第9話:後輩が欲しい!
寒さが多少緩んできた頃、クラスの皆が浮き足立っていた。
そろそろ入学一年というところで才能を見出されたものはクラスを昇級できる。
流石に高等魔法学校に転籍することはできないが、それでも多少は待遇のよいAやBクラス程度に出世するものはいる。
だからこそ皆熱心なのだが……
私たちは……
「正直先生よりウィルさんに教えてもらった方が効率いいですしねえ……」
「料理はアンの家に行けば出てくるしなあ……」
「向上心を持ちなさい、と言いたいところですが皆と離れるのは……」
皆昇級する気は無いようで、試験はスルーする方針のようだ。
かくいう私も先生の実力を見るに申し訳ないが私以上の実力者とは思えなかった。
それともう一つの大きな理由……
Aクラスの担当が『私』だった頃に一度共同して任務に就いたことがある。
忘れたい過去を掘り出さないためにもこのEクラスで過ごしていこうと決めていた。
そんなわけでクラス変更は無しと決めたところで先生が呼んでいた。
「お前ら、昇級試験は受けないのか?」
「はい、ここでも自分を高めていくには十分だと思いますから」
ライオネル先生はため息をついた。
「お前らならいけると思うんだがなあ……」
「私情を挟むのはやめていただきませんか?」
「私情?」
「昇級試験と関係あるんですか?」
「ああ権力闘争ですね」
私とアンは大体推測がついていた。
自分のクラスから昇級者が出れば自身の指導の成果と言うことで評価が上がる。
そんな打算的な感覚だった。
「まあ記念受験しろとも言えんししょうがないな……しかしもったいないな……」
先生は私たちを買ってくれているようだった。
私からすれば先生も若者の部類に入ってしまうが、それは口に出さない。
――自室にて
さあて、先生も大変みたいですし少し助けてあげましょうか。
私はノートを開き入力していく。
『Eクラスの生徒の多くが昇級試験に受かる』
実行キーを押す。
翌日、実戦形式の昇級試験が始まっていた……のだが……
「あのCクラスの生徒、弱くない?」
「なんだか動きにキレがないですね」
「一応私たちより実力があるはずなんですが……」
何故か上位クラスの相手が軒並み弱くなっていた。
Bクラスともなればそこそこの魔獣とタイマンできるような実力者のはずだがEクラスの相手に苦戦していた。
まずい……
私には事情が大体分かっていた。
この試験では上位クラスの台表との戦闘結果で合否が出る、勝つ必要は無いが実力は示さないといけない。
そして私の機能の記述から察するに……
「相手、弱いですね」
何故かEクラスとの対戦者だけ弱かった。
Dクラスとの対戦では圧倒的な実力を発揮していたAクラスの生徒がEクラスの生徒に苦戦していた。
そう、試験が実戦形式なのをすっかり忘れていた、そのため記述通りにEクラスの面々が昇級できるように対戦相手が弱体化していた……
私は痛む頭を押さえながらどう辻褄を合わせようかと頭を回していた。
これでは上級生が不憫すぎる。
Eクラスに負けたという不名誉を与えられるだろう。
結局のところEクラスでも本当に実力がある人だけが昇級していた。
「あ、先生! 試験はどうでしたか?」
そこにたまたま先生が来たので聞いてみた。
「ああ、思った以上の善戦してくれて結構な人数が受かったよ……」
それなのに先生の顔は浮かないものだ。
「じゃあ昇級した人も大勢いましたか?」
「いや、俺の判断で昇級させなかった、試験自体には合格したんだがな」
「え? 合格はしたんじゃ……」
「何故か昇級しそうもないやつが相手のミスで勝利してな、あいつらを上位クラスに入れると危険に巻き込まれると俺が進言したんだ」
どうやらこの先生も保身だけを考えているわけではないらしい。
結局のところ昇級したのはクラスで数人だった、例年と変わらないくらいらしい。
大いなる力というのは使うのが非常に難しい。
私は身の回り全てを記述することができるほどの記述力はないので欠けている事象から想定外のことが起きるようだった。
うん、気をつけて使うことにしよう。
私は何度目かになるそういう決意をして眠りについた。
§
そうして入学して初めての冬が過ぎ、一年が経とうとしていた。
「いよいよ私たちも先輩になるんですねえ……」
「先輩としての威厳を示さないとね!」
「あなたたち、浮かれてますけどEクラス意外に入る生徒は私たちEクラスを先輩としてみてくれませんよ?」
「「「ホントに!?」」」
「だって私たちが入ったとき先輩面する人がどれだけいましたか?」
アンの言葉に入学式を思い出す。
確かに他のクラスはチュートリアル的な案内を先輩に受けていたが私たちは寮に直行だった。
学校の仕組みはもっぱら自分で動いて覚えていった。
つまるところはEクラスは落ちこぼれであり自信を持っている生徒が少ないと言うことだ。
しかし私はノートを使うのを躊躇していた。
こんなしょうも無い願いに神にも等しい力はオーバースペックにもほどがある。
アレを使えば世界のトップにも立てる、その結果どのような歪みが世界に起こるのか予想もつかない、そんなに安易に使って良いものじゃないからなあ……
しかし私にも『先輩』と呼んでくれる後輩が欲しかったりする。
「私たちがしっかり実力を示せば慕ってくれる後輩もできるんじゃないでしょうか?」
「どうなのかな? Eクラスってだけで見下す人もいるからなあ……」
「私は人に尊敬されるほど立派じゃないから……」
「私たちが大きい顔をすると不快に思う方も多いのでやめておきましょう」
残念ながら後輩は手に入らないようだった。
初春の頃、希望に胸を膨らませた生徒達が寮に新しく入ってきた。
Eクラスにもそれなりにやる気のある生徒が来ていた。
残念な話だけど、二年生以上でEクラスに留まっている生徒はやる気が無く腐っていると思われているようだった。
希望に満ちた生徒達もヒエラルキーを認識しながら少なくない人数がやる気を失っていった。
私は落ち込んでいる生徒に魔法のコツを吹き込みそれをきっかけに向上心を持ってくれた子も結構いたその子達がきっと昇級して離れてしまうのは少し寂しいけれど、やっぱり多くの子に幸せになって欲しいと人生の先輩として願ってしまうのだった。
校庭に緑が茂ってきた頃、私たちはEクラスの星と呼ばれていた。
誰が呼んだのかは分からないがいつの間にやらそんな風に広まっていた。
「私」ではなく「私たち」がそう呼ばれていた、どうやら皆も下級生の面倒をちゃんと見ていたらしく、私たちに指導された生徒が実力を伸ばしたのでそういう二つ名がついたらしい。
「いい子達ですねえ……」
「そうですね。私たちも負けてられないですね」
アンとそう食堂で話していると下級生の女の子が話しかけてきた。
「あ! あの! ウィル先輩とアン・チェンバーズ先輩ですよね!」
「アンでいいですわ、同じ学園にいるんだから名前で呼んでくださいな」
栗色の髪の子は私たちを見てお辞儀をしていた、会釈ではなく真面目なおおじぎだった。
アンは何かを察したらしく会話を打ち切ろうと席を立とうとしていた。
「お願いがあります!」
思った以上に早くお願いを持ち出されて席を立つことができなかった。
「はぁ……私たちは便利屋ではないのですよ……」
アンはそう言いつつも話くらいは聞くつもりのようだった。
一方私は……
「お願いですか! 後輩のお願いに応えるのは先輩の役目ですからね! ドーンと安心してください」
私は先輩と呼ばれたのが嬉しくて内容も聞かずに引き受けた。
アンが咎めるような視線をよこすが、この小柄な下級生を助けない選択肢は存在しなかった。
少女はポツポツと事情を語り出した。
「私の住んでた村にコボルトが出るようになったらしくって……村としては軍や兵団に依頼できるほどお金がないので……その……先輩達は強いって聞いたので」
私は胸を叩いて宣言した。
「コボルトの数匹や数十匹がなんですか! 私たちが完膚なきまでに叩き潰してあげましょう!」
隣でアンが「『たち』ってことは皆でやるんですか……」と不機嫌そうにしていた。
寮の部屋に帰って、皆にその話をする。
「コボルトくらいヨユーでしょ!」
「困ってるなら……助けたいな」
ついてきたアンも不承不承同意していた。
「まあ持つものが持たざるものを救うのは義務ですしね……」
そういうわけで皆の同意も得られて私たちの「コボルト撲滅大作戦!」は始まったのだった。
ノートに書かないのはそういう安易な解決手段を執るとどこかで釣り合いが取れるような現象が起こるのを経験しているからだ。
もしコボルトがいなくなると入力したらもっと厄介な魔物が住み着く可能性も大いにある。
幸いコボルト以外はいないとのことなのでノートに頼らず自力で追い払うことに決めていた。
§
その(可愛い)後輩の故郷まで馬車で4日の距離だった。
春期休暇は一月なので往復の期間を考えてもコボルトの駆除くらいなら問題の無い日数だった。
後輩は私たちに萎縮して隅で小さくなっていたのを情報収集とかこつけて会話に引き込んでいた。
彼女の村では時々こういう魔物の発生があるらしいが、たいていの場合村人だけで対処可能な数らしい。
だからこういう大量発生は非常に困るということだった。
昔は腕っ節の強い若者がいたので他所の魔物は駆除が可能だったが、最近の景気の良さから町に出て行く若者が増え大した量でない魔物でも苦戦を強いられているそうだった。
「困っている人がいるなら私たちは駆けつけます! 安心してください!」
私がそう言うと三人は半ば呆れながら話をしていた。
「まあウィルが一番大変だろうしね」
「そうですね、ウィルさんが一番活躍するのでそのくらいの発言はいいんじゃないでしょうか」
「頼られてますねえ……」
皆私が主力になることは予想がついているようだった。
しかし私たち全員が場数を踏むという意味もあるので皆にも活躍してもらわなくちゃならない。
「皆さんも手伝ってくださいね!」
「「「はーい」」」
そうしているうちに山間の村が見えてきた。
「アレが私たちの村『クロン村』です!
村に馬車が着いて皆が降りると村人が集まってきた。
「ああ……アルク、帰ってきたんですね!」
「はい、母さん。私たちの村を助けてくれる人たちがいたんです!」
私たちに村人の視線が集まる、どこから見ても女子であるのであまり期待はされず……
「あの……申し出はありがたいのですが、事が事ですので皆さんを危険にさらすわけには……」
「大丈夫です! アルクちゃんに絶対に助けるって約束しましたから!」
多少疑われていたが他に頼るものも無いため村の老人達がコボルトの巣の解説をしてくれた。
「コボルトは山の麓の洞窟に営巣しています。数は十匹」
「十匹? その程度ならあなた方でも……」
「分かっております……我々も排除しようとはしたんじゃよ……じゃがのう……何故か魔法を使うわ、木製とは言え武器を使うわで多少は減らせてもすぐに増えるんですじゃ」
村長はそう説明をしてくれたがコボルトは二足歩行の犬程度の魔物なので道具を使うという知能があることは非常に珍しいことだ。
確かに武装して戦略を立ててくるなら十匹程度でも脅威だろう。
この村では何度か排除を試みたが失敗し、数を増やさない、誰も死なせない、それを目的とした消耗戦を続けていた。
キリがないので正規軍を呼ぼうという声も上がったがまともな装備をした集団どころか傭兵すら満足に雇うお金がなかった。
アルクを学園に進学させたのは後がない村から安全な都市に出て行かせる意味もあったらしい、つまり彼らはこの村はいずれ消えると考えていたのだった。
「それは大変ですね、さっさと片付けにいきましょう!」
「よっし! みんな安心してね! 私たちがこの村を助けるから」
「皆さんも気を落とさないでください」
「しょうがないですねえ……慣れてしまったわたしが怖いです……」
この手の討伐隊が来たときは歓迎会を開かれることも多いのだがそんな余裕もないらしいので、早速コボルト殲滅戦の作戦を立てることにした。
「では私が先陣切って突っ込むので皆さんは漏れてきた個体の始末をお願いします」
「ずるいよウィル! 私ももっと活躍したい!」
「私は後方支援がいいですね」
「私の出番は……無いんでしょうね」
皆が得意とする戦術から、前衛が私とフロル、支援魔法がタルト、万が一漏らした敵をアンが始末するということで決まった。
そうして久しぶりに私たちは堅い馬車からわらのベッドで少しだけ快適な睡眠を取ることができた。
――洞窟前
洞窟からそこそこの距離で観察をする。
見えているコボルトは巣の見張り二匹だった。
おそらく残りは洞窟の中で待機しているのだろう。
私とフロルが剣を装備し剣に神聖魔法をエンチャントしておいた。
コボルト相手なら過剰装備だが付与魔法は元手がタダなのでガンガン使っていく方針だ。
一応村のことだからということでアルクが弓を装備してアンよりさらに後ろで待機している。
まあ村が主体でやったという建前みたいなものだ。
もし私たちだけで全部やってしまうと報酬関係で不利になる可能性を考慮しているらしい。
別に報酬は交通費だけでいいのだがやはりふっかけられる可能性は考えているようだ。
「じゃあ私が左から、フロルは右から突撃しますよ、見張り排除後、造園が出てくれば洞窟前で戦闘、退却されたら洞窟前に全員集合してからカチ込みかけますよ!」
「はい!」
「よしっ!」
隊形を組んで見張りに斬りかかる。
エンチャントのおかげで豆腐のようにするりと刃が切り裂いた。
二体を片付けた後私が小規模なファイアーボールを洞窟前で放つ。
炸裂音が響きコボルトの造園が出てくるのを期待する。
出てきてくれれば私たちのホームで戦うことができる。
…………
増援が出てくる気配はない。
やはりコボルトの上位種がいる可能性はある。
普通なら音に驚いてまとめて飛び出してくるほどの知能しか持っていない。
「来ませんね……しょうがありません、突っ込みますよ!」
気は進まないがここで留まっていても何の進展も無い。
流石に敵のホームで戦うのは緊張するらしくみんなピリピリしていた。
私がファイアーボールを灯り上がりに保持して先を照らしながら進んでいく。
ある程度進んだところで開けたドーム状の場所に出た。
そこでは一回り大きなコボルトをあがめるように数体のコボルトが膝をついてあがめていた。
メイジコボルト……コボルトの上位種で知能を持ち魔法を使う魔物だ。
こちらに気付かれたので即指示を出す。
「フロルは周りの雑魚を片付けて、あの大将は私が仕留めます! タルトは視界確保のために光魔法を! アンはアルクを守ってください!」
私は躊躇なくリーダーに突っ込む。
防御魔法を貼っていたようでパリンと割れたが、残念ながらすんでの所で致命傷を与え損ねた。
失態だ、以前の私なら確実に仕留めていた……
どうにも学園暮らしは私の腕をなまらせたらしい。
「大丈夫!?」
周囲の雑魚をあらかた片付けたフロルが声をかけてくる。
「こっちは大丈夫! フロルはザコの始末を優先して!」
メイジコボルトの手に光が見えた。
魔術だ! マズい!
私は射線上にいるタルトの前に飛び出て氷の刃を剣ではじく。
「犬のくせに生意気ですね!」
私はコボルトごときの攻撃を通したことに恥じ入りながら今度こそメイジコボルトに突っ込んで首をはねた。
それと同時にザコのコボルトがリーダーを失って混乱しだしたのでフロルがまとめて始末した。
ふぅ……
「みんな! 怪我はないですか!」
「私は平気、擦り傷くらい」
「私はウィルさんが守ってくれたので大丈夫です」
「結局うち漏らしはなかったから平気よ、もちろんアルクもね」
こうして私たちのコボルト討伐戦は無事終わった。
村に戻るとアルクを泣きながら抱きしめる尊重をみながら帰りの準備をしていると、村長が是非たいしたことはできないが祝いの席を設けさせてくださいと言うのでその日は祝勝会が開かれて、私たちは村を救った英雄として褒められた。
就寝時、アルクはコボルトから逃がすために学園に送り出した、だったら脅威が去ったなら今は……と多少の不安を覚えながら眠りに入った。
翌朝、馬車が迎えに来た。
私たちが乗り込むとアルクも一緒に乗ってきた、村人に手を振っているので彼女なりに結論が出たのだろう、私たちは思い出の欠片に脚色などをしつつ王都に帰っていった。
――学園の寮にて
私は悩んでいた、確かに私は少しだけ活躍してしまった。
この事実を消すのは簡単だ、このあたりで歪みが出たとしてもアルクの記憶の改ざんくらいだろう。
ただ……それでも私はコレが「青春」というものなのではないかと思い、ノートを開いたが何も打ち込むこともなく閉じて眠りについた。
残念ながらその後の試験でアルクの昇級が認められたため、私の可愛い後輩はあっという間に去って行った……去り際に「忘れませんから!」とは言っていたのが救いだろう。
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