第176話 あなたに、捧げよう
先頭を歩くメーリングが指さした先。明るくて大きな部屋。
「わかった、行こう」
強大な力の気配に、幸一は拳を強く握る。
そして幸一達は大広間の中へ。
「すごい、神秘的です」
大広間の天井には、魔法で光る証明があり、地上のように明るく照らされている。
女神や冒険者、魔王軍が描かれた壁画や古代文字が壁に描かれている。
そして道の先に腕を組みながら棒立ちしている人物。
フードを被り、顔を隠した痩せている老人。アイヒであった。
メーリングが彼をにらみつけると、アイヒはにやりと笑い言葉を返す。
「メーリング、それにサリアまで。私の実験のためにわざわざ来てくれたのか、礼を言うぞ」
サリアが激高して叫ぶ。
「あんた、私たちの表情を見て本当にそうだと感じたの?」
「そうよ。もう私は、あなたには屈しない」
その言葉にアイヒは特に動じない。表情を変えるしぐさもない。すると幸一が話しかける。
「その前に、お前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
天使にかかわったものとして聞きたい、どうして彼女たちと敵対するのか。
「お前が天使を嫌っているとメーリングから聞いた。その理由だ」
アイヒは右手を額に当て、どこかおびえる様子をしながら答え始めた。
「わかった。教えてやろう。どうして俺がここまで天使達に殺意を抱いているのか──」
そしてアイヒは幸一達から目をそむけ壁の方を向く。壁にあるのは小さな村を描いた絵画。絵画を右手でそっと触れながら彼はゆっくりと口を開き始めた
「この王都から北へ100km程、レジャーキ国との国境沿い、山に囲まれた場所にルグラヌ村っていうかつて存在していた村があった」
その言葉にルチアとサラが驚愕し目を合わせる。
「知っているのか? 何があったんだ?」
幸一がその態度を見ると何があったかを聞く。すると二人は悲しそうな表情でうつむいたまま黙りこくってしまう。
(何か言えない事情でもあるのか──。まあ、アイヒの事だし、これからしゃべるんだろう)
そう考え幸一はそれ以上追及するのをやめる。
するとアイヒがゆっくりと自分の幼少のころの悲劇を語り始める。
この国は今もそうだが当時は兵士も冒険者もまとまりに欠け、魔王軍との戦いでも敗戦や苦戦を多く重ねていた。
「そして彼らの消耗が激しくとても兵を出せる状態ではなくなってしまった。そんなとき俺の村のそばで魔獣たちの襲撃が起こった」
拳は震えている。魔獣が現れた。しかしこちらの戦力は消耗を重ねておりとても戦える状況ではない。
放っておけばやがて魔獣たちはこの王都へ向かってくるだろう。
「そして国王と天使たちは残酷な決断を下した」
アイヒは拳をより一層強く握る、額から汗が飛び出す。幸一は感じていた。その時の恐怖は今も彼を縛りつけているのだろうと──。
「この国を守るための捨て石になれと──。俺達に助け船はよこさず、周囲の街道に兵士を数人置いた。俺達が村から逃げないように、人質を作り逃げたらこいつらを殺すと脅した」
「天使たちは?」
「何一つしなかった。貴様たちを英雄として扱うと。綺麗事は言うが助け船は、出さなかった」
その言葉に幸一やイレーナは唖然とし言葉を失う。サラとルチアは互いに目をそむけてしまう。
真実も結末も知っていたからだ。
当時の光景は今もアイヒの脳裏に何よりも強く残っている。
街は業火に包まれ人々が悲鳴を上げながら逃げまどう姿。
「アイヒ、あんたあの村の唯一の生き残りだったんっすね──」
「ああ、森の中に隠れたり一人で暮らすことが得意だった俺は魔獣たちを見るなり森に逃げた。そして運よく生き延びることが出来た」
「そして魔王軍の襲撃は終わった。しかしそれは魔獣たちを撃退して平和を守ったという意味ではない」
「誰もいない。僕の住んでいた村──」
そう。人々を全てくらい尽くし亡き者にしてしまったという意味だった。
村から大分離れた森に隠れていたアイヒが村に戻ってくる。
虚ろな目をかつて村だった場所に視線を向けた。
そこにあるのは灰色の空、焼け焦げ廃墟となった村、そして無残にも転がりこんでいる焼け焦げた遺体。
そんな絶望しきっていたところで正面から足音が聞こえ始める。
アイヒはすぐにその足音の方向に視線を向けた。
「天使たちが憎いか貴様」
その人物はフードをかぶって顔は見えない。
フードをかぶった人物はそう囁く。同時に不思議な力を直感的に感じ始める。
その言葉はアイヒの脳裏に語りかけるような感覚。そしてフードの人物がアイヒの頭に手をかざす。
その手が淡い紫色に光っていた。
「貴様に授けよう──。貴様が望んでいる物。言ってみよ、そのための力を貸そう」
その言葉を聞くとアイヒは周囲に転がっている焼死体に視線を向ける。そして強くこぶしを込めて叫ぶ。
拙い言葉、しかし精一杯の感情を込めて──。
「俺は、俺達を見殺しにした奴らを絶対に許さない。願いを叶えてくれ!! 力をくれ!!」
「……わかった」
フードの人物はそう囁くと、アイヒにかざしていた手に強く魔力を込める。あわかった紫色の光がより強く光る。
そして天使たちや冒険者への殺意、復讐心、憎悪が湯水のようにあふれてきた。自分たちを見殺しにした奴らを、必ず同じ目にあわせてやると心の底から強く誓ったのだった。
それ以来、彼は捨て石して俺の故郷を皆殺しにした教会を、冒険者達を、天使達を許さない。同じ目にあわせてやると誓った。
「これだけが私の生きる目的になった」
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