第16話

 二つの魔術の衝突。それが二度繰り返された。両者が扱ったのは上級魔法。彼女曰く、山一つ吹き飛ばす規模の一撃。

 その余波は下にいた僕達にも影響を与えた。強風、衝撃波、砂埃が舞う。その中で僕だけはその決着を一秒も逃さず見ることができた。


 砕かれた彼女の必殺の槍。傷だらけの体を押して、彼女を見つめる彼。そして「ざまーみろ」と少年の様に無邪気な声がその勝敗を示していた。


 殆ど引き分けに近い決着。だがこの技の応酬は声の主、アイザックさんに軍配が上がったのだと理解した。

 主人は敗北した。それでも笑っていた。それもまた、公園で遊んでいる子供の様な表情。作られたかのように整ったものではない。ただ、それすらも忘れてしまっているような……そういう顔。


 それは自分がたどり着けていないもの。自分が目標にしていたものだった。その表情を引き出せる彼が、彼女と同じ舞台に立った彼が……羨ましかった。


 でもその感情は脇に置いておかなければならない。彼女の術は敗れた。両者ともに疲弊している。彼女はまだ余裕を残しているとはいえ、それでもまだ戦うべき相手は残っているのだから。


「『力強くあれアームズ』、『疾風の如くバーニア』」


 自分が使える数少ない魔術。そのうちから二つ、いち早く彼女の元へたどり着くために選択した。人間を超えた力が自身に付与される。大地を蹴り、ただ一直線に彼女の落下点へ。

 だが、その思惑を読んだ何者かが、行く手を阻んだ。自分の顔面に向かって繰り出される蹴りを無防備に受け取った。痛みはない。だけど、足を止められた。


「よっぽど自分の主人にしか目が行っていないみたいね」


 ツンケンとしたとげのある言葉。その声を覚えている。前日、自分が誘いを蹴った者。この異世界で会った、たった一人の同属。ミラ・バトラー。整っていた口調はもう見る影もない。僕相手には隠す必要もないと判断したらしい。

 さっきの彼女の動きは日本人離れしていた。おそらく魔法で何かしらの付与が行われている。警戒しながら対処しなければならない。


「……退いて」

「嫌よ。昨日、私がなんていったか忘れた? 後悔させてやるって言ったの。主人への加勢をそう簡単に許すと思う?」


 いやらしく、狡猾な表情だ。それは彼女の宣言通りの行動だった。戦略的な意味でも、嫌がらせの意味でも、ここで僕を自由にさせないのは当たり前だった。


「まあ、言っても聞いてくれないだろうなとは思っていたけど……」

「当然でしょ。アンタ本当に交渉する気あるのって感じ。メリットデメリットの換算が致命的に下手ね」

「素直に生きているだけだよ」

「そう、生きづらそうね」


 彼女は懐から短剣を引き抜く。アイスピックの様に細く、鋭く扱いやすそうなそれは彼女の殺意がこもった一品だ。その切っ先が僕へ向いた。これ以上話すことはない、そう言っている様にも思えた。


「『戦闘人形バトル・ドール』」


 彼女が魔法を唱える。聞いた事もない魔法。何が起こるか想像することは難しい。「力強くあれアームズ」を追加でもう一度唱え、彼女の動きに備える。ここで彼女を倒さなければミツレさんの応援には行けないことはほぼ確定した。ならば力づくで押し通るまで。


「馬鹿の一つ覚えね」

「勝手に言ってろ!」


 お互いが距離を縮め、僕の拳と彼女の武器が交差する。目に彼女の武器が的確に命中。僕の拳は、紙一重で交わされた。メイド服が無ければここで決着がついている。


「ほんとムカつくほどにいい固有能力アビリティね。アンタにもったいないぐらい」

「ああ、僕の主人からの贈り物なんだから当然だよっ!」


 捨て身で彼女に拳を打ち付ける。彼女はことごくそれを躱し、的確に心臓や首筋、鳩尾と言った急所を突いて来た。メイド服が熱く、黒いシミを作っていく。

 ミツレさんの元へたどり着かなければならない状況。その中でじわじわと追い詰める持久戦の展開。それは最も回避すべきことだ。それを理解した上での行動なのだろう。

 僕はそれをいち早く打破しなければならない。

 だが、どうやって……?


「そこッ!」


 思考の狭間、エマさんの蹴りが胴体を打った。重心をずらされ、尻餅をつく。そこから更に蹴り飛ばされ、地面を転がった。体制を立て直す間もなく停止した所でミラさんが馬乗りになって僕の動きを止めた。首筋に切っ先が当たる。そして、躊躇なく突き刺す。メイド服が機能を発揮し、その進行は阻害されているが、いつまでも持つわけじゃない。


「伊達に、この世界での生活が長い訳では無いの。貴方みたいにいつまでも素人じゃない」

「…………」

「このままここで縛られてなさい。貴方の主人はエリオット様が仕留める。それを悔しがりながら見ていると良いわ」


 エリオットさんが彼女のもとに向かっている? 状況を考えれば当然あり得た。

 疲弊した二人の宿敵、それをまとめて一掃することができる。そうなれば残るは……。力の差がある風属性。

その状況だけは回避しなくてはならない。


「離せ……!」

「私は『はいそうですか』なんて言わないわよ」

「なら結局、殴り合うしかないって訳だ」


 ミラさんが慌てて振り返る。そこにいたのは褐色の肌に赤い髪。過度な露出のメイド服。エマ・トンプソン。彼女が既に拳を振り下ろしていた。

 それを慌てて避けるミラさん。唐突過ぎて動く暇もなかった自分。拳は当然のことながら、僕の胴体に直撃した。


っったい!? いや、痛くないけど。いきなり何するんですか」

「ああ、殴った。敵同士なんだから、別にいいだろ」

「良くな……いや、良いのか」


 混乱する頭を整理し切れていない自分はそんなトンチンカンな会話をしてしまう。


「トンプソン、何であんたがここに来たの。貴方の主人はあっちよ」


 ミラさんが空中を指差し、僕らはそっちを向いた。そこでまだ僕らの主人が戦闘を繰り広げていた。規模こそ先程よりも落ち着いているがまだまだ激戦だ。

 そこの光景に安堵する。まだミツレさんは健在そして、エリオットさんも合流していない。……ということは風属性の代表に時間を割いているのだろう。


「そうだな。助けに行くべきだとは思うが、それはもうちょっと後だ。今はまだ、ザックが意地を張る時間。一人でやらなきゃ意味がない。お前の主人が出張って来るなら話は別だけどな」

「……非効率じゃない。声をかけるのも、馬鹿みたい」

「ああ、だろうな」

「分かってるのに、どうして」


 苛立ちを抑えきれないミラさん。声も視線もとげとげしい。エマさんはそれを気にも留めなかった。


「それは気に食わないからだ。シオンを倒すのはこのアタシだ。お前になんてくれてやるものか」


 その意思表示には全くもって理屈なんて存在しない。効率なんて求めていない。ただ、自分にとってしたい事を突き詰めていった宣言。あまりにも真っすぐで彼女らしい。


「……そう。貴方のそう言う所、好きになれない」

「奇遇だな。アタシもお前の変な所にこだわる所、好きじゃないぜ」

「お互い様ってことね。良いわ、かかってきなさい。その腹立たしい思想、まとめて打ち砕いてあげる」

「望むところだね。行くぞ、シオン!」

「え?」

「何ボケッとしてるんだよ。お前も一緒に戦うぞ」

「いや、何で自然と共闘することになってるんですか?」

「そりゃあお前「まとめてかかってこい」って言われたんだからそうだろうよ。それとも一人で勝てる自信はあるのか?」

「それは……無いですけどッ!?」


 話している途中に割り込むようにして攻撃。それを半歩下がって回避した。


「チッ……躱さないでよ」

「話している途中に攻撃するとか、アンタ絶対プリキュアの変身中に攻撃するタイプの敵かよ!?」

「当たり前じゃない。私、攻撃が来ると分かってて待つ阿呆じゃないの」


 シレっと冷淡な顔つきでミラさんはそう言った。相手はもとよりそのつもりのようだ。


「エマさん、分かりました。暫定ではありますがコンビということで」

「おしっ! 流石シオン。話が分かる。じゃあ、行くぞ!」


 その声に合わせて、二人同時に『力強くあれアームズ』を唱える。僕ら肉体戦闘を主流にする者の生命線。発動を確認してミラさんに飛びかかる。

 役割は打ち合わせしなくても決まり切っている。僕が盾でエマさんが矛。可能な限り隙を産みだし、彼女につなげる。


 懐に飛び込み、鋭く打ち出した右拳。それをミツレさんは回避する。そしてすれ違いざまのカウンター。短剣で僕の首筋を傷つけた。そのまま僕の後ろにいたエマさんに向かう。

 彼女には僕と打って変わって、手数で勝負する。一息で何度剣が振るわれたのか素人目では判別ができない。だがそれをエマさんは片手でいなす。逆にカウンターを入れようと鳩尾に拳を振るう。それは完全に虚を突いた。が、それも不発に終わる。ミラさんは身体を捻り、またしても紙一重で交わしてしまう。

 この動き、反応速度、回避に関してはエマさんすら凌駕している。

 ミラさんは大地を蹴り、スケート選手の様に体をスピンさせてから着地した。


「成程、『戦闘人形マリオネッタ』か。小賢しい」

「エマさん、確かに使ってましたけど何なんですか?」

「ん? そうか知らないのか。まあ、使い手が少ないからな」


 バリバリと頭をかいて、解説を始める。その間にも敵から目を話すことはない。


「あれは戦闘補助の無属性魔法だ。回避、攻撃、身の運び方、その全てを任意で魔法に任せることができる。それでいて、最適化される。常に理想の回避、理想の攻撃をし続ける」

「そういうこと。貴方たちのスタイルはもう既に対策済み。ここを通る事はできないと思いなさい」

「ほう、言うね。なら、これはどうだ?」


 自信満々に言うミラさんに対抗してか、エマさんは魔法を唱え始めた。


力強くあれアームズ

疾風の如くバーニア

風の刃スプリット』」


 その三つの魔法の組み合わせによって生まれる複合魔法。それは僕がかつて彼女と戦った時に出した切札。風の刃が彼女の拳に収束し、強化する。


「『我が拳に貫けぬ物なしグングニル』ッ!」

「成程、規模で勝負ってことね。無駄だと思うけれど」

「言ってろ、行くぞ、シオン」


 僕は頷いて、駆け出すエマさんの後を追う。懐に踏み込んだエマさんが二度拳を振るう。さっきよりも攻撃範囲が広がっているが、それでもミラさんにはあと一歩届かない。

 さっきミラさんは「貴方たちのスタイルはもう既に対策済み」と言っていた。公衆の前で戦ったことがある僕たちはそのスタイルを観察することを許してしまっている。それ故に彼女はああして避けることができる。

 僕も続いて背後に回って攻撃をするが、暖簾に腕を通している、と言うのがふさわしいれべるだった。その一連の攻撃をかわされたタイミングでの反撃。それを後ろに下がって回避。もう一度距離を取った。


「くっそ……まるで手ごたえがねぇ」

「ええ、きりがないですね」


 何とかしなければ、僕の主人だっていつまでも持つわけじゃない。一刻も早く彼女を打倒しなければならない。人数、及び攻撃規模の拡大は駄目。これまでの攻撃パターンは彼女によって対策されていている。

 そうなるとその予測パターンを何とかして逸脱しなければならない。意識すべきはゲームで言う所バグチェックみたいな行動をとることだけど……。思考を巡らせ、一つ閃いた事があった。


「エマさん」

「何だよ」

「一つ、策を思いつきました。あの魔法を突破する方法。その上でお願いがあります」

「なんだ、言ってみな」


 彼女に促されて耳元に近づいて囁く。


「僕の事、思いっきり殴り飛ばしてくれませんか」

「お前……戦闘中にドMに目覚めるなよ」

「いや、そうじゃ無い!」

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