第6話:夏といえば海!
暑い……この世界は太陽を中心に回っていて世界の軸が傾いているから季節という物があるようだ。
未だに太陽が世界を回っていると盲信している方々が権力を持ってくださっていやがるのでコレは公表できない知識である。
世界に夏がある理由は『火の精霊が活発になる時期』を夏としているらしい。
まあ理由など細かい問題だろう、何にせよ世界は暑い事に変わりはない。
「あぁ……海に行きたいですねえ」
私は気怠げにそうつぶやく。するとアンが耳ざとく反応を返してくれた。
「海に行きたいんですの? ウィルさん」
「そうだねー、こんな季節は海で思いっきり水遊びすると涼しいと思うんだよねー」
海水浴は貴族の遊び、庶民にはビーチに入る権利はない、一応漁師が訓練と称して水遊びをすることはあるらしいがそんな知り合いのつてはなかった。
「暑いですからね……水遊びもしたくなりますよ……」
ちなみにプールと呼ばれる人工のため池があった地域もあるらしいが、結局感染症の原因になると言うことで全て埋め立てられた。
「ほんとあっついよねー! 私は昔家で水道からの水を溜めて水遊びしたことあるよ! アレなら一応寮でもできるけど……いやー後からいろんな人にげんこつをもらったなー」
フロルは無理矢理水遊びを経験したらしい、その後の結果については察するに酷い目に遭ったのだろう。
そりゃあそうだ……飲用水を引いている水道で水遊びができる量を調達するようなことがまかり通ったら水道はあっという間に枯渇してしまう。
「あの……うちの領地に狭いですけどビーチがありまして、皆さん……よければ遊びに来ませんか?」
アンの提案に私たち全員は食い気味に「是非ともいきたい」と答えたのだった。
チェンバーズ家の所有するビーチは寮から馬車で三日だった、夏期休暇は二週間なので往復の時間を考えると遊べるのは一週間だ。
そこで私は非常に重要な問題に直面している。
目の前には私を何度も助けてくれたノートがある。
コレについていくつかのことが分かったのだが、この道具は水をかけられると壊れるという旨が注意表記してあることを解読したのだ。
そしてもうビーチへの馬車が到着している。
個人用の金庫はあるのでまかり間違ってもコレを操作される可能性はない。
持っていくとビーチに置くのは非常にまずいしアンの別荘に置いておくと誰かが触る可能性がある。
冷静に考えれば一週間の休暇で何か大事件が起きる可能性など無いに等しいのだから寮の金庫に入れておくのが道理というものだろう。
何故か持っていけと伝えてくる本能に逆らって私はノートを金庫に入れて封印の蝋で固めておいた。このノートには後付けで遠隔破壊機能を付けている、もしこの封印が壊れていたらもったいないがノートを破壊しなければならない、コレは世界に出すには危険すぎる代物だからね。
そうして金庫室の鍵をかけて私は久しぶりにノート無しでの生活を送ることが決まってしまった。
まあきっと二週間くらい置いておいても大丈夫だろう……当時の私はそう考えていた。
§
「海だーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
見渡す限りの水色にフロルが叫びを上げた。
私とタルトも口には出さないがソワソワしている。
冷たい水に包まれるのはとても気持ちがよい。
この暑さを吹き飛ばす物が目の前に広がっている……それだけでわくわくした。
一方私たち三人と違い慣れているのがアンだった。
太陽光が自慢の金髪に反射してキラキラ光っている姿が神々しく見えなくもない。
「そんなに珍しいですか? 海が?」
「珍しいなんてもんじゃないよ! 私の住んでた山奥にはこんなにたくさんの水なんて無かったもん!」
「凄いですよ、この海と空の間を水平線と呼ぶんですね! 初めて見ました!」
フロルとタルトが浮つきまくっている、たまの休暇くらい楽しんで欲しいが、私はかつて……『私』だった頃仲間とともに海の魔物を討伐したのを思い出していた。
巨大なウミヘビを討伐した後、日の沈んでいく海は全てを受け入れてくれるようだった。
「ウィルは海に来たことがあるんですの?」
アンがあまり驚かない私に問いかける。
「うん、ちょっと昔にね、仲のいい友達と来たんだ……」
あの時は楽しむことなど全く考えもせず戦いに明け暮れていた。
当時の仲間はもう誰もいない、私は一人で……
「じゃあ私たちと来たことも覚えておいてくださいな」
アンのそういう声に、彼女がどこまで察したのかは不明だがそれなりの事情があることは感じてくれたのだろう、そしてそれに踏み込まない優しさがたまらなく嬉しかった。
そして私たち四人を待ち受ける海はあの時のように燃えるような赤ではなく、透き通った青色だった。
よし、昔は昔だ! あいつらには悪いけれどいったん記憶の隅に置いておいて今の友人と存分に楽しもう!
「って! 何で皆さん服を着たまま海に入ろうとしてますの!?」
「え? 水遊びって服を着てやるんじゃないの?」
「フロルさんがそうしてるので経験者に習ったのですが……」
「え? 海だって装備はいるでしょ?」
はぁ……とアンは深いため息をつき私たちをビーチ前の別荘に連れて行った。
「ここから好きなものを選んでください」
そこには水着がたくさんあった、流石貴族。
私は海の魔獣と戦ったときフル装備だったので着替えるという考えがなかった。
他二人は海が初めてで事情が分からなかったようだ。
そう言えば討伐後平和になった海には随分と薄着の人が多かったなあ……
思えばアレが水着なのだろう。
私たちはできるだけ露出の少ないものを選んで着替えた。
何だろうこのさらさらした肌触り、スースーして落ち着かない物がある。
タルトとフロルも同じような感覚らしく体のあちこちを押さえていた。
アンは慣れたもので私たちをみて呆れていた。
「まったく……今からそれで水遊びするんですよ? ちゃんと慣れておいてくださいな」
私たちはアンを除いて上着を羽織り浜辺へやってきた。
「海だー!!」
フロルが上着を脱ぎ捨てて水に飛び込んだ。
私も上着を脱いで水に浸かる、ひんやりとした水が肌から体温を奪っていく。
当時はこの冷気が体力を奪う忌むべきものだったが、それも今では心地よいものになっていた。
「ほらほら、タルトもおいでよー」
「は、はい!」
タルトもおそるおそる上着を取って水に足をつける。
水の冷たさに驚いた後ようやくザブンと浸かってきた。
「しょうがないですね……ウィルさんまではしゃぐなんて……」
アンが呆れながら海に入ってくる。
「ほらほら!」
ザパザパとフロルが水をかけてくる。
口に入った海水がしょっぱくてそれがとても不思議で心地いい。
「やりますね!」
ザッパン
私が水をかけ返す。
こうして皆で水を掛け合い始めた。
慣れると今度は一人泳げるアンに皆で泳ぎを教わった。
私も海に来たことはあったが魔法で水適性を付けて海上を走ったりして戦っていたので泳ぐというのは初体験だった。
私たちは、つたない泳ぎを覚え、楽しい浜辺での休暇がはじまったのだった。
§
翌日、翌々日と私たちはアンに負けない位には泳ぎを覚えた。
それでもまだ足のつかない遠くの方にいく勇気は無かった。
§
それから貴族の食事を味わって数日、大いに楽しんだ後事件は起きた。
「お嬢様! 『サーペント』が出ましたので今年は王都にお帰りください」
執事がそう言って馬車を呼ぼうとした。
「え? 『サーペント』ですよね? なんで帰らないといけないんですか?」
私はすっかり海に魅せられ帰りたくないのでそう聞いた。
『サーペント』はウミヘビの魔物で大きくはあるが討伐する難易度はそれほど高くない。
「何を言ってるんです? 魔物が出たんですよ? 幸い陸上で活動はできない種なので私たちは無事帰れるんですよ?」
「えー、普通に倒してもう少し海を楽しみましょうよ!」
私はすっかり海が気に入ってしまいすっかり魔物観が以前の基準になってしまっていた。
あの心地よさをもう少し味わえるなら魔物討伐くらいなんてことはない。
「正気ですか!? 『サーペント』は一師団が出るくらいの魔物ですよ、必要が無いのに討伐しようなんて考える人はいませんよ?」
「流石に帰った方がいいと思いますよ……こっちに攻めてくる相手じゃないんですし……」
「私も流石にマズい気がするよ……少なくとも私たちが勝てる相手じゃないと思うんだけど……」
三人ともすっかり及び腰だ、どうせ帰ったらノートで書き換えられるのだからサクッと倒して残り少ない休暇を全力で楽しみたかった。思えば暑さに頭がやられていたとしか思えない行動だった……
私は浜辺に出るとサーペントが暴れる海を見つめてこの休暇の邪魔をした存在に腹を立てていた。
「フリージング!」
ピキピキと海が凍っていく。
あっという間にサーペントの氷漬けの完成だ、所詮は変温動物、冷気に勝てるはずもない。
「さあ! レッツ夏休みですよ皆さん!」
私が海をまだ楽しもうとしているのに三人は絶句していた。
「結構大物だとは思ってましたが……」
「凄いですね……怖いくらい……」
「すっげー! 完全勝利だ!」
三者三様の反応をしている……わけでもなくほぼ呆れているのだった。
そこでアンがもっともな疑問を口にした。
「あなたが凄いのは分かりましたわ……で、私たちはどこで遊ぶんですか……?」
アンの指さす海を見渡すと……辺り一面が凍り付き液体としての海は見えなかった。
「あっ……」
「「「……」」」
「ゴメンね!」
結局こうして私たちの夏期休暇は二日早く終わって学園に戻ってくるハメになった。
三人に私の武勇伝を語られると改変が面倒になるため、寮に帰って即封印が壊れていないことを確認して錠前を開けノートを取り出す。
『ウィルが夏期休暇でウミヘビを追い払った』
そして実行した。
幸いまだ噂は流れておらず、私はただ単に害獣を駆除しただけの記憶が三人に残るだけだった。
ただし、三人のウミヘビ像は随分と怖いものになってしまったのを知るのは大分後になってからだ。
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