合う表情。

 相手の感情の高ぶりを受け止めて、低反発枕のように寛容する表情。

 それらが丁寧に画面に描かれてゆきます。


 本作だけでなく、所謂いわゆる宮崎アニメにかなり共通する、“宮崎アクション”とでも呼びたくなるような、緻密な動きの世界ですね。


 にしても、このクオリティで動かし続けるには……


 すべてがセルアニメで、全面的に手作業であった時代、CGはカケラもありません。

 パソコンもありえず、ひたすら一カット一カットをコマ撮りで撮影してつくられたことを鑑みますと、世界文化遺産に指定してあげたくなるような労働力の結晶。


 となると、可能な限り“動かしやすさ”に配慮してあげないと、初回から作画崩壊の危機に陥りかねません。


 このあたり、宮崎監督の天才がなす作画設定や絵コンテが、現場の負担を良心的に軽減しているように思います。


  “思い切って、捨てられるところは捨てる”といった、“省略の美学”です。


 キャラクターの造形は、おしなべてシンプルです。

 凝ったヘアスタイルの人物がいません。瞳にお星さまを入れて細かく描き込むような、こだわりも見られません。最小限の線で造り上げられています。

 それだけに個体識別に工夫が必要ですが、男性の場合、あえてイケメンづらを廃して、個性的な顔相で勝負していることがわかります。

 ダイス船長の変形カイゼル髭は、ピンと立つとき、しょぼくれて縮むときなど、本人の気分まで表現します。

 レプカのトレードマークは、耳の前のモミアゲでしょう。彼の傲慢さを引き立てるアイキャッチとして、傑作だと思います。

 おじいの丸縁メガネ、ラオ博士のアイパッチ、オーロのペンダントも、よく考えられていますね。

 地下のレジスタンスたちの額に付けられた手裏剣形の焼き印は残酷ですが、これがあるのでルーケ氏が識別できるというものです。


 女性キャラについては、ブサイクはご法度ですから、おそらく、似たもの同士が同じ画面に入らないように配慮されているのではないかと思います。

 ラナのスティック状ツインテールは個性的な髪型で、彼女を識別する最大の特徴ともいえますが、それでも、ハイハーバーの風車村で同じ年頃の女の子に囲まれたときは埋没ぎみになりました。ラナの人気を奪いそうな美少女揃い……となるので、あの状態が継続すると、ラナはコナン君の浮気を心配せねばならなくなりますね。


 そうやって個体識別に留意しつつ、身にまとうコスチュームは、これでもかとばかりに単純化されています。あれは本気マジで作画担当者を救ったのではないでしようか。

 最小限のアイテムしか身に付けさせず、男性はネクタイもなし、女性の服も単色で、花柄も水玉も見られない徹底ぶり。

 もちろん、“大変動”後の物不足の生活で贅沢はできず、そのようなファッションにならざるをえない……と説明がつきますので、渡りに船だったでしょう。


 極めつけは、インダストリア戦闘員のコスチュームです。

 いかにもショッカー的な、シームレスと思われる上下一体ツナギらしき伸縮スーツで、フードをぴちっと被れば、ヘアスタイルを描く必要もなくなります。

 これで暗視ゴーグル付きヘルメットを被れば顔は露出しなくなり、体格以外は全員同じで、まさに“その他大勢”になってくれますね。作画担当者を群衆モブシーンの地獄から多少なりとも救ってくれたことでしょう。

 この戦闘員スーツ、顔面にフルフェイスの防毒マスクをつければ、おそらく密閉されたBC兵器対応の防護服となるように思えます。“大変動”当時の戦闘に備えたバトルスーツとして説明できる、すぐれもののデザインですね。


 このように、“余分な視覚的要素デザインを徹底的に廃する”ことで、“動き”に集中し、それをもって人物のリアリティを存分に表現する。

 そこが『未来少年コナン』の凄さのひとつであると言えましょう。


 思えば、二十一世紀のアニメ作品の真逆を行く、大胆なデザインポリシーであるとも考えられます。

 劇場作品はともかくとして、TVアニメまで、あの異世界の騎士風のコスチュームや、ディテールに凝りまくった学生服など、動かすのは大変だろうなあと同情したくなるようなデザイン。

 昨今のアニメキャラの目元やヘアスタイルや衣装やアクセサリーの複雑化には、フィギュア化のビジネスが影響していると思われるので、無理からぬとは思いますが……


 また、新海誠監督作品にみるような超細密画的な背景画も、TVアニメで散見します。描くのは大変だろうなあ、よくて数秒しか映らないのに……と、こちらも同情したくなります。

 たとえば新聞の一面が画面に映るとき、見出しどころか本文までちゃんと書いてあるようなケースは、ちょっと可哀そうなほどの品質過剰を感じたりします。適当にぼかしておいてもいいのに……と、まあ、差し出がましいことですが。


 キャラデザインの複雑さ、背景画の緻密さといい、昔のアニメに比べて贅沢な作品を見せてもらっていることは確かなのですが、そのかわり“動き”については物足りなさが残ります。

 魔法の剣戟や銃撃など、バトルシーンは手が込んで芸術的ですらありますが、歩いたり走ったり、お茶を入れたり、筆記したりといった日常的な動作に手が回らず、ぎくしゃく感が残るようです。

 それだけに『未来少年コナン』を観ると、「シンプルでいいじゃないか」と感じてしまうのですが。


 日常動作はとても大事だと思います。キャラの人格リアリティが一発でキマることもあるからです。

 “綾波の雑巾絞り”がそうですね。

 日常動作の巧遅拙速がキャラの性格と密接に結びついた成功作は、劇場アニメの『この世界の片隅に』。

 ヒロインのすずさんが炊事、洗濯、掃除に励む姿は、それだけで小さなドラマとなって彼女の人となりを語り、作中に欠くべからざる要素を占めています。


 実はこの部分……日常動作による人格表現……は、残念ながら二十一世紀の最近のテレビアニメでは、わりと軽視されがちな要素でしょう。ストーリーの本筋、それも多くはバトルシーンの描写に力を取られた結果ではあるでしょうが。


 昔々のアニメ作品では、普通に重視されていたように思います。

 『太陽の王子ホルスの大冒険』で、太陽の剣を鍛えるためにホルスがハンマーを奮う場面、その力強さにはホルスの固い意志が重なります。

 また、花嫁衣裳へのアップリケ縫い付けで、ヒルダが失敗する場面。

 針仕事ができなくても些細なことなのですが、「それじゃホルスのお嫁さんになれないねえ」といった冗談の一言で、ヒルダが一時的に人格崩壊するなど、意外な見どころを作っています。


 日常の何気ない動作に潜む心のありようや揺らぎ……これはもしかすると、二十一世紀の最新のアニメ作品が最も不得手とする表現手段なのかもしれませんね。



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