第177話 サラ、私のために……
「これだけが私の生きる目的になった」
そして彼の過去語りは終わる。
予想もしなかった彼の壮絶な過去に周囲は沈黙してしまう。
イレーナは胸に手を当てながら黙ってアイヒを見つめる。ルチアとサラは黙りこくったまま。
シスカはその事実に怖がりルーデルの腕をギュッとつかむ。ルーデルは特に驚かず目をつぶり腕を組んでいた。彼も似たような境遇だったからだ。
数分の間誰も話さない沈黙の時が流れる。
そして──。
「アイヒ、貴様の過去は聞いた。その上で質問がある」
沈黙を破ったのは幸一だった。彼はアイヒをじっと見つめながら一つの質問をする。
「最終通告だ、今自分の罪を認めるなら、俺達は貴様に剣を向けるのをやめる。どうする?」
これが幸一に出来る最後の譲歩だった。
天使達の捨て駒にされた彼にいくら正義や倫理観を振りかざした所で全く効果は無いだろう。
出会ってわずかな時間しかない彼の言葉でアイヒの行動が変わるはずなんてないからだ。
だが、だからと言ってアイヒの行動を野放しにするわけにはいかない。実際に彼の悪行で苦しんでいる人がいる。彼がやっている事を放置すれば世界は間違った方向へ進んでいってしまうだろう。
だから幸一は最終通告として今の言葉を発したのだ。
そして予想通りアイヒはその助け舟を自らの手で完膚なきまでに壊した。
「貴様、俺の決意がそんな安い言葉一つで変わると思っているのか?」
「いいや、聞いただけだ。まあ、酌量の余地があるのはわかった。それならたとえ形式的でも一応助け船は出しておく必要があるからな」
(これで心置きなく戦える──)
どんな理由があっても彼はその助け船を踏みつぶした。それは紛れもなく自分の意思だ。
だったら幸一にもう迷いはない。
「貴様の野望。全力で叩きつぶす!!」
彼が感情を込めて叫ぶ。するとアイヒは──。
「ハァッ──! ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! 随分とご都合主義な思考回路をしているではないか貴様ら!!」
突然アイヒは体をのけぞり、高らかに大笑いをし始める。
「なに笑っているの? あなたは袋のネズミよ」
「メーリング、想定していないと思ったか。貴様たちがここに来ることなど、私は最初から分かっていたのだよ」
「どういう事? 何をするつもりなの?」
「こういうことだ。メーリング、震えあがれ!!」
ピッ──!
アイヒが指をはじく。
すると彼の右隣りが強く真っ白に光り始める。そして──。
「あ、あなた……。どうしてここに──」
「ようメーリング。悪いが貴様は俺に従ってもらうぜ!!」
天使バルトロの姿だ。顔をゆがませ、邪険な笑みを浮かべて三人を睨みつける。
そしてメーリングの体が少しずつ震え始める。体の芯から刻みつけられた恐怖が、全身を支配し始める。
「メーリング、従ってもらうぜ」
(や、やめて──)
気が遠くなる、自分の体が自分の意志から切り離される恐怖。おぞましい感覚に、全身が恐怖で染まり背筋が凍りつく。
無駄に終わった今までの抵抗、同じだけ受けてきた罰、そして意識がない中で人々を気づけてしまったという自責の念。
(いや、やめて──、助けて!)
瞳に涙を浮かべながら必死に叫ぶ。懸命に自我を保とうと両手で自分を抱きしめて移行する。
その抵抗はすべて無駄であると知りながら──。
幸一も、サリアも何も言えない。二人は強い魔力があるが、他人に干渉はできない。ただ見ているしかできなかった。
そしてそれを見て、表情を固まらせる少女が一人。
サラは強く思った。自分を守ってくれた最高の親友。彼女が怯えている。助けを求めている。
「見ているだけなんて、イヤ。私も力になりたい、メーリングを助けたい」
戦うことができなくて、幸一やイレーナが戦っている中、いつも安全な場所にいる自分。確かに自分の体力では戦っても足手まといになる。しかし今は違う。
(お願い、私、メーリングの力になりたい!)
初めて心から強く思った願い、力になりたいという想い。
そしてサラの兵器であるアル=ヒクマが強く光り出す。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
「サラ──」
「メーリング、待ってて、今助けるから!」
サラの脳裏の浮かんだ術式、初めて聞くがメーリングを救える術式だと心で理解していた。
願いを伝える力。今こそ聖霊なる力となり、降誕せよ
エンシェント・コーリング・オネスト
そしてその魔力はメーリングに届く。魔力を感じた瞬間。メーリングは意識が戻ってくる感覚を感じた。
「サラ、私のために……」
その行動にメーリングが思わずほおかむる。
アンデラも負けじと魔力の供給を最大限に上げる。
「勝ったつもりでいるなよ人間。魔力の大きさで、人間風情が天使にかなうわけがないだろ!! お前はずっと俺様の奴隷なんだよ。操り人形なんだよ」
「メーリングは、あなたの願望通りに動く人形じゃない! お前の好きになんかさせない! 」
サラの心からの叫び、いつもは人見知りでおとなしいサラの必死の声にメーリングも、幸一も目を丸くして驚く。
しかし──。
「なるほど、こいつに魔力を供給しているってことか。その魔力でメーリングは抵抗していると。だがな、甘いんだよ!」
アンデラは魔力の供給を上げる。サラは全力を出すが押され気味になってしまう。
「うっ、うぅぅ……」
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