第22話:魔族もビックリ
ブラッド村に着いた。
早速その辺の魔族に話しかける。
「あの~」
「あぁ! 人間ごときが……ひぇぇ! すいません! 命だけは! 私には子供もいるんです!」
酷い怯えようだ……私はちょっと魔王を倒しただけじゃないか、彼らにけんかを売ったわけではないし、むしろけんかを売ってきたのは魔王の側だ。
「まあまあ落ち着きましょう……別に私はあなた方を皆殺しにしようとか、そういう物騒な要件で来たわけじゃないですから。あ、紹介します、私の友達のタルトとフロルとアンです」
「はあ、ウィル様のご友人ですか……?」
「魔族に様付けで呼ばれてる……」
「すごい人なんだね……」
「もはや人で無いと言われても驚きませんわ……」
三人が呆れている中、私は魔族と交渉を進めていた。
「ちょっとこの辺の調査に来まして……別に補給に帰ってもいいんですが面倒なのでこの村で宿を取れないかなと」
「宿ですか……ウィル様が満足できるような宿はこの村には……」
「大丈夫、最悪帰れるって言ったでしょう? 食事と睡眠が取れればいいので……」
「は、はあ……できれば帰って欲しい……」
「何か言いましたか?」
私は笑顔で問いかける。
「いえ! 何でもないです! 宿ですね! この村で最高のところを用意しておきますのでそちらにお泊まりになってください」
よし、宿は確保できた、この村をベースキャンプにして調査活動をしよう。
ちなみに人間と魔族は魔力量や基礎体力こそ違うものの、身体構造は人間とそう変わらないので施設等の共用は可能だ。
え? なんで魔族の身体構造に詳しいかって?
そりゃあ魔族の死体があれば知的好奇心から調べるだろう、つまりそういうことだ。
「みんな! 宿も決まったし、今日は帰らなくても屋根の下で眠れるよ!」
「はあ……」
「ウィルすっごいね!」
「常識とは一体何なんでしょうね……?」
そうして泊まることになった宿、『ダーク・スカイ』では大騒ぎをしていた。
「あのウィル様が来るって!?」
「やべえ! 逃げるぞ!」
「金目のものは置いていけ! それを回収する間、時間を稼げる!」
「せっかく平和になったのに……うぅ……」
ウィルが一体どれだけ魔界で破壊活動をしたのかが予想もつかないほどの魔族の恐れようだった。
そうして宿に着いた四人には空き部屋がたくさんあるので一人一室を使ってよいと破格の条件で泊まれるのだった。
ちなみにこの宿で唯一逃げなかった経営者の魔族曰く、「ここにある物は全部差し上げますので命だけは!」だそうだった。
――タルト
ウィルさんすごいなあ……魔族からもあんなに尊敬されていて……
私もいつかあのくらい名を挙げられるのかなあ……
――フロル
ウィルすっげー、これをレポートにすれば私たちは英雄だね!
まあ大体ウィルのおかげだけど連名にするって約束だし四分の一は私の手柄だよね!
――アン・チェンバーズ
ウィルさんがあそこまでとは……怖いですね。
とはいえまさか安全が保証された魔界なんて変なものを研究するとは……これは世界がびっくりしますね……
あ……お偉いさんは知っているんでしたっけ……
三人がウィルのやりたい放題ぶりに恐れながらも、流石はこの村で最高の宿と言うことで、ふかふかのベッドに暖かいご飯を食べ満足して眠りについた。
§
「おはよう」
「おはよー!」
「おはようございます」
「ごきげんよう」
四人が起きてくると料理の香りが漂ってきた。
食堂部に着くと四人の前にはごく普通の朝食が用意されていた。
「ねえウィル、ここって魔界なんだよね? 実はただの他所の国って事はない?」
「いえ、魔族の方も普通の食事を取りますよ、別に人間を食べているような方は少ないですし」
「いることはいるんだ……」
「今更でしょう、さあ食べましょう」
アンはもう常識がぶっ壊れていたのでヤケクソ気味に朝食のベーコンエッグを食べていた。
「今日はどこへ行くの?」
フロルが聞く。
「そうですね……勇者の皆さんが戦った跡地とかどうです?」
皆がガタリと椅子から立ち上がりそうになる。
「勇者様の史跡に行けるんですか?」
タルトが訊く。
「まあそんな大したもんじゃないけどね、魔王軍が勇者の脅威を忘れな為に残してるんだ」
「じゃあもしかしてウィルの戦闘も史跡になってたりするの?」
フロルが興奮して訊くが、
「いえ……私の存在は残すとトラウマがぶり返すからと全会一致で破棄されたそうです」
「あなたはどれだけやりたい放題したんですか……」
魔族がドン引きしたという話を聞いて三人ともドン引きしていた。
そうして私たちは軽く準備を整えて宿を出る、「できればもう戻ってこないで欲しい」と店主の無言の石は感じられた。
まあそんなものは無視して今日もここに泊まろうと思っていたのだが……
そこからしばらく、下級魔物と数回の戦闘をしていた。
「ウィルってあれだけ恐れられてる割に魔物は襲ってくるんだね?」
「そりゃまあ、魔物って人間で言うところの動物ですからね、歴史的経緯なんて覚えておける賢い魔物なんていませんよ」
人間はざっくり「魔族」と「魔物」を同一のくくりにしているが厳密には知能があったりなかったりで違うものだ、とはいえどちらも人間に襲いかかっていた歴史から『敵』でひとくくりにされている。
そうしてまたしばらく魔物との戦闘をこなした後、私たちは勇者と魔王軍の戦闘があった跡地に着いていた。
そこは草一本生えておらず、辺りの岩には大きな力で削られたり砕かれたりした跡がある。
そしてどす黒い血で一面が染まっていた。
「ここが勇者様が戦った場所……」
「意外と大したものは無いんだね」
「そうですわね、案外殺風景というか……」
意外ともっとグロテスクだったりするのかと思っていたらしく三人とも肩すかしを食らっている。
「ここには魔王軍の幹部の城があったんだけどねー、みんな本気出してたから吹っ飛んじゃったんだ」
「「「……」」」
ここには以前そこそこの城があったのだが、勇者一行がカチコミをかけたため跡地は平野となっていた。
「いやーみんな死ぬかと思ったって言ってたよ、ここが原因で勇者は修行に出るとか言って帰っちゃったんだけどさ、まだいけると思って私は別れたんだよね」
「いやいや、勇者様無しで怖くないの?」
「だって城を吹っ飛ばしたの私ですし……」
そう、勇者達が攻城戦の計画を立てている中、私が「ビッグバン」を唱えたために城は消し飛んだ、幹部はまあ生きてはいたがたいしたことなさそうなのでさっさと片付けた。
「ちなみにどれくらいの城だったの?」
「私たちのいた王都の王城の半分くらいだったかな?」
「まあ……勇者より強いですね……」
「魔王軍もそれは怖かったでしょう……」
酷い言われようだ、いちいち名乗りを上げて戦うなどバカのやることだ、奇襲最高。
「でもそれならウィルの魔王との戦闘跡も残ってないのが分かるね……」
「辺り一面まっさらにしたからなぁ……」
「何か勇者様のエピソードとか無いの?」
フロルが訊くのでエピソードを引っ張り出そうと頑張るが……
「そうだね、勇者『は』正々堂々戦ってたよ」
勇者も幹部もあまり頭がよろしくないらしく自分たちの口上を延々語っていたため、私は魔王軍へのデバフをかけ続けていた。
皆さん気付かずに弱体化していたので勇者にボッコボコに負けていた。
万全の状態で戦ったら勝てるかもしれない相手だったというのに……
「何か引っかかりますがそう記録しておきますわ」
真面目なアンはこの跡地の様子をあるがままに書き残していた。
「あの……ここは見晴らしがいい割に魔物も襲ってきませんね……」
「ああ、それはここが神聖魔法で守られてるからだよ、嫌がらせに城の外から真っ先に打ち込んで下級魔族を蒸発させましたから」
あきれかえる三人を尻目に私は石碑に案内した。
「ええっと……なになに? 『偉大なる魔王軍幹部ディアボロス、勇者との戦闘で散る』?」
「意外と人間みたいなことするんですね、魔族も」
ちなみにこの跡魔王軍幹部と戦ったがコイツが『偉大なる』とつけられるほど強いとは思えなかった。
実際のところもっと奥地に行ったら普通にもっと強いやつもいた。
「さて、ザコの話はこれくらいにしてお弁当を食べましょう」
宿屋の主人が作ってくれたものだ、おそらくできるだけ私と関わりたくないので「お昼ご飯を食べに」帰ってこないでくれという理由で作ったのだろう。
「魔界にピクニック気分で行くのはあなたくらいでしょうね」
「そう? そんなに怖いところじゃないでしょ?」
「むしろウィルをみんな怖がってたね!」
全く失敬な話だ、ちょっと魔界全土を揺らすくらいの爆発を起こしただけであそこまで怖がらなくてもいいだろうに……
「ウィルさん、今回は別に魔族と戦いに来たわけではないので自重してくださいね?」
アンが咎めてくるが……
「まあ向こうが勝手に怖がってるんだからしょうがないですね、私としてはフレンドリーに話しかけただけなんですが……」
魔族からすれば人間界の頂点が「泊まるとこ教えてよ」と言ってきたわけで、逆らうとどうなるか分からないのでびびって当然とも言う。
私たちは謎肉の揚げ物と謎野菜のサラダ、やたら肉が黒いサンドイッチを食べることにした。
「ところで……」
タルトが恐る恐る訊いてくる。
「これなんのお肉……? 野菜も見たことないし……」
「ああ、それはね……」
そこにアンが割って入った。
「絶対に聞かない方がいいですよ? どうしても聞きたいなら私に聞こえないところまで離れてください」
アンは食べているがそれが何であるかは知りたくないようだった。
「何でもいーじゃん、美味しいし!」
フロルは怖いものなしなのか適応したのか普通にパクパク食べていた。
「しかし……勇者様の戦いなのにあまり歴史に残りそうもないですね……」
私はがっかりしているアンにいいことを教える。
「歴史って言うのは勝者が好き勝手書いていいんだよ、だからここでアンが適当に盛っても誰も分かりっこないって」
アンはため息をついて呆れていた。
「私は客観的な事実を記録したいんですけど……」
そういうことなら……
「じゃあ村に帰ろっか?」
「ええ……もう調べられることもなさそうですしね……」
「ううん……そうじゃなくってさ、あの宿の主人、ここで戦った幹部の部下だよ」
三人とも納得していた。
「そりゃあウィルを怖がるはずだね……」
「もう復讐とかすら考えられないくらいにやられたんですね……」
「じゃああの主人のトラウマを掘り返しに行こうか!」
タルトは小声でささやいた。
「もう誰が魔王なんだろう……わかんない……?」
そうしてきた道を帰っていくのだった、なお帰途では短期学習能力はあるようで魔物も先ほど仲間を大量に屠った相手にはほとんど襲いかかってこなかった。
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