第5話:ゴブリンくらいらくしょーっしょ!

 翌日、私たちはアルバイトをしていた。


 学費の支払いや生活費のためではない、アンの誕生日を祝うためだ。


 フロルが「来週ってアンの誕生日があるらしいよ」と言われ誰一人プレゼントなど用意していなかったので急に物入りになったというわけだ。


 お金を増やす? 確かにそれはできる、「財布の中に金貨が十枚入っている」と入力すれば手軽にお金を稼げる。

 でも、そうやって得たお金で買ったプレゼントをもらって嬉しいだろうか?


 贈り物は気持ちだ、という言葉が全てでは無いが物質的に満たされていると今度は心の満足が必要になってくる。

 そういうことで私はズルをせず正攻法で働いている。

 やっていることはただの営業だ。

 どうも少女が好きという変態さん達がたくさんいるらしく、少女を転倒に立たせておくと店の売れ行きが違うらしい。


 と言うわけで私は『八百屋』の看板を抱えて立っている。


 私を見て買う人が案外いるらしく、この国の先行きが不安になってくる。


「お嬢ちゃん、おじさんとデートしないか?」

 と言ってきた男には腹パンを与えておいた、男なので多分後遺症は残らないだろう。


 いくら立っているだけとはいえ数十人に一人もナンパしてくるやつをボコって追い払っているとそれなりに疲れてくる。

「完売だ! 嬢ちゃんありがとな! もう上がっていいぞ」


 店主はそういって金貨の入った小袋を渡してくれる。

 私はそれを受け取りフロルとタルトと合流する。

 二人ともちゃんと働き口はあったらしい。

 三人で金貨一枚と銀貨五枚、大したものは買えない金額だが私たちはささやかな彼女の金髪に似合う髪飾りを買って寮に帰った。


 翌週、私たち四人でアンに連名のプレゼントを渡すと目尻に涙を溜めながら、「ありがとう」と言った。

 彼女はあまり裕福ではないが曲がりなりにも貴族なのでこれくらい買うのはたやすいだろう。

 だが彼女は「私たち」がくれたことを喜んでくれた。うんやっぱり三人ともいい子だな。

 私はこういう子達を教え導くべきだと考えを決めるのだった。


§


 翌週、私たちはバイトの疲れで布団から起きるのも億劫になっていたが、アンの頼みを聞いてベッドから飛び起きた。


「実は私の家の領内に魔物が出まして……その……差し支えなければ追い払うのを手伝っていただけると……」


「いいよ!」

 私が即答する。

「あの……頼んでおいてなんですがもう少し状況を聞いてからでもいいのでは……」

 

 私の反応を見たタルトとフロルもそれにのる。

「もちろんいいですよ、多分ウィルさんがいれば危険はなさそうですし」

「友達が困ってたら助けるのに理由は要らないでしょ?」


「ありがとうございます! いつかお礼はしますから……」


「アンちゃん、あんまり貴族が頭を下げるもんじゃないよ」


 貴族は権威があるので平民に安易にペコペコしていたら税金の取り立てさえ舐められて足下を見られる、だから放漫でいるべきだ。


 部屋を出たところで私は「道具を忘れちゃった」と言い訳をして部屋に戻る。

 ノートを起動して「チェンバーズ家にゴブリンが現れた」と入力して実行する。


 ゴブリン程度なら私が協力しなくても倒せる相手だ、皆に自信を付けてもらういい機会だろう。

 アンには少々申し訳ないが、いずれ魔物討伐は経験しておいた方がいい。


 学園を出てチェンバーズ領まで馬車で一日、着いたところはハッキリ言って「田舎」だった。

 素朴と言えば多少は聞こえがいいがあまり景気の良さそうには見えなかった。


「で、魔物はどの辺に出たんです?」


「耕作地の端の方です。ここからしばらく南に行ったところです」


 そこでフロルが質問をした。

「私兵は何をやっているの? 私たちでどうにかなるなら私兵を動かせばいいんじゃない?」


 貴族なら自分専用の小規模な兵団をもっている、それを動かせばあっという間に鎮圧できるだろう。


「それが、昨年の凶作で、私兵を動かそうにも食料や恩給を出すお金がないのです」


「虫のいいお願いだとは分かっています、皆さんに危険が及ぶことがないように無理と判断したら逃げてくださって大丈夫です。ですからお願いできませんか?」


「それは貴族として?」

 私が聞いてみる。

 私は命令を聞くのは嫌いだ、だが……


「いいえ、私のワガママな『お願い』です」


「ならしょうがないね」

 私はさっさと歩いて行く、二人も納得したようについてくる。

 アン一人がキツネにつままれたような顔をした少し棒立ちしていた後小走りでついてきた。


 数十分歩いていると遠くに営巣しているゴブリンの集団が見えた。


「ゴブリンみたいね! 私の修行の成果が火を噴くわね」

「怖いですけど友達のお願いなら……」

 ちゃんとここにいるのはゴブリンのみになっていた。


「私がバックアップするから三人で攻撃を仕掛けてくれる?」


 私が提案すると三人は少し怖がっている。

 それは全く問題ない、むしろやる気満々で突っ込まれる方が困る、戦いには臆病さがないと生き残れない。


「じゃあサポートするね」

「パワーブースト!」

「マジックブースト!」

「アクセラレーション!」

「オートリカバリ!」

「ハードウォール!」


 各種バフ魔法を三人にありったけかけて前衛をやらせる。

 これだけ強化しておけばゴブリン相手に死ぬようなことはないだろう。


 私は何かあれば突っ込める位置に陣取り三人に指示を出す。


「ゴブリンは大した相手じゃないから初球魔法で対処できるけど、知能があるから木の棒くらいの武器は使ってくるわ、それに気をつけて。あと上位種がいたら即撤退、いいね」


「オッケー」

「分かりました」

「私の務めに助力感謝します」


 そうして三人が突っ込んでいった、装備は鉄製の剣に革の鎧だ、アンの支給できる限界の装備がコレらしい。


 ざしゅ、すぱ、ジュウ、バチッ


 それぞれ武器なり魔法なりが炸裂する音が響く、あの程度の数なら私の出番はないだろう。


 そうして少し立った後、私は異変に気付いた。

 ゴブリンの中に少しだけ大きく体が赤い個体をみた。

 マズい! ゴブリンキングだ! 確かにあれもゴブリンには違いない、私の書き漏れだ。


 三人とも判断が速く、ゴブリンキングをみるなり私のいる地点に逃げてきた。


「うぅ……強いよう……」


「何アイツ! 魔法が全然効かないんだけど!」


「皆さんごめんなさい、やはり私がアレをなんとかしますわ」


 三者三様の愚痴なり恐怖なりを語っている。

「退いてください! 私がやります! アレは皆さんの手に余りますね……私が片付けるので後学のためによく見ておいてくださいね」


「ちょ! 無理だって! アイツかなり強いよ、いくらウィルでも……」

「危ないですよ! やめた方がいいです」

「巻き込んでごめんなさい、やはり私がなんとかしますわ」


「はいはい、それはいいからよく見ててね!」


 私はゴブリンキングに魔法が届く射程圏内に入ると即中等魔法をぶっ放した。


「アイスランス! ヘルファイア!」


 氷と炎が同時にゴブリンキングを襲い一発で倒れ伏した。

 念のため「グレーブ」で深い穴を掘って埋めておいた。

 

「と、まあ頑張ればこのくらいにはなれるから、皆も訓練を怠らないようにね!」


 三人が珍獣でも見るような目で見ている、ゴブリンキングくらい時々沸いて出るちょっと強い雑魚じゃないの? そんなに驚くことかな?


「私はフロルとタルトさんが羨ましいですね……ウィルさんから直々に指導を受けられるんですから……」

「いや、あそこまでは習ってないよ……」


 三人が微妙な顔をして奇妙な少女をみていることを観察対象自身は気付いていないのだった……


§




 夜、寮の地下にて。

 カタカタ……

『そしてウィルはゴブリンの群れに斬りかかり苦戦の末に仲間とともに勝利したのだった』


 よし! これで私のやらかしは消えてくれる。

 どこまで細かい指定が必要なのか不明なのでこれからはできるだけ対象を細かく指定しよう。

 どうやら種族名だけを書くとその種族のランクや個体差を無視して全体を対象にしてしまうようだ、これはちょっと面倒ですね……

 いちいち出てくる敵を全て指定して倒し方まで書いておかないと不測の事態が起きてしまいます、もっと使い勝手がいいと思ってたんだけどなー……まあ何でも解決する魔法は存在しないって事だろう、世の中はままならないなぁ……


 実行を押して就寝することにした。

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