第21話
啖呵を切ったのは良い。しかし正直なところ、僕には策なんて大層な物の持ち合わせがなかった。圧倒的に格上。自分の実力も知られている。突破口を見いだせない。そもそも自分の勝利条件ですら分かっていないのだ。
彼女を止めるために、僕ができること。そのために必要なこと。それらが何なのか、一度仮説を立てる。
彼女は今、儀式をしている。彼女の中心に描かれた魔法陣がその証拠。それを何とかして辞めさせることが僕の勝利条件だと仮定する。
では儀式を維持するために必要な事は何か。それは間違いなく魔力だろう。彼女とその師である学園長先生は僕を通して魔力を得ることによって、この儀式にこぎ着けた。
エリオットさんがそう言っていた以上間違いないはずだ。ならば、それを何とかして枯渇させることが僕のやるべきことだろう。
手段としてはひたすらに特攻して、魔法を使わせ続けるぐらいしか思いつかない。けれど、僕には鉄壁のメイド服がある。命がいくらあっても足りない状況だって乗り越えられるはずだ。
一息の呼吸。意識を集中。見つめるは一点、彼女だけ。大地を蹴ってその距離を縮めた。
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今日見るのは三度目の大魔術。彼女の代名詞。七つの宝石の槍が再び顕現する。その規模は何の因果か膨らんでいる。重く、大きく、煌びやかに。
二度目の魔法を使った時、彼女は無茶をして行使していた。でも、今はその様子は見られない。ピンピンしている。限界を迎えていたはずだ。あれ以上の威力は出せないはずだった。彼女はさっきまでの彼女とは異なっている。
「……何かしたんだな」
呟きに彼女は答えない。だから、その具体的な手段は分からない。もしかしたら彼女はもう人間ではなくなりかけているのかもしれない。そんな彼女に対して、僕にできる魔法は一つだけだ。
「『
自身の身体能力を拡大する魔法。このセカイではありふれた、当たり前の物だ。圧倒的な才覚に対して、自分は普遍的な物で立ち向かうしかない。あるもので最高のパフォーマンスをしなければならない。最初から分かっていることだけれど、改めてその厳しさを痛感する。
「……行け」
第一の槍がこちらへ放たれる。高まった身体能力反応し、拳を合わせた。痛みはない。でも、メイド服は黒く染まり、ダメージは蓄積されている。限界を越えたらどうなるのかは分からない。けれど、絶対にろくでも無いことになるだろう。
「『
自分を改革する言霊を放つと、腕力が増大した。早くも二度目の魔法の行使。その効果が発揮される。靴と砂利が擦れて音を立てた。その摩擦が僅かに槍を押しとどめる。
衝撃に代わり、魔力の本流が体に流れ込む。気を緩めれば自分の神経を塗りつぶされそうだ。不快感に顔を歪める。でも、こんなことに屈している場合ではない。だから、さらに己を変える。
「『
ただ、立ち続ける自分をイメージした。いかなる力にも負けない。強靭な自分。その想いを込めた三度目の自己の改革は成功した。宝石の槍は押し留められる。
「……っ!」
彼女が歯を噛み締めたのが見えた。続いて第二、第三射が僕へと迫る。第一射を受け止めている僕に当てて吹き飛ばすつもりだろうか。
彼女の槍と僕の拳。その力は拮抗し始めたばかりだ。これ以上は今のままでは対応できない。なら、更に踏み込んでいくだけのこと。
イメージするのは全てを貫く必殺。エマさんが使っていたあの、風の拳。
「『
拮抗していた第一射。それを自分の力が上回る。宝石の槍を弾いた。前にできた空間に体をねじ込み、残り二つの攻撃をかわした。彼女へ向けてもう一歩、前へ出た。
「くっ……なら!」
彼女が手で槍を操作する。僕の足元が隆起し、空中へとこの身を押し出した。そして、その真上から挟むようにして槍が迫っている。
僕は他の魔法使いの様に空は飛べない。この攻撃を回避することはできない。だから攻撃を直接受けた。ダメージが再びメイド服に蓄積され、体と共に黒く染まっていく。
「『
自分の中にある魔力、エネルギーを暴発させるイメージで腕を思いっきり横薙ぎに振るった。拳が接触した瞬間に爆発が起きたように、宝石の槍が砕ける。
メイド服の
空中で自分の体が回転して宙へと放りだされる。彼女がこの瞬間、槍は二つ。その二分の一が解き放たれる。応対しようと拳を握りった瞬間だった。
「『
彼女が槍へ指示を出した。槍が自分と触れる前に爆発する。その爆風が僕を持ち上げた。最初以上に距離が離れた所に無様に背中から墜落する。
距離が詰められない。彼女の槍は減らすことができているが……しかし、それだってもう一度魔法を再起動すれば元通りだ。根本的な解決にはなっていない。
「なんで……逃げない。君の攻撃は届かないんだよ。分かっているだろう。なのに何故、無駄な事を続けるんだ」
今にも崩れそうな表情を見せた。追い詰めているのは彼女だ。時間稼ぎさえしてしまえば彼女の目的は達成できる。その状況は何も変わっていない。
だが、一つ。確信を持てた事があった。
「その言葉、そのままそっくり返しますよ。他にやりようはいくらでもあった。なのに、僕に通用しない攻撃しかしないのは……何故ですか」
そうだ。彼女には多くの選択肢が存在している。土魔法による地形変化。無属性魔法『
僕が知っているだけでもこの二つ。彼女なら他の手段を隠していてもおかしくはない。
「…………」
彼女は答えない。肝心なことは何も教えてはくれない。それはこのセカイに来てからずっとそうだった。僕はいつだって予想することしかできなかったけれど、今回は確信している。それを口にする。
「たぶん、ミツレさんは止めて欲しかったんだ」
一瞬の戸惑いが見えた。それが即座に苛立ちへと変わる。
「違う、そんな訳はない! 私は、このセカイを変革することだけを望みに生きて来た。今更止めて欲しい? そんなバカなことがあってたまるか!」
彼女が声を荒げたのは記憶にある限りでは初めてだった。
そんな馬鹿なことがあってはならない。矛盾している。だからこそ、彼女は激高した。気が付かないふりをした。僕は、彼女の基本的な性質を知っている。数日とはいえ行動を共にした。だからこそ、違和感を見逃すことはない。
「
「……っ。どうかな? 私だって人間だ。間違える事だってある」
彼女が歯食いしばる。無理矢理昂った精神を抑えた。
その仕草、表情で確信する。僕は間違ってはいない。彼女は心の底で間違いなく──
「でも、そんな事どうだっていいだろう。私が間違っていても、いなくても、君を行動不能にするという結果は変わらない!」
ミツレさんが右手を振り上げる。再び宝石の槍が集結した。隊列には欠番があったが、それすらも補充されて元通り。僕はまたしてもこの難しい局面を乗り越えなければならない。
でも、大丈夫だと思った。無理な事は要求されていない。他ならぬ彼女が望んでいるのなら、無謀でも、望み薄でも、自分にも勝ち目はある。
「────『
六度目の自己改革。自分の限界、素質を越えた力。そして何より彼女の元へたどり着くイメージする。全ては彼女を止めるために。
「どうかな。やってみなきゃ分からないですよ!」
大地を強く蹴る。トップレベルのアスリートが百メートル走の終盤で繰り出す大幅なストライドを一歩目で引き出す。二歩目、三歩目どんどん加速していく。
それに対して彼女は冷淡に槍を操る。視界を覆うように繰り出された第一射。滑り込み、その下をくぐり抜ける事で回避する。
その陰から繰り出されていた第二射。普通の人間に対しては必殺の一撃。だが、それを避けることはしない。僕はただ、前に進めればいいのだ。打撃で吹き飛ばされることさえなければそれでよかった。
右半身をかすめるようにして僕と接触する。ダメージがメイド服の黒へ置換された。足は止めていない。スピードは維持されている。
「そう来るよね。君なら……!」
彼女が右腕を振り下ろす。待機していた槍が僕の死角にある事に気が付いた。僕を囲むように四本の槍が地面に突き刺さる。
「『
足元に文様が描かれる。結界。ここに来る前に何個か存在した出入りを制限する魔法。僕が唯一貰ってはいけない攻撃だ。指摘した事で無意識に封じていた物を持ちだされてしまった。
だが、結界が完成する前に抜け出せば問題はない。右半身を後ろに下げ、ダメージを推進力へ変換する!
「ぶっ飛べ!!」
「なっ!?」
右腕からこれまで蓄えられたエネルギーが暴発する。コントロールなんてない。スイッチのオンオフしか考えてない。それは狙い通り僕を結界の外に押し出した。飛行機のエンジンを腕に付けているみたいに一気に加速する。彼女にたどり着くまであと一秒もかからない。
「来るな!」
空中から降り注ぐ最後の槍。僕と彼女の間に壁が出来上がる。それは彼女がこれまで僕にしてきたことの様に思える。
距離を取り、壁を作る。心情でしてきたことを物理的に行った。それをぶち破るための最後の一押しが必要だ。
イメージする。彼女との間に感じていた隔たり、それを砕く自分。彼女と本当の意味で分かり合うために。
「『
推進力を得ていた右半身を捻る。握られていた拳はこれまでに無いぐらいのスピードで暴れ、衝突する。
シャンデリアを高い所から落とした様な音がした。
宝石の破片が宙を舞う。キラキラと輝いたそれは、タイヤモンドダストみたいだった。その中心でひと際目立つ緋色の髪。その持ち主を思いっきり抱きしめた。体温が、息遣いが、震えが、彼女が今もここに居る事を証明してくれる。
彼女の体から魔力が流れ込む。神経を内側から焼かれるように錯覚する。もともと僕の性質へと変えたものだ。近くに本来あるべき器があるのなら、そこに流れ込んでくるのは当然と言えた。
「やめてよ……最後の望みでさえ私から奪うの? また私に人として苦しめって言うの……?」
「……ああ、逃げるなんて許さない。恨んでくれても構わない」
彼女に僕はかつて自分が言われたようなことを返した。
僕がしたことは残酷な事だ。恵まれなかった少女が唯一望んだ夢。それを目の前で砕いた。その夢がどんなものであれ、本当に願っていたものなら恨まれてしかるべきだろう。
でも、その前にどうしても言っておきたい事があった。彼女の頭を撫で、体をより強く引き寄せて僕は言う。
「ミツレさん。僕は、ミツレさんと過ごした時間が何よりも楽しかった。嬉しかった。愛おしかった。そんな事を思ったのは、初めてだった」
僕はずっと息苦しさを感じていた。ずっと、それを抱えて生きていくことも覚悟していた。彼女の前だけはずっと自然体でいれた。
「それを無かったことにされるのは、たとえミツレさんでも嫌だったんです。耐えられ無かったんですよ」
彼女がこっちを見る。懐の布が擦れて、こそばゆかった。その瞳は普段よりも潤んで見える。普段とは違う。大人びていない。これではちょっとだけ年上の女の子だ。それが正しいと思った。
彼女はきっと大人にならざるを得なかった人だ。本当に自分をさらけ出せる人間を見つけることができないでいた。だから、自分が彼女にとってそんな人間になりたいと思ったんだ。僕にとって彼女がそうであったように。
「他の人にだってきっと、そういう時間がある。無かったとしても、これからできると思う。何事にも代えがたい、自分にとって大事な時間が」
「それは……そうであったら、素晴らしいと思うよ。だけれど、そうなるとも限らない」
「でも、そうならないと確定した訳じゃないでしょう?」
否定はできないけれど肯定もできない。絶対に正答だという訳でもない。そんな物しか提示できない自分がもどかしい。
でも「完全」な言葉は彼女に向けてかけたくなかった。完全を目指した彼女には、完璧じゃない、人としての脆さを受け入れて欲しかった。
「だから、苦しみながら進みましょう。望ましい方向を目指して。足を引きずってもいい。ただ愚直に、前を向いて行きましょう。辛くなったら、寄りかかったっていい」
「寄り、かかる……?」
「ええ。だって、僕は貴女のメイドだ。いつだって貴女のそばにいます」
僕は精一杯笑顔を作ってそう言って見せる。彼女がその美しく保たれていた表情が崩れていく。
「……そう。じゃあ、その、メイド服を脱ぐのは……随分と先になりそうだね」
彼女は詰まらせながらそう言って、僕の胸元で表情を隠した。
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