大魔法使い、魔王の居ない世界で学生生活を送る
スカイレイク
第1話:人生をやり直したい
ここではない世界のあるところに高名な魔術師がいた。
彼は魔王軍をたった一人で全て屠りつくし、魔物とみれば自作の魔法の実験台にしていた。
しかし乱世も終わってしまい、彼はそれ以来旧魔王領のアビスという森に住んでいた。
彼は時空操作の魔法に長けていた、もはや不要となった魔力は異世界から謎のアイテムを入手するために使用している。
彼の魔法はランダムで部屋に入るサイズのアイテムを出現させるものだ。
魔法名は「がちゃ」であった、どういう意味かは理解できなかったがおそらく私たちを遙かに超える技術だったのは確かだ。
対象の指定はできないのでクソみたいなモノばかりが部屋にはあふれかえっている。
湾曲した刃物、手に持つには丁度いいサイズの銃、ガラクタには定番の捨てられた長靴や空き缶といったものが散乱している。
名前というモノに必然性を感じないし魔術師は魔王討伐の報奨金で悠々自適の生活をしていた。
さてここで何故主人公たる魔術師の名前が出てこないのか疑問に思った方もいるだろう。
残念だがそれに答えることはできない、『私』が存在し役目を果たす頃にはもう本来の名前を名乗っていなかったからだ。
――魔術師ではない――詰まるところ誰なのかという疑問は当然だろう。
『私』は幾度となく繰り返された異世界連結陣で呼び出された計算機に過ぎない。
異世界から取り寄せられた『私』を彼は訝しんだ。
また変なアイテムか……私が初めて聞いたのは落胆の言葉だった。
しかし彼は私が何であるかを研究することにした、ゴミかどうかは実際に使ってみないと分からないという理由で、彼はどんな道具でも一度は使っていた
私の物語は電源スイッチから始まる、彼は聡明な魔術師だったらしく、電気の概念を理解しており、雷撃魔法をコントロールすることで私を動かす電力を生成した。
その後彼は見えている全てのボタンを押して、ついに電源ボタンを見つけた。
広げられた私に彼は心底不思議そうな顔をしていた。
画面が次々と移り変わっていき、最終的にデスクトップ画面が表示された。
それは不思議な機会であったが彼は私に印字されている「book」という文字を見てコレは未来の本だ、と考えていたようだ。
私の自己紹介に移ろう、私はただの「考える本」である。
名前はシリアルナンバーでありそれについて大多数の読者の興味を引くことはないだろうから、この記録からは私が何であるかは記さない。
ただ、私はこの世界に送られてくるときに世界を内包した、つまり私は一つの世界でありただの計算機でもある。
彼は英語を理解することができた、転送魔法で送られてくるものの多くにアルファベットという文字列が書かれていることに気付き、それを解読するのに時間を費やした。
賢明な読者諸君なら私が有機生命体出ないことはお気づきだろう。
つまるところ『私』はあり得るべき全ての可能性を内包した『小さな世界』であり元の世界では単なる『計算機』と呼ばれているモノだった。
私は製品管理所からここに転送されたことに驚き、また、その時に加わったアプリケーションである「指定型世界」をどう使うのかは分からなかった。
そんな折り、彼はそのアプリの存在に気付き起動してみた。
画面が真っ白になりキーボードからの入力を受け付けるようになった。
彼は知識の限りを振りかぶって文章を入力した、そのアプリがなんなのかは知らなかった。
画面に表示されているのは『どんな世界?』という素っ気ないものがあっただけだった。
ふと彼は今の世界情勢を英語で記してみた、その時に自分のことを『齢15にして魔導をマスターした大魔法使い』と記述した。
おそらくこの機械は文章を書き留める機械なのだろうと察していた。
ひとしきり(自分を大分鯖読みした以外は)入力し終えたので右下にある保存して反映をトラックパッドに四苦八苦しながら実行した。
翌朝、鑑の前に立ち身だしなみを整える……はずだった。
鏡がやけに大きいと思った、ドアノブが多少高くなっていた気もした、寝起きにベッドから下りるときにこけそうになった。
その事から多少の変化は起きたのだろうと思っていた。
だが鏡に映ったのは明らかに青年だった。
鏡との間には誰もいない、右手を挙げてみる、鏡の中の青年は左手を挙げた、左手を挙げてみると彼は右手を挙げた。
どうしようも無く受け入れがたい事実を目にしたとき人は我を忘れるのだろう。
そして彼は老人だった自分が若くなっていることを理解し、その原因である私のところへやってきた。
彼は私の「指定型世界」を開いた。
私はデータに則って『どんな世界?』と表示していた。
彼はそれから幾度となく私に入力を与え続けた。
時には女性になり、時には賢者となり、時には大金持ちになった。
そうして一通りのことを終えてから、ようやく現実に向き合った。
そう、『私』には現実改変機能があるということに。
彼は生まれたときから優秀な魔道士であり、それを期待され厚遇と厳しい指導を受けて育った。
そして魔王が滅んだ後、力のある物としてうち捨てられた、戦いの無き世に戦力は不要ということだったのだろう。
そうして彼は現世と隔離されて生きてきた。
それを憤るには彼は年を取り過ぎていた。
そうして彼は普通の人が味わったであろう『青春』を体験してみようと決めた。
私が改変するのは書かれたデータのみなので、彼は自信のデータを書き換えていった。
世界を救ったという事実から逃れるためにいくつもの名前に変更した、これが私が彼の名前を先述しなかった理由であり、数百回目の改変でもはや彼の名前が何だったのかは全ての人の記憶から消え去っていた。
そうして改変は繰り返され、難度も貧乏人から大金持ちを体験し、窮屈な暮らしよりも隠居している魔道士というのが一番面倒がないのに気付いた。
最終的に彼は……少女になっていた、男だと魔道士は徴兵制度に入らなければならないからだ、別に過去にしていた訓練に比べれば大したものではないが今更必要も無い戦争にかり出されるのは御免だったからだ。
名前はウィル、貴族でないので姓は無い。
そして自身を救国の英雄からただの魔法使いに修正した。
――ウィル、15歳の年
私は魔導中等学校に願書を出していた、平民でも入れるありがたい学校だ。
以前の私であれば姓を賜っていたので貴族専用の学校にも入れたが、突然所見の貴族がぽっと沸いても疎ましく思われるだけなので平民との共学にした。
私の鞄には異世界からの魔導書が入っている、ガラクタだと捨てなかった自分を精一杯褒めてあげたかった。
王都ユニに付いた頃、私は宿屋を予約しておいた。
ありがたいことにこの魔導書には未来のことを書くとその通りになる機能もあるらしく、王都一番の宿屋へ泊まると入力して実行キーを押した。
遙か先に王城が見える、私にはあそこで働くという選択肢も与えられていた。
だがそれは、つまるところ飼い殺しであり、ならば多少生活が不便だろうが追い出される方を選んだ。
乗合馬車で私の向かいにいる少女が夕暮れなのに何故か光る板を触っているのか不思議そうにしていた。
「あの……その道具は何の魔法で動いているんですか? 私は魔法学校に行くんですけど差し支えなければ教えてもらえませんか?」
目線を上に上げると髪を三つ編みにして陶磁器のような肌をした栗色の髪の少女が私を見ていた。
「あ! 済みません! 私はタルトって言います。王都の魔法学校に通うんですけど、王都の人は皆そういう凄い道具を持っているんですか?」
私は今まで生きてきた中で魔法学校に通う生徒がやっと種火を起こせる生徒から、大きな爆発を起こす生徒まで見てきたので、今の基準がどの程度かは知らないがおそらくこの魔法のノートを理解できるものはいないだろう。
「いいえ、多分私だけだと思いますよ?」
タルトはほっとした顔をした。
「よかった~、私は田舎の出なので、王都にもなるとそういう凄い道具を持った人がたくさんいるのかって気になっちゃって……」
「ああ、あなたも魔導中等学校に入るの? 私もよ」
「え? そうなんですか? その……貴族の方なのかと思っちゃいました」
まさか私が貴族と言われるとは……奴隷階級と呼ばれることすらあったのに……
「私はウィル、平民よ。一応貴族も入れるけどね、あそこに来る貴族は落ちこぼれよ、まともな魔力があれば高等魔法学校に行ってるでしょうね」」
残酷な現実だが才能が無くても法外な金を積めば高等魔法学校に入ることはできる。
少なくない貴族が箔をつけるためにロクな魔力も無い生徒が平気で紛れ込んでいる。
そのせいで「中等」魔法学校が「高等」魔法学校より技術レベルで上というねじれが起きた。
しかしまあそれを問題にする人間もいなくなってしまっている。
もう魔王のいない平和な世界ということで魔法学校は全て民営化され、お金を積めばフリーパスになってしまった。
確かに平和な世に戦闘要員はそれほど必要ない、そういうわけで皆が拝金主義に走った結果というわけだ。
結局「高等」だの「中等」だのは身分を示す異常の意味が薄れていた。
私の魔法のノートだが、知らないもの、見たことのない物を操作はできない。
いや、操作自体はできるのだが、試しに朝食用に鶏を失敬しようとだいたいの位置を推測して「ここにやってくる」と書いたところ確かに来た……頭だけが……
そういうわけでグロテスクな結果があり得るのでできる限り生き物をこのノートで操作しないと決めていた。
彼女からは魔力があまり感じられない、確かにこの計算機に魔力値を操作すれば化け物じみた能力を与えることが出来る。
でもそんなことをすれば彼女はどう使うか分からない、責任の持てないことに安易に首を突っ込まないのが長生きの秘訣だ。
タルトと談笑している間に門が見えてきた。
周りの身分の高そうな連中が私たちに話しかけなかったのはタルトと話し込んでいたからだろう。
そうして私たちは王都の門をくぐったところで乗合馬車から降りた。
「じゃあウィルさん、また学校で!」
「ええ、また学校で」
これが私に初めてできた『友達』だった。
『戦友』と呼べる仲間は大勢いたが力と何の関係もない純粋な『友人』はタルトが初めてだった。
まあ、どうせかつての仲間の記憶からも消えているのだけれど……
そうして私は寮に入る前に泊まる人気宿屋「アル」に入った。
先約者にはお気の毒だが私は一部屋キャンセルが出るとノートに書き、キャンセルが出たところでチェックインした。
大変申し訳ないとは思うのだが、まあ一晩くらい誰でもしのげるだろう、ましてここは王都だ、それほど大きな犯罪も起きていないと聞く。
――就寝時、タルトにまた会いたいなあと淡い望みを抱いて眠りについた――
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