第8話:この世界にこたつは存在しない

 時は過ぎ、涼しい風から寒い風へとだんだん温度が下がってきた。


 フロルは寒さに弱いらしく、自分の自慢のファイアーボールで点火した暖炉から離れようとしない。

 タルトは熱いお茶をすすっていた。


「アンの家はさぞ暖かいんでしょうねえ……」


 彼女は貴族なのでそれなりに住環境が整っている家に住んでいる。

 おそらく空調に不自由するような安普請に住んではいないだろう。


「そうだ、自宅訪問しよう」


 私の突然の発言だったが二人とも寒さで震えていたのでそれを渡りに船とアンの家へ押しかける計画がトントン拍子に決まった。


「緊急の時はここを訪ねてください、緊急の時ですよ! ただ寂しいからとか、私に会いたいからとかしょうも無い理由では来ないでくださいよ!」


 アン本人がそう言っていたので希望通り私たちから尋ねることはしなかった。

 しかしこの寒波は緊急と言ってもいいだろう。

 友達を避難させてくれるのも友達の甲斐性だよね。


 ついた家は案外普通でお屋敷ではなかった。

 もちろんお屋敷は本家として別にあるのだろうがこの家も平均よりは上だろうと見て取れた。


 ――コンコン

 ドアを叩く。


 ややあってドアが開いた。

「まったく……誰ですか?」

「おはよう! アン」

パジャマのアンが私たちを出迎え……ドアが閉じた。

 ガチャリ

 バタバタという音を聞きながらアンのだらしない一面を見てまだまだ皆のことを知らないんだなと思った。


 カチャリ

「ごきげんよう、皆さん……っていうかなんで来てくれないんですか!? あれだけ言ったのに春に言ったのに冬に来るってもう来ないかと思ってましたよ!」


「え……だって緊急の時以外来るなって……」


「あなたも大概言葉の裏を読めないんですね……来るなって言うのは来いって意味でしょう!」


 そんなやりとりをして、私たちはアンの家に入った。


 家に入ったら周囲の気温が少し上がり私たちは上着を脱ぐ。


「はー! やっぱりお金持ちの家は居心地いいね!」


「失礼ですよ……フロル」


「ま、まあいいですわ。とりあえず歓迎します」


 諦めたアンが突然の来訪を認めてくれた。


「でも本当にここは居心地がよいですね。不思議です」


 私の魔法ではサウナ状態になってしまうのでこういう『丁度よい』温度を保つ方法があったのかと驚いた。


「ええ、魔石を使ってますからね、あなたたちがいつ来てもいいように冷却と温熱の魔石はちゃんと準備してたんですよ……」


 いいながらアンの目のハイライトが消えていきそうだったので話をそらす。


「へえ……魔石ってそんな使い方あったんだ! 魔力溜めて爆薬代わりにしか使ったことなかったなあ……」


 以前の私の魔石の使い道と言えばもっぱら魔力を込めて敵陣に仕掛けるものだった。


 奇襲をかけるのに気配遮断魔法をかけて魔石を配置した後、起爆陣を起動してドッカーン、がお約束の戦法だった。


「あなた……意外に物騒ですわね……」


 おっとついつい荒んだ昔の生活が出ちゃったなあ……

 世界は平和になったというのに戦闘気質が抜けないなぁ……


「いやあ、ここは寮に比べると天国だねぇ!」


 フロルがその気まずさを破った。

 どうやら暖かさに気が抜けたらしくテーブルに突っ伏している。


「暖かいですねえ……私の故郷は薪を集めるのが大変で……」


「なかなか苦労してますわね……」


 私は寒冷地での戦闘経験から寒さには慣れているがやはりこの暖かさは心地よい。


「もう動きたくない……」

「ウィルさん、みかん取ってください」


 タルトまでもがダメダメになっている。

 皆ダメ人間になっている……なんとかしないと……


「皆さん! 私は皆さんをだらけさせるために呼んだのではないですよ!」


 そもそも呼ばれていない気もするのだがアンはこのダメ人間達を更生させたいらしい。


「だってこの暖かさは人をダメにするよー、しょうがないって」


 フロルの発言にアンがキレた。


「訓練を始めます!」


 アンがそう言うと屋敷から魔力が消えて気温が急に下がった。


「寒い! 酷いよアン! せっかくの天国が!」


「寒いです……死んだおばあちゃんがそこにいます……」


 突然の気温低下に皆ブーイングをしている。

 それに構わずアンは宣言する。


「あなたたちにはこの家を暖めてもらいます! 暖かいのがいいんでしょう?」


 にこやかに言っているが目が笑っていない。


「どうやってさ! そんな方法習ってないよ!」


「できますよ? 魔石に丁度よい魔力を注げば暖かくなるはずです」


 私がそう言うとアンが驚いた。


「使い方を知ってたんですか……?」


「まあね、いろいろ使ってたから」


 私はそう言うと毛布をかぶって動かない態勢を取る。

「ずるいよウィル! 手伝ってよ!」


「別に構いませんが……魔導炉のところへ案内してくれます」


「あなたは何でも知ってるんですね……」


 魔石を暖めるなら魔導炉から適切な魔力が供給されているはずだ、今寒くなったのはそこの魔力が遮断されたからだろう。


「ここですわ」


 家の地下に人の背丈と同じくらいの装置が置いてあった、それからパイプが伸び炉には魔石が入っていた。


「ここに魔力を注げば暖かくなりますよ」


 堕落したフロルが私に頼んできた。

「じゃあウィルがやってね! 私は寒さで元気が出ないから」


 しょうがないなあ……ちょっと矯正してあげますか。


 私は魔力を魔導炉に注ぎ込む、あっという間に部屋が暖まって……


「あったかーい……」

「気持ちいいです」

「……」


 私は魔力を多めに注いでいく。


「ちょっと暑くない?」

「夏みたいですね」

「……」


 そこでちょっと本気で魔力を注ぐ。


「暑い! 暑いよ! ウィル! ストップ!」

「汗が出てきますね……」

「……」

 私がさらに魔力を注ごうとしたところで流石にフロルとタルトが止めた。


「ゴメン! 謝るからもう勘弁して!」

「寒くてもいいですから……もうやめてください」

「こうなりますよねえ……」


 アンは分かっていたかのように言った。


「はい、ウィルさんに頼りきりなのがよく分かりましたね? じゃあウィルさん以外で部屋を暖めましょう、ウィルさんは見ていてください」


 私はお役御免と言うことで魔力を切り部屋はすっかり寒々しくなった。


「うぅ……えい!」


「暖かくなってください!」


 二人が魔力を注入すると部屋の気温が少し上がった。

『寒い』から『肌寒い』程度に部屋の温度が上がった。


 しかし数分で魔力切れを起こす。


「ぜえぜえ……もう無理、寒くても我慢する」


「普通に布団かぶってた方が楽です……」


 二人が音を上げたのでアンが言った。

「努力しないとそうなるんですよ、私はちゃんと練習してますからできます」


 アンが魔力を入れると魔導炉が暖かくなってこの部屋限定ならそれなりに布団無しで行けるくらいには気温が上がった。


「アンはちゃんと練習してたんだ」


 私がそう言うとアンは恥ずかしそうに答えた。

「ウィルさんに頼りきりでしたから……私たちは生涯一緒にいられるような関係でもないですからね……」


 アンは寂しそうにそう答えた。


「でも私たちは卒業してもなんだかんだ集まってる気がするよ」


「私もそんな気がします」


「そうかも知れませんが、独り立ちができないとダメでしょう! ウィルさんは私たちの介護士ではないんですよ!」


 年齢から言えば私の方が先に介護対象になりそうな年だがそれについては言わない、今の私は女の子、安易に年齢を答えないのだ。


 そうして冬季訓練がはじまった。


 意外とアンは指導が上手く、魔力の調整に適切なアドバイスをしていた。

 そういえば私は調節なんて考える悠長なこともしていなかったし、弟子も取らなかったなあ……

 そう思うと彼女たち三人は私の初めての弟子になるのかな?

 この平和の世に戦闘経験が必要とされていないことは分かっているが、私の経験が少しでも皆の糧になれば嬉しいなと思う。


 §

 数時間後、フロルとタルトはへばっていた。

 魔力切れで体力も使い果たしていた。


「はぁ……はぁ……」

「ぜえ……ぜえ……」


 息もすっかり上がっているが部屋の温度は体感できるほど上がらなかった。

 二人が全力で炉に魔力を注いだとき炉に手をかざすと多少のぬくもりを感じる程度だった。

 この世界の平均はよく分からないが人が魔石並の魔力の代わりになるのは随分大変だろ。


「じゃあ夕食にしましょうか、お二人とも、お腹が減ったでしょう?」


「一息つけますね……」

「ご飯……あったかいご飯……」


 アンが調理師に作らせた料理は肉と野菜、パンとスープ、庶民よりは良いものだったが貴族的かというと質素な方だった。


 疲れ切っていた二人は思いきりがっついていた。

「おかわり!」

「私もスープをもう一杯」


「あなたたちねえ……遠慮しないんですね」


「友達だからね、今更遠慮なんてしないでしょ」


「……」


 アンは顔を赤くして料理の追加を頼んでいた。この子チョロいんですけど……


 パクパク、むしゃむしゃ


 控えめなタルトまで出された食事を一心不乱に食べている。

「ウィルさん……お口に合いませんでしたか?」


 私が二人の観察をしていて手をつけていなかったことを気にしたのかアンが聞いてきた。

「いえ、美味しいですよ。食べられない日もあったので満足いくまで食べない習慣にしてるだけです」


 いつもお腹いっぱい料理が食べられることはいいことだ、裏を返せば何かの事情で食うに困ったときの苦痛もしっかり増えてしまう。だから満腹まで食べないのを普通にしていた。


 しかし、友人が出してくれた料理を残すのも悪いので私もおかわりはしなかったが全部食べきった、私が食べきる間に二人は三回おかわりをしていた。ホントよく食べるなあ……


 夕食後――


「じゃあお風呂に入りましょうか?」


「え? お風呂があるんですか?」

「公衆浴場のことでしょ」


「いえ、ありますよ、お風呂」


 私たちが寮で普段入っているお風呂は共用で週に三日、時間限定で解放されている。

 貴重な水を浪費しないため個人の部屋にお風呂はない。


「ホントに!? すごい! 貸し切りのお風呂だ!」

「いいなあ……」

「アンって意外と裕福なの?」


「失礼ですね……貴族なら個人のお風呂くらいありますよ」



 ――お風呂にて


 ザバー

 四人でなかよくは入れるだけお風呂は広かった。

 寒々とした訓練の後に温かなお風呂は身にしみる。


「天国ですね」

「ホント楽園はあるんだね!」

「これはいずれ寮にも個人用のお風呂が欲しくなるなあ……」


 突然アンが今だ! と提案した。

「そうですね! 私の家に来ればいつでも温かな食事とお風呂が楽しめますよ! 来てくれとは言いませんがいつでも来て構いませんよ」


 寂しがり屋さんめ……可愛い可愛い。


 お風呂から上がり私たちが寮に帰ると言うとわかりやすく寂しげな顔をしていたが私たちだって好意に甘えっぱなしではよくない、そういうわけで帰ってきた。


 帰宅後、私はノートを開いて悩んでいた。


 むぅ……個人浴場……魅力的ですね……

 このノートに書けば寮に個人用のお風呂を作ること自体は簡単だ。


 ただお風呂はたくさんの水を使う、全員が個人用のお風呂を持つと大量の水が必要になる。

 そうすると水が不足して……水を増やすと今度はそれで何が起きるか予測できない、水路が溢れて洪水になるかもしれない。

 安直な使用はどこにどんな副作用が出るか分からない、やはり安易に使うべきではないだろう。


 私はノートを閉じて寮の寒い部屋で多めに布団をかぶって寝ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る