第20話:気軽に往復

 そうして三人が待っていた頃、ウィルは扉を開いて自室から水筒に水を補充しておいた。


 みんなハードな合宿的な物を想像していたらしく保存性極振りの物を集めているので水は当面必要になりそうだった。


「アン、記録は大丈夫?」


 アンは記録担当を名乗り出ていた、ここであったことを世間に伝えるための重要な役目だ、私のことについては『名も無き英雄』という代名詞を使用しもらうように頼んでいる。


「大丈夫です! ウィルさんの雄姿は欠かさず書いていますから!」


「欠かさずねえ……」


 ちなみに魔界に来たから現在、したことは魔族を脅迫して昼食を食べただけだ、一体何の勇姿が書かれるのだろうか?


「しょっぱーい……ウィル、水ちょうだい」

「はい」

 私はひょいと水筒を手渡す、タルトが不思議な顔をする。

「あれ? 水筒の最後の水は私がいただいたんですが……?」

「ああ、帰って調達してきた」


 皆はもう慣れてしまっていて、私はそういうモノという扱いになっている。ちょっと悲しい……


「確かに魔界って意外と身近なんだね!」


「ええ! 魔族の方もコミュニケーション方法が違うくらいで魔族同士であれば人間とそう変わらない感覚をしてるんですよ」


 タルトが少し物憂げな顔になる。

「ウィルさんはそういう相手でも戦い続けてきたんですね……」

「まあ慣れだね、慣れると魔族の相手くらいは感覚がなくなるよ、向こうも頃好きで来るしね」


 不意にタルトが私を抱きしめた。

「え! え! なに!?」

「私たちのために必死に戦ってくれたんですね……ありがとうございます……本当にありがとうございます」


 タルトのぬくもりが伝わってきて、魔界に入ってきて初めて愛情らしい愛情を感じた。


 あの時は戦闘に明け暮れ、色恋沙汰もなにもあったもんじゃなかった。

 そこには大量の人間と魔族の死体の山と死にそうな人間と魔族、ただただ死山血河が築かれ、そこはまさに伝説上の魔界そのものだった。


 時は変わって現在。

 魔界は荒れ地こそ多いものの植物が生えていて、それが皆おどろおどろしい事に目を瞑れば森もあった。

「ところで……明日から魔界攻略を始めるつもりだったんだけど……今晩、泊まる?」


「「「帰る」」」


 三人とも即答だったのでノートを開いて自室へのゲートを開いた。


 三人とも戻ってくると来たときと同じ手順でゲートを閉じる。


「私たちって……魔界に行ってたんだよね?」

「そのはずですわね……」

「助かったあ……」


「大げさだって! たいしたことないでしょ」


「魔族に脅迫ができるのなんてあなたくらいですよ……」


「アレは平和な話し合いだよ?」


「平和ってなんでしょうね……?」


 フロルは来るときこそ気乗りしていなかった物の、今ではすっかり冒険心をむき出しにしている。


 そこでフロルは日記を出して今日のことを書いていた。

 残念ながらそれはフロルの自己満足程度で気軽に世に出せるような内容ではなかった。


 フロルにそは誰にも見られないぞと言う残酷なことを告げず翌日の予定を説明した。


「では皆さんには魔物と戦ってもらいます」


「「「ええええええええええ!!!!!!!!!!」」」


 §

 私は魔物攻略講座を開いていた。


「まず、魔物と魔族は別物で、魔族には知能がありますが魔物には知能がありません。なので魔物はこっちでの動物とそう変わらない強さしか持っていません。


「しつもーん」

「なんですか、フロル?」


「いくら何でも魔界の魔物とこっちの動物が一緒って言うのは言い過ぎじゃない?」


 魔界には大量に恐ろしい魔物がいる、常識だった。

「大丈夫ですよ、確かに昔は強かったですけど、魔王の補助魔法が魔界全体に行き渡ってたので強かったですけど、魔王を倒して魔力供給がなくなって弱い魔物は消え、強い魔物がザコみたいに弱くなりました」


 もはや魔界は私の庭も同然だった。恐ろしさで言えば、あの人間の作ったであろう古代遺跡の方が今の魔界よりよほど怖かった。


「じゃあ食料は問題が解決したから戦闘用の剣が必要だね!」


「そうですね、あ、並程度の切れ味があれば十分なので安心してください」


 アンが割って入ってきた。


「いえ! 魔物はそうかもしれませんが自分で魔力をえられる魔族を相手にするには危険では?」


 ああ、魔族観がそうなっているのか。


「そこは大丈夫、私が大暴れしたときに強い魔族はほぼ全て倒しておきましたから」


「下級魔族が……」

 アンは心配性だなあ……

私が付け加える。

「低位種は数だけは多いけどザコなので私の力で近づけもしませんでしたよ。前回行ったときに会った魔族がものすごく怖がってたでしょう? 私の扱いはああいう物になっちゃいましたから」


 アンは呆気にとられる。

「あなたは本当に一体なんですの? よっぽど戦ったようですね」


「うん、まあいろいろね」

 勇者に裏切られたことも会った、こちらが致命傷を負っているに別の軽傷者を治療していた。そうして私も多少の回復魔法の習得が必要になった。


 しばらくした後、私は一人だった。

 勇者はパーティーで魔王に突撃を欠けて壊滅、残ったのは私だった。

 勇者は逃げたらしいがそんなことはどうでもよかった。


 私は全力で魔力を解放して魔界の地形を変えた。そうしてようやく魔王は倒せた。


 残されたのは人生も残り少ない一人の男だった。


 そんな折り、私の能力、「異世界ランダム召喚」という謎の機能でノートに出会った。

 そうして私はやり直そうと決めたのだ。

 確かに信用できる仲間と、誰も死ぬこともなく魔界を探索する、それが純粋な夢だった。


「大丈夫だよ、皆は私が守る、今でもそれだけの力はあるよ」


「そだね、ウィルがいれば大丈夫かな」

「魔族がドン引きするってよっぽどですよ……」


 そこで私が翌日の案内をする。

「明日はブラッド村に行きます、魔族観での噂の伝達速度はとっても速いので魔族の皆さんも手出ししないと思いますよ」


「そうして三人は不安を、一人はないつも通りに眠るのだった。

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