第3話:後進の育成について

 ――翌朝


「おはよ! ウィル、昨日はありがとね」

「本当頼りになります!」


「え? 昨日何かしたっけ?」


 マジで? 記憶消えてないの?


「何かって……? あの黒い虫を退治してくれたじゃない?」

「そうだよ、なかなか豪快に叩いたりするんだねウィルちゃんって……」


 どうやら書けて困る記憶は都合のいいことに置き換わって埋まるらしい。

 まあゴキブリ退治程度なら学校中の武勇伝になるような話でもないし大丈夫だろう。


「細かいことはいいじゃない! 教室いこっ!」


「「急がないと!」」

 話をしていると微妙にヤバいような時間だった。


 ――教室

「あー、そういや俺も自己紹介してなかったな……俺はライオネル・トンプソンだ。お前らやる気ありそうだからビシバシいくぞ、覚悟しておけ」


「厳しそうな人ですね」


 隣の席のアン・チェンバーズが話しかけてくる。

 昨日友達になれるようにノートに書いておいた。

 私、第三の友人ゲット!


「大丈夫だと思うよ、厳しいけど希望を与えるだけ与えて甘やかすタイプよりいいと思うよ」


 そういうタイプは軍人に多くいた、一人でも多く自分の部下の頭数を集めるためにあちこちにいい顔をして人材を引き抜いていった。

 その手のやつの集めた隊は確かに数こそ多かったものの練度が低く使い物にならなかった。

 役に立たないならまだいい方で、部隊まとめて捕まって私が助けにいくハメになったトラウマがそういう奴を信用するなと言っていた。


 それに対して情報をちゃんと公開するこの先生は良心的と言っていい。

 希望を持つのは自由だが希望は現実を見る目を曇らせる、時々はその曇ったレンズをふいてくれる人材が必要だ。


「でもねー、私才能無いんだ……」


「人は生まれを選べないものよ、それでもどう生きるかは自分で決められる。才能で片付けるのはもったいないと思うわ」


 才能はできない言い訳には最高だ『才能が無いから』この一言でどんな努力も無駄にする理由になる、相手が自分以上の努力をしたからとはみじんも考えないのだろうか。


「努力は……した……でもね、どうしても勝てない相手っているんだよ」


「それはそうだね、一万時間努力したものをルールを覚えただけで勝っちゃう人はいる。

でもね、努力をしない理由にはならないんだよ」


「そうだね! この三年間、頑張ってみる!」


 人生の先輩の言葉で少しでも後輩を導けたのだろうか?

 彼女の人生が少しでもいいものになって欲しいなあ……


 ノートを使えば彼女を強くはできる、でもそれが正しいことだとは思えない。

 魔王軍と戦っていた頃、随分とたくさんの「人間」も敵にいた。

 彼らは魔王から魔力をもらって体力と魔力を大幅に強化していた。

 寝返った連中はほとんど全て軍部で落ちこぼれと呼ばれる連中だった。


 安易な力は眩しいがそれ故目がくらんでしまう、正しい使い方をできるようになるまでは軽率なことはできない。


 翌日、皆が熱心に魔法の勉強をしている中、私はタルトと話していた。


「魔法ってどうやったら上手くなるんですか?」

「練習あるのみよ、私も昔はたばこに火を付ける程度しか使えなかったもの」


 私はたばこを吸わないが、火打ち石より手軽に火が付けられるので道ばたで着火のバイトをやっていた。

 火打ち石を持ち歩くのは面倒だし使うのも手間なので意外と小銭になった。


 はじめの頃は実入りこそ少ないものの続けているうちにだんだん大きな火を操れるようになっていった。

 そんな私の事情を知らないタルトは「へぇ……大変だったんだねえ」と言われた。


 彼女らはそれなりの生活ができる程度にはお金があったらしくタルトもフロルも名字を持つアン・チェンバーズも下層貴族当たりと変わらない暮らしができる程度には裕福だったらしい。

 聞くところによると、魔王が倒され生活に余裕が出てくると人々は娯楽を求める余裕を手に入れ、娯楽産業で雇用はそれなりに増えたらしい。

 おかげで勇者様々であるそうだ。

 世界のために戦った過去が無駄ではなかったことに少し嬉しくなる。


「ねえ……あなたは教練に参加しないの?」


 フロルが私が努力を訴える割に行動に移そうとしないのを怪訝に思い聞いてくる。


「そうね、私ももうちょっと参加しようかな」


 アンも加えて四人で教練場へいく。


 私は愛用のノートを鞄に入れているが、別に教室に置いていたところで、誰も異世界の文字を研究などしていないだろうし、何を元に動いているかどうかも分からないだろう。


 なので問題があるわけではないが、この強力すぎる魔導具を肌身離さず持ち歩いている。


 そうするとアンがめざとく鞄を見て言う。


「あなた、その鞄に何を入れているの?」


 私はできるだけ嘘をつかないように答える。


「日々の記録……かな」


「ああ日記ね」


記録という意味では間違っていない。

 その日記に世界の全てが書かれているという点を除けば……だが。

 

 過去と未来の記録という超危険物を持ち歩いているなどと知らない三人はそれに納得し再び歩き出す。


 教練場は屋外に広々とした平地にサンドバッグ代わりの木偶人形に、上級生向けの鋼鉄製ターゲットが立っているくらいだ。


 おそらく私たちはあの木偶人形を的に攻撃を当てるのだろう。

 そして肝心の木偶人形にほとんど傷がついていないことから、あまり現代では魔法の威力が高くないことがうかがえる。


「じゃあ私たちも練習しよっか!」


 タルトが明るく宣言する。


 木偶は一人一体ではなく数人で一体を共有している。

 舐められてますねえ……とはいえ彼女たちの自信を壊すのもよくないですし適当にやっときますか……


 タルトが「ウィンドエッジ!」と魔法を詠唱する。

 詠唱は気合いを入れるときに有効ではあるが根本の魔力が高くないとただ叫んでいるのと変わらない。

 ペチッっと木偶人形に傷が入った。あの木偶がどれくらいの堅さなのかは不明だが見た限り魔物を相手にするには無理がある事は容易に分かった。

 

「ファイアーボール!」とフロルが叫ぶ、確かに相手が木製なので炎を当てるというのは効率的な攻撃だ。

 しかしファイアーボールは彼女から離れるに従って小さくなっていき木偶人形に当たる頃には種火程度しか残っていなかった。

 ジュ

 なんとも気の抜ける音で目標に小さな焦げ目がついた。

 この威力では氷の魔物にさえダメージを与えることは無理だろう。


「サンダーボルト!」

 アンが叫ぶと他の二人よりは多少強い電撃が出た。

 それ自体は構わないのだが……その電撃は彼女の指から出ていた。

 木偶人形に少しの傷を負わせご満悦なアンであるが電撃が出た指を体の後ろに隠している。

 ちゃんと放電用の金属を使用しないと放出する指先に相手と等しいダメージを受けるのは知られていたことだったが、どうやら常識も散逸してしまったらしい。


 私は加減して魔法を撃つ。

「ライトニング!」

 私の出した魔法は金属製の杖を通して放電され木偶人形に焦げ目がつく。

 それを見たアンが駆け寄ってきた。


「ちょっと! 大丈夫! 今凄いの撃ってたけど、手が焼けるわよ!」


「大丈夫だよー、ちゃんと放電用のロッドを使ったからね、ほら」


 私は杖を握っていた方の手を見せる。

 そこそこの電流だったが手のひら一面から杖に放電したため手のひらはなんともない。


 驚いているアンに教えておく。


「雷撃系の魔法を使うときはちゃんと触媒を用意しておいた方がいいよ?」


「えっ!?」


「私は鞄から金属製の棒を取り出しアンに渡す。

「コレをもってさっきの魔法を使ってみて、大丈夫だから」


 さっきの電撃が非常に痛かったのだろう、気乗りしない様子だったが私が平気なのを見て腹をくくったようだった。

「サンダーボルト!」


 パチ

 と小さな電撃が走った、威力自体はそれほど上がっていないが……


「すごい! コレ使ってみたら全然痛くない! これなんて魔導具なの?」


「ただの金属の棒だよ、高いものでも無いしあげるよ」


「え? でもこんな凄いものもらっていいの?」


「それはただの棒からね、全然いいよ! 好きに使ってね」


 何やらアンは大変感激した様子だった、どのみちあの威力では軍事転用など夢のまた夢だろう。

 ただの金属製の棒で恩を売ったとは……なんとも高値で売れたものだ。

 これは新手の錬金術ではないだろうか? 悪徳商人になったような気がするのでそんなに感謝しないで欲しい……

 

「あ、あの……私にもコツを教えてもらえますか?」

 タルトが食い気味に聞いてくる。


「そうだねー、風は大きいものを起こそうとするんじゃなく一点に集中させると威力が出るわね」


 早速タルトは試してみる。

「ウィンドエッジ!」

 パシュ

 音こそ小さいが木偶人形に傷が入った。


「すごい! 私がやったの?」


「そうだよ、大きい風を起こそうとすると魔力が大量に要るからね、練習が足りないうちは固めて撃つ感じにしておくといいよ」


「ありがとうございます! 私風魔法の威力が低くって、実家じゃ「うちわ」って言われてたんです! これならちゃんと魔道士を名乗れます。


 昔に比べて魔道士のレベルも下がったらしいことが分かる。

 あのくらいの魔法ならどこの村にも一人くらいは使い手がいたはずだが……


 私たちの様子をフロルが羨ましそうに眺めている、あー、これは解説する流れだね。


「フロルは魔法を自分から相手まで届けようとしてるでしょ?」


「え? そうだよ。だって魔法は相手に届かないと……」


「あのね、魔法って魔力の塊だから自分から切り離してもちゃんと威力は変わらないんだよ。あなたは手元で作ったファイアーボールを相手まで「伸ばす」んじゃなくて「飛ばす」みたいに使ってみて」


「分かった」

 前二人が威力を上げたので私の言うことを信用してくれたのかすぐに実践に移った。


「ファイアーボール!」

 手元に火球ができ、それがポーンとターゲットまで飛んでいった。

 ジュウウ

 木偶人形にはちゃんと見えるくらいの焦げ跡がついた。


「すごい! 私だって出来るのよ! 思えば私のことを「カイロ」だの「保温器」だの言ってた連中が驚くわね」


 あまりそう言った使い方は感心しないのだけれど……


 ここは自分を高める場所であって、誰かの鬱憤を晴らすためにあるわけではない、そこを皆が間違えないようにしなくっちゃね……


§

 ――訓練後、お風呂


「いやー、ウィル様々だねえ! コレで私も馬鹿にされなくてすむよ」


「そうかなあ……私はこれで少しでもお金を稼げれば家族が楽になるといいんだけど」


「私は完璧ですね。バックファイアのない雷撃魔法なんて初めて知ったわ」


 私は内心この子達に教えてよかったのか疑問に思ったが、この平和な世であの程度の魔法なら剣で切った方がよほど効率がいいのでおそらく大丈夫だろう。


 そんな心配は教練場でついた埃や土と一緒に石けんで洗い流されていき、湯船で完全に心配は解けていった。

 その時横で体の汚れを洗い流しているアンは自分が曲がりなりにも貴族であり実家から通っていることを、この二人が天才と一緒に暮らせていることと一緒に悔しく思っていた。

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