第25話:終わりの帰還
翌日、私はこの旅の最終目的としてここで最後に戦った地に行こうと提案した。
「そろそろ魔界の始まりである魔王城にいこうかと思います!」
「ええ……」
「そうだね」
「ですわね」
皆の反応が薄い、魔王城だよ! 人間と魔族の大決戦を繰り広げ、最終的に人間が勝った記念すべきところ! それなのに近所の食堂に行くのと変わらないノリ!
「みんな、反応薄くない?」
「だってねー」
「今更ですよね」
「魔王が倒されたのも納得と言いますか……」
どうやら今までのインパクトが大きかったせいで魔王を倒したと言っても慣れてしまっているらしい。
しかもその上魔王城は私がザコ共々吹き飛ばしたので魔王城と言っても「跡地」でしかない、そりゃあまあテンション上がんないのも分かるけどさ……
「まあしょうがないですね……これ以上の戦闘もないので年寄りの昔話くらいには興味を持ってください」
私がいじけると、三人とも一応は興味を示してくれる。
「そうですね、この旅の終着点ですからね……」
「あなたはそんなに年を取っていない……いえ取ってるはずですね? 今更魔法で若返ったくらいでは驚きませんが……」
「じゃあ私も英雄譚に入りたいなー」
「ちょっと遅かったですね、当時なら荷物持ちくらいで気軽に雇ってくれそうでしたが……」
「そりゃあまあ私も初めて魔界に来たときは驚いたよ! でもさあ、魔族もそんな強くないんだもん!」
「あのー……よろしいでしょうか?」
宿の主が隣に立っていた、三人とも魔族だからとものすごく警戒していたのに今では学園の先生が立っていたときの方が緊張しているだろう。
「なんですか?」
「いえ……その……『旅の終わり』と聞きまして……聞き間違えでなければ今日にはお発ちになられるのでしょうか……」
私は魔王城(跡地)にいってこの旅が終わると伝えると心底安心したような主が喜んだ。
「でしたら是非! 旅立ちをお祝いさせてください! 我が宿自慢の料理をお出しします!」
私たちの旅立ちを祝ってくれると言うことだが、まあ要するに『もうアイツが旅立ったから安心だよ! 戻ってこないでね』という意味での送り出しだろう。
どのみち今日でこの旅も終着点につく予定だったのでその申し出を受ける。
――数十分後
そこには結構なご馳走があった。
パクパク
ムシャムシャ
カミカミ
「みんな、結構食べるんだね? ちょっと意外」
「もう慣れましたし……」
「この肉がなんの肉であれ美味しいのは確かですし」
「食べられるものは食べとくよ! これだけの料理地上でもなかなか食べられないし!」
みんなすっかり魔界になれきっていた。
――そうして暫くご馳走を味わった後、私たちは宿を発った
出発時の主人の笑顔は魔族とは思えないほど明るいモノだった。うん……ゴメンね!
そうしてさっさと魔王城の跡地を目指す。
とは言っても実のところ魔界は地上の一国にも満たない程度の広さしかなく、魔族が暮らしていけるのは生まれ持っての魔力で体を維持しているからであり、食料はそれほど取れない。
なので魔王城と言っても距離的には私たちの王都の端から端まで位の距離だ。
「なーんか魔王との戦いの歴史って感じしないね?」
だってしょうがないじゃないか、実際一番緊張したのは魔界に入ってきたときだ。
その時の私は魔界での死闘と、きっと恐ろしい化け物や巨大な悪魔と必死に戦うだろうと思っていた。
それはまあ、思っていただけで大した相手はいなかったわけだが……
「一応魔界で一番苦戦した相手だよ!」
「苦戦の基準がおかしいんですよ! あなたの場合、普通の人が野ウサギを狩るレベルを苦戦と言い張るのはやめてくださいませ!」
「だってしょうがないでしょ! 私が強いかどうかなんて魔界に入ってくるまで分かんなかったし! 魔界での強敵を期待してきたらクソ雑魚しかいなかった気持ち分かる!」
「開き直りましたねあなた!」
と、まあしょうもないやりとりをしながら魔王城跡地にやってきた。
「本当に何も無いですね……」
「何も無いのは確かなんだけど……おかしくない?」
「え? ただ単に魔王をここで倒しただけですよ?」
「いや……魔王もそりゃあ倒されるだろうとは思うんだけどね……ここって『何も無いにもほどがある』んじゃない?」
そこは円形状にガラス状の地面が広がり、草一本、虫一匹存在していなかった。
前にいった幹部の城跡は荒れ地状態だったのに対し、こちらには本当の『虚無』しか無かった。
「魔王って本当にいたんでしょうか……?」
「いたよ! そこは信じてよ! 私がここを焼き払ったんですよ?」
「焼き払ったって……そんなレベルですか? ここがとんでもない熱量で消し飛んだのは分かりますが……炎って言い方で済むレベルではないですね」
「まあ……所謂プラズマ? って言うのかな、とんでもない温度に上げてまとめて城ごと溶かしてなにも残しませんでしたから……」
「以外と退屈だなあ……もっとこう魔王の使う禁呪とか、それに対抗した聖剣とかいうのを期待したんだけど、何も無いじゃん?」
「くっ! こんな事ならもう少し形を残しておくべきでした……」
「まあ魔王に情けをかけられるよりは人間にとってはよかったんでしょうけど……」
そうして私たちはこのまっさらな跡地の調査をしようとした。
しかし誰がどう見ても更地に地面がツルツルでなにも無いので早々に調査は終わった。
アンが愚痴っていた。
「もう少し何かを残せないのでしょうか……これではどう戦ったかを書こうにも……」
「私が超強い魔法でドカーンとやったでいいんじゃない?」
実際そうなのでそれ以上書きようが無いはずだし……
「最終戦なのに薄っぺらい戦いになりますねえ……」
「今までの見る限り嘘じゃなさそうなのがまた……」
「ドラマチックではないですね……」
三人ともあまりにも話の広げようがない最終決戦の地で、この世には自分の想像する最悪の存在よりも現実ははるかに恐ろしいということだけは理解していた。
「ねえ……せっかくだしここで一泊していかない?」
タルトにしては珍しくやる気のある提案をした。
「珍しいね……」
「だって……この旅の終わりは……」
「そうだね……」
「ちょっとだけ引き延ばしても許されるんじゃないかな?」
「そうですね、ただ一日滞在時間が増えるだけです」
その場の皆はこの旅の終わりに別れが待っていることを寂しく思い、せめてそれを少しでも先送りにしようとその晩はそこにシートを敷いて寝た。
そのたびの下準備のほとんどが無駄になった中、役に立ったのが一番使わないと思っていた宿泊用シーツだったのは皮肉だなあ……
全員で寝袋に入って並んで横になる。
「ねえみんな? 起きてるよね?」
「当たり前でしょう、こんなところで安心して寝られませんよ」
「私も今日は目が冴えてるなー」
「おはなし……しますか……」
こうして私たちの成果が最後に記録されたのは日常の会話になった。
「はじめはウィルさんもちょっと抜けてる凡人くらいに思ってたんですけどねえ……」
「ろうそくだと思ってたらとんだ爆弾だったよね!」
「酷くないですか!?」
「私はウィルさんがいなかったら、もう故郷に帰っていた気がします」
「私は勉強で挫折してたかな……」
「私はこんな無茶は絶対にしない凡人止まりだったでしょうね……」
「「「フフフ」」」
「みんな自由すぎない?」
私の声に三人が声をそろえていった。
「「「あなたが一番自由すぎです!」」」
そうか……自由か。
上からの命令で勇者とともにここに来て、勇者が私を置いて逃げた。
そうして私は命令者を失って……こうしてここに戻ってきた。
ここは私が始まった場所であって、記念すべき終わりの場所なんだ。
そうして月もない真っ暗闇の中、ろうそくの明かりでペンを滑らせる音だけが響いていた。
――記録
ウィルは誰かの配下におくにはあまりにも危険すぎる存在であると結論を出す。
彼女を自由にして、誰のものでもない彼女自身の意志で行動させることが結果として各国への牽制になると判断する。
彼女に手を出してはいけない、長生きしたいのなら彼女を歴史から忘れさせるべきである。
それが彼女のためでもあり、私たちと、これを読む多くの人のためになると判断しこの記録を終えることにする。
§
「さあて、帰りますか……」
「ところで……どうやって帰るの?」
フロルの質問も今更感はあるがここは更地である、扉を開けるのかという疑問だろう。
ではコイツにもちゃんと活躍の機会を与えてやりましょうか……」
そう言ってとりだしたのはテントだ。
コイツは魔王城で寝るときに使おうとしたが地面がツルツルで非常に硬質だったので立てるためのペグが打てず使うことがなかったものだ。
私はそれを地面に広げ、入り口部分を閉じる。
そうして久しぶりにノートを取り出し……
『CONNECT ROOM』と入力して実行を押す。
きっともう暫くは使うことがないだろうノートだ。
「じゃあ飛び込みますよ!」
「え?」
誰かがそうつぶやく前に私は扉部分を踏んだ。
ストンと私の姿は地面に落ちていった。
ポトン
この二年間お世話になったベッドの上に落ちてきた。
よし、これで私たちの物語が完成する。
と、思った途端……
ドサッ
三人が上から降ってきた。
「まったくもう! 私たちも来るんだからちゃんとどいておいてください!」
「重いよアン、どいて」
「誰が重いですって!」
「二人ともー早くどいてー」
そうして皆がいつもの部屋に戻ってきた。
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