第2話:友達が欲しい
明くる朝、日が昇ってきた。
窓から光り出さし混んできて今が朝だと気付く。
辺境住みの頃は時間などあってないような物だったが学生生活をするなら時間は守らなくっちゃ。
私は一階の酒場兼食堂でお勧めの朝食を食べる。
チーズをかけて焼いたパンとベーコンエッグ、料理人のおじさんが好意で付けてくれた牛乳だ。
人がいる空間で食事をするのはとても新鮮だ。今まで森に隠居していたので大勢での朝食は魔王討伐記念会以来になる。
溶けたチーズのしょっぱさが食欲をそそる、私はパンをかじりながら目玉焼きの黄身を崩す。
――クスクス
何故か含み笑いが聞こえる、しかもどうやら私に大してらしい。
さっぱり理由が分からないでいると「酒も飲まないのにここに泊まったのかよ、いいとこの嬢ちゃんは羨ましいねえ」というヤジが飛んできた。
普通なら怒りの一つでも抱くのかもしれないがその陰口さえ今の私には心地よかった。
ここでは誰もが恐れる伝説の魔道士ではなく、一介の女の子でしかないのだ。
畏怖と少しばかりの敬意で好奇の目を浴びていた当時からすればこうして人が出会っただけで恐怖されることがないのはとてもよいことだ。
カランカラン
ドアを開けて街に出る、朝から人が行き交う様は新鮮で久しぶりの感覚だ。
「いってらっしゃい! 頑張ってね!」と宿の女将がサムズアップをして送り出してくれた、私は笑顔を返して来る学生生活に浮かれ調子だった。
しかし……予想外のことは起きるもので宿と学校は町の全く正反対に建っていた。
調べなかった私の完全なミスだ。
しょうがないじゃない、王都には数十年は来てなかったんだから地形を忘れることくらいしょうがないこと、うん、走ろう。
私は入学式に遅れないように小走りで路地を走って行った。
しばらく走ったら私と同じ制服が幾人も見えたのでおそらく間に合う時間なんだろうと思い残りは歩くことにした。
テクテクと歩いていると見知ったタルトの後ろ姿が見えた。
後ろから肩を叩いて「おはよ!」と軽く挨拶をする。
私を見てやっと知人を見つけたと半泣きですがられた、どうやらひとりぼっちが不安だったらしい。
「じゃあ私の後付いてきて、学園には行ったことがあるから」
数十年前にと言う情報は伏せておくが嘘にはならない、一応いってはいたのだから。
「はい! 助かりました! なんか皆さん真剣に教科書見てますし話しかけづらかったんですよぅ」
半べそをかくタルトの手を引き学園への道を歩く。
田舎者二人が王都で一緒にいるというのは珍しいらしく少し目を引いているようだった。
「とうちゃーく」
「はあ……やっとついた……」
私は身体能力向上の『アシストパワー』を使っていたからそれほど疲れてはいないがタルトはヘトヘトだった。
「あなたどこに宿を取ってたの? そんなに息切れするほど遠くに泊まったの?」
「はいぃ……ぜぇぜぇ……『アル』って宿の馬小屋に泊めてもらったんです、なにぶん学費で手一杯なのでそこがなんとか取れたんです」
なんと同じ宿だった、部屋と馬小屋の違いはあれ同じ場所に泊まっているのに気付かないとは……
そう言えば正門で別れた後、私は右に、タルトは左に別れた。どうやら別方向から一周して同じ場所に泊まっていたようだ。
そして運命のクラス分けになる。
といっても魔力計測などはなく経済状態、要はどれだけこの学園に「貢献」したかで決まっている。
AクラスからEクラスまであったが私は寄付をケチったのでもちろんEクラスだった。
魔王討伐の恩給はほとんどを勇者がもらっており、残りを正規メンバーが受け取ったので私などは下働きだとしか想われずほとんどもらえなかった。
最低クラスと言うことで皆やる気がなかったり治安が悪かったんじゃないかという心配はクラスに入った時になくなった。
クラスメイトは皆何とか入学できたギリギリの経済状態なので全力で学ぼうという気力があるようだった。
私はただ『青春』というものを味わってみたいだけのエンジョイ勢なので少し気後れした。
この学校は三年制、向こう三年間このクラスの皆の誰かがギャンブルで大勝ちでもしない限り一緒に過ごすメンツだ。
はじめの印象は大事ですね。
「おーい、ミーティング始めるぞ席に着け」
ハスキーボイスが飛んできた。
見ると教師らしい人が立っていた。私は慌てて空いている席に座ると後ろからツンツンと肩をつつかれた。
振り返るとタルトが座っていた、やはりというか何というか、やはり同じクラスだったようだ。
ノートに書けば無限にお金は手に入る、でもそれは経済構造の崩壊を助長したり、安易に金をくれるカモ、と思われる可能性を考慮して生活資金以上は生成しなかった。
「それじゃ、お前らの実力を見せてもらうぞ適当になんかぶっ放したりしろ」
なんとも曖昧なチェックであるがこのクラスにまともな魔道士がいるとは思っていないのだろう、教師側も力を入れてないのが見て取れた。
クラスメイトはめいめいに自分の魔法を使う。
やはり皆それほど魔力を持っていないようだった。
この世界では魔力を多く持っていると貴族と結婚させられるのが常だった。
そうして貴族は強い魔力を、平民はどんどん弱く、それぞれ逆方向に収斂していった。
そんな事情もありこのクラスは『やる気だけはある』クラスと揶揄されていた。
数人が魔法をぶっ放し(線香花火くらい)た後、私の番がやってきた。
私は適当に魔王討伐に使った神聖魔法の一番弱い『プチマギ』を撃った。
白い光が指先からちょんと出て以上、終了だ。
目立つことはないはずだが何故か好奇の目で見られていた。
何故ですかね? 少なくとも私の前に使った魔法はファイアーボールで手のひらサイズの火球を作ってたし、それに比べたらただ光るだけの魔法なんて凄くもなんともないはずだが……
あっけにとられていた教師が我に返って渡しに聞く。
「今の魔法は何だ?」
「何ですか? ただの最下位の神聖魔法ですけど」
皆があっけにとられている。
何故だろうか、ただの灯りにするくらいしか使い道は無いはずですが……
「神聖魔法ってもう随分前に使い手がいなくなって久しいが……今のが本当に神聖魔法なのか?」
やばい! 魔族が消えたから神聖魔法の需要も消えたんだ! そりゃ15歳が使えるわけないよね。
「は、はい」
私はしどろもどろに答える。
先生が大きなため息をついて私に言う。
「本当に神聖魔法を使えるならもっと上位クラス、いや魔導高等学校への転籍もできるが……」
「いえ! 私はここで勉強しようと決めたので……それに使えるのもあれくらいが限界ですし……」
実際のところ王都を吹っ飛ばせるくらいの火球やブラックホールは作れる、そんなことができるから追い出されたわけで、二の轍は踏まない。
「そうか……俺もこんなクラスを任されて正直やる気がなかったんだが……お前らにはやる気があるんだな……」
生徒の皆が熱意に溢れた視線を私に向ける。
先生も熱意に負けて指導をしっかりやると請け負ってくれた。
§
放課後、私には奇妙な友人ができた。
「あのー……もし神聖魔法が使えるんだったら『ギフト』って使えませんか? 私さっきのテストで全力使っちゃって体力の限界なんで少しわけてください」
もはや失われた魔法、相手に魔力や体力を任意の量分け与える魔法だ。
その名前が出たことに少し驚いた。
そう言ったのは自己紹介でフロルと名乗った子だった。
何を隠そう私の前でファイアーボールを出した子だった。
そこそこ素質があるのだと思っていたが、どうやら体力も犠牲にして生み出した火球だったらしい。
「しょうがないなぁ……ないしょですよ?」
私は『ギフト』を使って自分の体力を少しフロルにわけてあげた。
彼女はよっこらしょと椅子から立ち上がると伸びをした。
「ありがとー、なんか魔法使う前よりいい感じだわ」
私の隣でタルトが不思議そうにしていた。
「どうかした?」
「ううん……その……神聖魔法はあれしか使えないって言ってたから……」
「だから『ないしょ』ね!」
「いいですよ! 私たちの『ひみつ』ですね!」
この『ギフト』であるが回復に上限がない、やろうと思えば本人の本来の力以上を出すことができる。
昔コレを覚えた際皆に自慢したあげく体力と魔力を動けなくなるまで集られたのであまり知られたくはないんだよね。
「あなた結構凄いのに平民なの?」
「そだよー、へーみんへーみん、皆と一緒だよ」
嘘はついていない。
私は時々生まれる突然変異種の魔力特化型であり収斂進化ではなく突然変異で生まれたため平民だ。
二人とも訝しんでいるがそれ以上の詮索はやめてくれた。
私たちは寮に入ることになっている、別にノートを使えば毎日宿屋暮らしもできるが、私のために部屋を空けるハメになる人に申し訳ないので寮に住むことにした。
制服のフリルを翻しながら白と黒の人形のような少女達が寮へ入っていく。
ちなみに貴族は市民証を持っているので自宅通いが結構いる。
寮生は仮の市民証が与えられる、卒業したらなにかお役目につかないと剥奪されるためあくまで「仮」だ。
まずは何はなくとも夕食だ、皆魔法で少なからず体力を使ったらしく食堂は大盛況だった。
私たちはパンとシチューを注文して受け取る。
決して豪華とは言えないが栄養不足とはほど遠い食事だ。
私はシチューのにんじんを転がしながら今の十五歳前後の平均がどの位なのか考える。
おそらく神聖魔法はほぼ失われていて、使えても老人の域に入っている世代なのだろう、火、水、土、風、の四要素の平均が不明だった。
中等学校には退学制度がある、あまりにも素質も努力もないと判断されると追い出される、もっとも『金銭面での』協力があれば回避できるが。
「ねえ、皆どの位の魔法使えるの?」
フロルはそっぽを向き、タルトは口笛を吹いている。
どうやらさっきのテストが限界のようだ。
全員がテストで全力を出していると仮定すると、おそらく戦闘の必要がなくなった分平均は大分下がったのだろう。
「あなたこそどの位使えるの? 本気じゃないんでしょ?」
「そうだね! ウィルちゃんは強そうだもん」
逆に二人から質問されてしまった。
全く使えないというのも嘘丸出しで嫌みだし、全力を出せばここいら一帯がヤバイ、どの位か勘案した後「これくらいかな」と小さなファイアーボールをポトリとシチューに落とした。
お話ばかりで冷めていたシチューから湯気が立つほどの温度になった。
このくらいならやり過ぎと言うこともないだろう。
そう思っていたら二人もシチューを差し出してきた。
「私のも暖めて」
「できれば私のもいいかな」
こうして三人は温かな夕食を食べることができた。
寮の部屋は希望制だったのでタルトとフロルが同じ部屋がいいと言いだした。
頼ってくれるのはいいのだが三人一緒に確実に入れる部屋は……
「なんか……ごめん……」
「わたしもごめんね」
「わたしは慣れてる……かな」
そうして私たちは地下二階の最下層、まだこの学校が軍人養成の意味を持っていた頃からある必要最低限の設備と硬いベッドくらいしかない部屋だった。
他に三人が確実に同質になれる部屋はなかったので運任せで仲間はずれができるのも悲しいという理由でこの部屋に決まった。
部屋に入って埃を払おうかと思ったが……
「ねえ、この部屋の掃除、わたしにさせてくれない?」
「いいの? やった!」
「いいの……かな……」
「いいよいいよ、ちゃちゃっと終わらせるから」
無機物の操作にはそれほど大きな不具合は出ない傾向にある。
二人を部屋から出すと荷物からノートを取り出してclean roomと打ち込んで実行する。
あっという間に埃はなくなりかび臭さも消えてくれた。
二人に終わったよと招き入れると見違えた部屋に驚いていた。
「ねえ、コレホントに一人でやったの?」
「す、すごいね」
「一人暮らしだったからねー、家事はお手の物だよ!」
事実一人暮らしが長かったので掃除くらいはできるのだが、改変ノートにすっかり甘えてしまっている。
その時、上の階から悲鳴が上がった。
助けを求める声に思わず走って向かう。
「ちょ、ウィル! 急ぎすぎ」
「あっちは危ないかもしれないよ!」
誰かが助けを求めている、そして私には力がある。だから助ける以外の選択肢はない。
「どうしたの!」
二人の女子生徒がガクガク震えながら庭を指さす。
「あ、あれ」
そちらを見てみると庭にベビードラゴンがいた。
「アレがどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! ドラゴンよ! みんな死んじゃうよう!」
パニックになっているらしく話が要領を得ないのでとりあえず庭の闖入者を排除することにした。
「パワーアップ!」
魔力で腕力を上げておく。
中庭にいるベビードラゴンに右手のグーを食らわせるとあっという間に飛び帰っていった。
おそらく迷い出た幼生だろう、あの手合いはじきに親兄弟のドラゴンに連れて帰られる。
部屋に帰ってきて大丈夫か聞いてみる。
「大丈夫だった? あのくらい大した魔物じゃないから大丈夫だよ」
「いやいや! むしろあなたが大丈夫なの? ドラゴンを殴ってたよね? ただのグーで!?」
「そうは言っても生まれて数十年クラスだったしあのくらいたいしたことじゃないよ?」
人間でも数十年頑張れば余裕で超えられる程度の相手だったしね。
人間がドラゴンに勝つには軍が必要などと言われているがあの年齢程度の幼い種なら魔力を使えばベテランの魔道士なら普通に勝てる。
女子生徒達は絶句していた。
さあて、人助けも終わったし、部屋に帰ろっかな。
部屋に帰ると二人が私に飛びついてきた。
「よかった! 生きてる!」
「よかったよぉ! 怪我もしてないよね?」
「大げさだなぁ……人をアンデッドみたいに言わないでよ」
まるで生きているのが不思議なような口ぶりだが実際にやったことはトカゲを追い払っただけだ。
――その夜
>memory delete today
実行キーを押して本日の記憶を削除する。
どうやらドラゴンを倒すのは普通ではないらしい。
この二人のいい子達と離れたくないのでできるだけ二人と同じレベルでいたい。
そんなわけで今日の記憶を皆さんからぽっかり取り去っておいた。
このノートには『RDBMS』というもっと細かな世界操作ができるツールが入っているらしいが現在のところ私の知識の及ばないところだ。
何より下手に触って世界そのものをふきとばしかねないのでできればお世話になりたくないものだ。
そうして安心して眠りにつくのだった。
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