第24話:貴族、歴史を捏造する

「朝ですよ! 皆さん起きてください!」


 そう言って各部屋のドアのノックに起こされた、やはり魔界はあまり明るくない分朝というものが分かりづらい。


「ふぁああ……おはようウィル!」

「おはようございます、時間がよく分からないですね」

「おはようございます……なんかいつもほど寝た気がしませんね」


 なんだか冷や汗を流している主人を見て朝ご飯を注文する、ただでいいので早く旅に出ろというのがよく態度に表れていた。


 朝食のコッペパンを食べながら、謎肉と卵の炒め物を口に運ぶ。

「あの……このお肉って……」

「タルト、やめておきなさい」


 タルトがまたも謎肉に疑問を呈そうとしたところでアンに止められた。


「おいしー」


 フロルは全く気にせず食欲がない様子のアンの食事に手を出していた。


 迷惑をかけるのも本意ではないので今日の計画は村の公園で立てていた。

 時折、魔族の少年少女が近づこうとして必死にその両親に止められていた。


「でさあ、今日はどこに行くの?」

「昨日のでやばさは十分に分かりましたけど、やっぱり戦った人が全滅しているのじゃああまりレポートとしてよくないですね」


 哀れにも宿の主人は「戦った人」にはカウントされていなかった。


「私は、あんまり怖くないところがいいなあ……」


「うーん……じゃあドラゴンにでも会いに行く?」


「「「ドラゴン」」」


 三人とも驚いているが、あっちじゃあ珍しいもんね、ドラゴン。


「まあ大した相手でもないし、ドラゴンは魔界に多く住んでるってだけで人間にも魔族にも中立って事になってるからそんなに危なくないよ?」


「ドラゴンの生態となるととても興味深いですね」

「安全なところならいいかな……」

「ドラゴンってアレでしょ? すっごいでかくてかっこいいの!」


 そういうわけでドラゴンの生息している竜の巣という山に向かうことになった。


 ――道中

「でもウィル、なんでドラゴンなんて知り合いになれたの?」

「ああ、勇者が『俺が持つ盾になるにはドラゴンの鱗クラスのものでないと釣り合わない』とか舐めたこと言いだしてね……素材を集める方の身にもなって欲しいですよ……」


 私の愚痴にみんな驚いていた。


「ドラゴンの鱗って……国宝クラスじゃない? そんなお使い気分で引き受けたんですか?」


「いやーめんどくさかったなあ……しかもそうやって作った盾だけどさ、魔神に速攻壊されてたね、結局私の魔法防壁でほとんど防いだんだよ?」


「ドラゴンの鱗より魔法防壁の方が強いんですか……」


「勇者様ってすごい人だと思ってたけど……」

「こうして話を聞くには……」

「しょっぼいよねー」

(((それは言わない方が……)))


 ちなみに勇者は人間の間では最強とうたわれ誰も挑むものなどいなかった。

 そんなわけで結局勇者が実際どれくらい強いのか見たものはいなかった。


 ――しばらく徒歩で移動して


「ねえウィル……なんか暑くない?」

「また我慢が足りない……事もないですね? 本当に暑くないですか?」

「うぅ……溶けちゃう」


「ああ、そうだった。竜の巣って火山の火口にあるんだよね……前来たときは全員平気だったからすっかり忘れてた」


「そう言った大事なことを忘れないでくださいまし……」


「じゃあ冷やしとくね『アイスフィールド!』」

 あっという間に冷気が辺りを覆い気温が下がって一気に動きやすくなった。


「しかし、火口まで行くのかー、危なくない?」


「いえ、そこまで行く必要も無いようですね」


「「「えっ!」」」


 私は遠くに一匹のドラゴンの姿を見た、おそらく魔力の波長からいってダークドラゴンだろう。

「あそこ」

 私はそれの近づいてくる方向を指さす、山の上の方から黒い点だった物が一気に竜の形が分かるように接近してくる。


「お前か……」


「ひぃ……」

「喋れるんだ!」

「竜は普通にあなたより賢いですよ」


「久しぶり! いやーこの前はゴメンね!」

「ふん、姿が変わってもやることは同じだな……また鱗が欲しいのか?」

「いやー、違うよ? ただお話ししたいなって、皆もいっしょにね?」

「まあいいだろう、私の上に乗れ、ここで冷却魔法など撃つせいで同胞が凍えている、暑くないところまで運んでやるからこの鬱陶しい魔法を解け」

 ドラゴンがしゃがんで皆を乗せようとする、まあドラゴンも変温動物だしね、冷気には弱いんだった。


 私はぴょんと飛び乗ると皆を呼んだ。

「ほら、行こうよ!」


 みんな恐る恐るドラゴンの上に乗る。

 乗ったのを確認した後羽ばたいていった。


「すっごーい! ドラゴンに乗ったとかいったらみんな絶対羨ましがるよ!」

「信じられないと思うよ……」

「ほら吹き扱いされたくないならやめておきなさい」


 ということで、魔物が話に割って入っても面倒ということで浄化済みの昨日の城跡に着地した。


「結局ここなのか……」

「丁度いいからね」


 そう話すとドラゴンが怯えながら聞いてくる。

「で……お主達鱗が目当てでないとかいっていたがなにが目的だ? 我にも差し出せるものには限度が……」

「いいのいいの、あの時の話に花を咲かせたいだけだから!」

「嘘だろう! 貴様は友好的に来た後、鱗を渡さなかったら暴虐の限りを尽くしたではないか! アレで仲間が人間を怖がってずっと魔界から出ないのだぞ!」


「そんな理由で最近見なかったんですか……」

 アンはもう慣れたという風に話を聞く。


「そもそもお主、我々のブレスを全部魔法防壁で軽く防いだのに何故我々の鱗など必要だったのだ? 普通に魔王と戦えると思ったが……」


「あー……まあアレだよ! 下働きは大変だって事!」


「貴様に指示を出せるやつがいるのか……人間は恐ろしいな……」


 ドラゴンさんめっちゃビビっていた。

 それでも一族を代表して決死の覚悟できたのにすることはただのお話である、あっけにとられるのもしょうがないだろう。


「ま、人間はお金で動くからねー、たまーにそういう金で解決しようとする人もいるんだ」


 ――ヒソヒソ

「勇者様って金で解決しようとしたんですか……?」

「そりゃあ魔界での経験が歴史から消えるはずですね……」

「ウィルは普通に鱗よりも強い魔法防壁張れるんだね……」


 ――

「で、どのような話が聞きたいのだ?」


 一応威厳を崩さないドラゴンに配慮して多少遠慮がちにいう。


「魔王との戦いの前後の話です、実際に関わった魔族が大体死んでるので聞ける相手がいなくって……」


「まあそうだろうな……我々も中立か魔族につくか悩んでいたのだ……もし魔族についていたら……多分今の我々はいないだろうな」


「あのー」

 フロルも流石にドラゴン相手には遠慮がちに質問する。

「勇者様って強かったですか?」

「勇者とは戦っておらん、ここのウィルと名乗るものとその仲間数人と戦ったのみだ」


「えっ!? 勇者様がドラゴンを討伐したって有名な話なんですけど……」


「そこの娘が勇者でないなら討伐されたものはおらん、そこのウィルのような強い人間が大勢いるならドラゴンは中立などしておらん」


 実際戦ったのは私と部下のパラディンとナイトだけである、その二人も私がバフを大量にかけてなんとか闘えていた、勇者は……あえて語るまい……


「じゃあウィルはどんな戦い方をしたんですか?」


 ドラゴンは狼狽しながらも威厳を無くさないように堂々と答える。


「うむ、人間にしてはなかなか強かった。はじめは我の下々に任せていたのだがな……戦闘経験が足りなかったのか我に助けを請うてきた」


 それは別にドラゴンさんは悪くないのでは……?

 と思いつつ三人とも優しいので『実はたいしたことないのでは?』などと酷いことはいわないのだった。


「そして、我は彼奴と交渉の末、鱗10枚で済ませるように交渉を決めたのだ」


 情けない……ドラゴンが人間相手に「勘弁してください! お願いします」と言っている非常に情けない絵面が浮かぶ。

「ま、まあドラゴンさんにも不調なときくらいありますよね!」


「ドンマイ!」

「貴重な記録ですね」


「ま、まて! お主、記録と言ったか?」


「え、ええ。ウィルの魔界での活動を記録しているのですが何か?」


「う、うむ。その……なんだ。我の威厳という物もあるし、その……我々ドラゴンの偉大さを少し盛ってくれると……」


 要するにドラゴンが人間にボロ負けしたという記録を残すのはやめてと言うことだ。

 私はそれほど記録しておく必要性も感じないので別に構わないが。


「アン、私はドラゴンと死闘の末にようやく一枚の鱗を手に入れました」

「い、いや、今十枚って……」

「頼む! 人間よ! 我々にも事情があるのだ」


「はあ……分かりました、そう残しておきます」


「すまん……礼にこの前生え替わった鱗を一枚やろう」


「ええ!」

「すごいじゃん、鱗一枚で当分遊んで暮らせるよ!」

「一枚なので皆でわけるのでは……」


「いや一人一枚ずつやろう、だから……その……ここのことは……」

「「「分かりました! ドラゴンは偉大な種です!」」」


「うむ、頼むぞ」


 私は人間を買収するドラゴンを呆れながら見ていた。

 これが人間が魔族と並んで恐れる最強の種族か……


 私はこれ以上聞いているのが気の毒になって昔話に話を移した。


「どうですか? 魔王が倒されてからのここは?」

 私は私も知らない魔界の話をしようとする。

「うむ。我々のところまで来る魔族も減ってなかなか住みやすくなったぞ。以前は助力を求める連中や、装備の素材にしようとする連中が来ていたがあれからいなくなった」


 そうか、ドラゴンも私が怖いと言うだけで人間界に出てこようとしていないわけではないのか、それなりに魔界の居心地がよくなったこともあるのだろう。


「しかし驚いたぞ、あの地獄からマグマが湧き出てるんじゃないかと言われている竜の巣が一気に冷やされたんだからな」


「あー、アレちょっと不味かったかな?」


「当時を知る連中のトラウマをえぐっていたぞ」


「謝っといてね!」


「まあいいだろう……我が貴様を追い返したと言えばそれなりに意味はあるからな」


 私を穏便に帰したと言えばドラゴンの間でも威厳を保てるらしい、三方丸く収まったようなので私の評価についてはそっとしておこう。


 そうしてただでさえくらい空が赤く暗くなってきた頃に宿へ帰ることになった。

 魔界の空は夕焼けと言ったオレンジ色ではなくダークレッドに染まっていた。


 宿に着くとこの世の終わりが来たような顔で主人が迎えてくれた。

「皆さんにお聞きしたいことがあるのですが……」

 宿の主人は物憂げに聞いてきた。

「その、皆さんが向かった方にドラゴンが現れたと……都合がいいのは分かっているのですが今の私たちにドラゴンと戦う力は無いので、その……」


「あ、心配ないです。あのドラゴンさんはちょっと私たちとお話ししただけですから」


「そ、そうですか! それはよかった!」


 魔族もそれなりに大変なのだろう……魔王という魔力供給機が消えてから弱体化は予想以上らしい。


 その晩、食事が多少豪華になっていた、数人の魔族がドラゴンを追い払ってくれてありがとうと言ってきた、別にそんなつもりは全く無かったのだが彼らのお金で食事が豪華になるならわざわざ真実を言う必要も無いだろう。


 ――記録

 ウィルはドラゴンと対等に戦い、死闘の末に鱗を一枚手に入れ勇者の装備用素材として提供した。

 ドラゴンは人間には思いも及ばないほど強く彼女をもってしても苦戦した。

 ドラゴンの討伐は普通の人間には不可能であるためこれを読んだ者が戦いに赴かないように注意するべきと記しておく。

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