第11話:実家に帰省
――翌朝
「ここも案外居心地がいいじゃありませんか? わざわざ出かける必要も無いのでは?」
アンの言葉にフロルが絶望していた。
ここで一晩過ごせば避暑地の必要性を分かってくれると思っていたのだろう、残念ながらそうはならなかった。
私たちは四人で食堂に集まり夏休みの計画を立てている。
アンも食堂が気に入ったらしくちょくちょく来るようになっていた。
「あっつーい……」
「暑いですね……」
「夏というのはそういうモノです」
「ていうかウィルは平気なの?」
私にお鉢が回ってきた、しょうがない、秘密を話すか。
「私は冷却魔法で体を冷やしてるので、平気ですよ?」
「ずっるい! そんなのズルじゃん!」
文句を付けるフロルだが……
「私にもやり方教えてください……お願いします」
タルトはやり方を教えて欲しいらしい。
別に教えるのは構わないのだが……
「制御に失敗すると体が固まってパキンと砕けるようになりますよ? それでもやりますか?」
「うぅ……やめときます」
魔力の制御に慣れない人が魔法を使うと全く効かないか暴走するかのほぼ二択になる。
「あまり気は進まないですけど……私の故郷に来ますか?」
タルトが気が進まなそうにそう提案する。
「タルトの故郷ってどこなの?」
「北の山の中の集落です、何も無いですけどここよりは涼しいですよ」
「いいんじゃない? 私は賛成」
私が賛成するとフロルとアンも同意した。
「そうだね、ここよりはマシだろうしね」
「友達の故郷に行くってなかなかいいですね」
そういうわけで今年の夏期休暇はタルトの故郷で過ごすことに決定した。
タルトの家までは馬車で2日、徒歩1日だった。
まさか定期馬車の通っていないところだとは……
貸し切り馬車を雇うのはアンが渋った……目立つことはしたくないらしい。
徒歩一日が地味にきつい……
どうやらこの距離を歩くのが気が進まず、タルトに帰省する気があまりない原因のようだった。
「なかなかしんどいですね……」
私たちは馬車の通れない狭い崖沿いの道を上っていた。
思った以上に僻地だった。
「コレがあるから気が進まなかったんです……伝えておいた方がよかったですね」
「え、そんなに大変じゃないでしょ」
フロルは体力があるのかすいすい進んでいく、アンは逆にきつそうだ。
山道を歩いて二日目、昼頃にようやく村というか集落が見えた。
フロルだけが元気で、アンとタルトはすっかり息が上がっていた。
やっとたどり着くとタルトを見た村人が集まってきた。
「どうしたんじゃ? まさか学園を辞めさせられたのか?」
「あんたなら大丈夫だと思ったんだけどねぇ」
「ご両親に言っとくから安心しな」
タルトがキレた。
「皆私のことを信用してなさ過ぎです! ただ単に夏休みの帰省です! 友達を連れてきただけじゃないですか!」
村の人たちは一安心したように胸をなで下ろしているがタルトは実はキレると怖いのだろうか?
彼女がここまでハッキリものを言うのを聞くのは初めてだなあ……
「じゃあこの人達はタルトの友達……」
「そうです! 私の自慢の友達ですよ!」
村の人たちは私たちを囲んでタルトの学園での様子を質問攻めにした。
学園ではしっかりやっていると皆が説明するとようやく納得してくれた。
村の端の方の木造の家から壮年の男女が出てきた。
「おう! タルト! よく帰ってきたな!」
「おかえり、元気でやってたかい?」
おそらくタルトの父と母だろう、タルトに話を聞いていた。
「さて、私たちは宿を探しますかね」
「そうだね」
「ですね」
親子水入らず、私たちは泊まる宿を探そうとそこから離れようとする。
「あ! こちらウィルとフロルとアンさんです! みんな私のお友達です!」
紹介されたので私たちも軽く挨拶をしておく。
「まあまあ、タルトに友達ができるとはねえ……」
「はっはっは! 皆さんウチに泊まってくといい!」
「いえ、積もる話もあるでしょうし……」
私がやんわり断る。
そこでタルトはこの村に私たちを誘わなかった理由を答えた。
「それが……この村には宿がないんです。ですから私の家に泊まってもらおうかと……」
え? 宿がない?
このご時世、人の行き来が自由になったので宿泊所は立派な産業として成立していた。
大抵の場所には宿があるはずだと思っていたし、せいぜい質の良い悪いの違いはあれ、そもそも無いとは思っていなかった。
「じゃあ、お世話になります」
「お願いしまーす」
「お世話になりますわ」
私たちはタルトに甘えることにした。
タルトは学園にいるときよりもずっと自信に満ちあふれていた。
§
タルトの家は村の中では大きい方で、歴史のありそうな家だった。
「へぇ、学園じゃそんなことになってるのか!」
「あの子も意外とやるわねぇ……」
「お嬢さん貴族なのか? 申し訳ありません、こんなところにえらい人はめったに来ないので……」
「いえ、お気になさらず。今日はタルトさんの学友としてきているのでお世話になっている身ですから」
タルトの身の上話でその夜は盛り上がった。
あの子はこの村でも引っ込み思案な子で、都会に出て行く人が多い中言い出せずにここに残ることになってしまったこと。
意外と魔導の才能があったのでそれを理由に送り出したことなどいろいろな話をした。
この子の家はこの村では貧しいわけでもないので都市部に出て行くほどではないが、なまじ生活に困っていなかったせいで、この子を村に縛り付けてしまったことを後悔していたなどと語ってくれた。
タルトはそれを複雑そうな表情で聞いていた。
「タルト、ご両親のおかげで私たちは友達になれたんだよ」
私は彼女だけに聞こえるようのそっとささやいた。
彼女は涙を目尻に溜めながら皆に感謝をしていた。
その夜、私たちは一番広い部屋に四人で雑魚寝をしながら昔の話をしていた。
「タルトって昔っからおとなしかったんだね?」
「はい……そのせいで、みんなどんどん町へ行きたいって言って……どんどん人が減っていく中私は言い出せなかったんです」
「でも、そのおかげで私たちは知り合えたんだよねー」
フロルが当たり前のようにこの偶然の出会いに感謝する。
タルトは不安だったらしい。
「私は友達ができるか不安だったんです……本当に皆さんに会えて良かったです」
「アン? どうしたの黙りこくって?」
アンは何か考えているような顔をして話に参加していなかった。
そして重い口を開いた。
「いえ、まだこういったところがあるのだなと思っていました……本当は皆を豊かにするのが私たちの務めなのですが……代表して謝罪しますわ」
アンは貴族として皆を救いたかったようで、こういった村が平和になっても未だにあることを知らなかったらしい。
「いえ! とんでもない! 私たちがなんとかするべきなんでしょうね……誰かに頼ってもきっとそれはその時だけでいずれまた同じ事になるでしょうし……」
私はそれをなんとかする道具を持っている、ただそれを使うにはあまりに影響が大きすぎた。
お金は人を狂わせる、もしここが急に豊かになればきっとそれを巡って争いが起きるだろう。残念だけれど人はそれほど誰かを妬むものだ。
「まーたウィルがなんか考えてる!」
え!?
図星を疲れた私がうろたえると フロルが何を今更という。
「ウィルってなんか悩んでるとすぐ顔に出るよね、わかりやすいというか、単純というか」
「そうですね、私でも何か考えていると分かりますね」
ショックだ……私はそんなにわかりやすかったのか……
「あの……もしかして……この村のことでしょうか?」
タルトにも見抜かれていた。
「あーあ、私ってわかりやすいなあ……」
諦めて白状する。
タルトはそこが問題ではないらしかった。
「いえ、分かるのもそうなんですけど……ウィルさんに私の村のことであまり悩んで欲しくないなって……」
「え?」
「やっぱり私たちが原因で私たちの問題なので……誰かに頼って解決するのも違うと思うんです」
立派な考えだった、安易な解決は望まないということなのだろう。
それにしても……何故私が解決できると思っているのだろう?
私はただの魔道士見習いだというのに……
「そっか……うん、今は何もしないよ……でもね……タルトの頼みなら私はなんとかする、それだけは覚えておいてね」
「ありがとう……いつかは頼るかもしれませんね……」
なんだかしんみりとしたところでフロルが口を挟む。
「でもさあ……この村、お風呂が使えないのはちょっとマイナスかなあ……」
「そうですね……湖があって綺麗な水が手に入ったので水道を引こうって誰も思わなかったんです、流石に飲用水で体を洗うわけにもいかないので……」
正確にはお風呂自体はある、ただその湖まで水くみが大変なので実質年数回しか利用できなかった。
「ねえタルト……これはあなたのためじゃなく私のためにやることだからね?」
「え?」
「じゃ、おやすみ」
そう言って私は眠りについた。
翌朝、日の出前……私は村の広場の中心にいた。
この村ならここに都合よく水脈がありますね……全く誰かが企んだように都合が良いですね……
私は広場に魔法をそこそこの力で撃ち込んだ。
「アースクラッシャー!」
どがっ!
鈍い音とともにピンポイントの衝撃が深い穴を作っていた。
後はここに桶とロープを用意して……
――数分後
起きてきた三人はかなり驚いていた。
そこには井戸が掘られていた。
もちろんくみ上げ施設までは作ってないが、幸い水脈が浅いところを走っていたのでオケとロープでくみ上げるのに不自由はしないくらいの深さだった。
そうしてあっけにとられているタルトに私は声をかけた。
「これで今夜はお風呂には入れるね!」
タルトは嬉しそうに頷いた。
「はい! 今日は皆でお風呂に入りましょう!」
その夜、村の各地で料理を振る舞ってもらった。水を汲む手間が省けたので料理の幅が大分広がったそうだ。特に煮物に使える水が増えたのが大きいらしい。
そしてタルトの家のお風呂に入ることになったのだが……ここはタルトが一人で水を汲むといって聞かなかった、私にそこまで頼るわけには行かないと言うことらしい。
私もそれに甘えてお風呂の用意は任せることにした。
驚いたことに沸かすのは私の魔法でしようと思っていたらタルトが自分で着火魔法を使えるようになっていたことだった。
どうやらみんなちゃんと訓練しているらしい。私は成長した子をみるような気分がしていた。
その日はタルトの両親に「娘を向こうでもよろしくお願いします」とお願いされた。
私が背負う物がまた増えた、まあ世界を背負っていた頃に比べれば女の子の数人くらい大したものではないか……
その日の夜、次の日に王都への馬車が出る日に間に合わせるため村を立たなければならない、タルトは不安かとも思ったが隣の寝顔を見る限り心配をしている様子はないので私も安心して寝た。
何故井戸くらいで感謝されたのかと思っていたら、この村の地下の岩盤は浅いところで水より上にあるらしくそれを壊す人員がおらず井戸の問題を棚上げにしていたと言うことだった。
翌日、村の皆さんに挨拶をしてまた山を下っていった、行きが大変だったので帰りにも同じ愚痴は出なかった。やはり予想がついていると耐えられるものだ。
馬車の出る里に着いたので乗り場で待っているときにタルトに聞いてみた。
「ホントによかったの? 心残りは大丈夫?」
タルトはポカンとしてから明るく笑って言った。
「ウィルさんが心残りを吹き飛ばしてくれたじゃないですか!」
タルトにしては珍しい冗談を言って明るく言うので私たちは馬車に揺られてうとうとしながら帰っていった。
私がうとうとする中、誰かが「ありがとう」といったような気がした。
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