第17話
「ハハハッ、成程。面白いことを考え付くな! やってみるか」
内容を訂正し、これから実行する策を提案し終える。了承したエマさんは僕の頭をワシャワシャとかき混ぜた。
改めて状況を整理する。まずは目的。
僕らを妨害するミラさんの目的は、僕ら二人を主人の応援に行かせないこと。かつ、時間稼ぎだ。彼女の主人が止めを刺す邪魔をさせたくない。
逆に僕らの目的は主人のもとにたどり着くことだ。疲弊した主人の為に一刻も早く応援に行く必要があった。
次に、そのために取っている手段。
僕らは力業でミラさんの妨害を跳ね除けようと肉弾戦を仕掛けている。
対するミラさんは僕らの攻撃を紙一重で躱し、攻撃する補助魔法『
僕らの基本的な戦闘パターンは対策されている現状、今のままでは目的を達成することができない。
最後に今この瞬間から行う策。その結果。それについては実際に実行して、試すしかない。
「作戦会議は終わった? どうやらそこの阿呆が訳の分からないことを言ったみたいだけど」
傍観していたミラさんがそう言った。彼女にとって話し合いを妨害する必要はもうないらしい。先にも述べた通り、彼女の目的は時間稼ぎであり、僕らの目的の阻害だ。こっちが勝手に時間をかけてくれるのは彼女にとって、むしろ望むところだろう。
「ああ、実に愉快な策だった」
「へぇ、それは楽しみ。でも私の『
自身に溢れた言葉。彼女はあの魔法に自信を持っている。だからこそ彼女は僕ら二人をまとめて相手を買って出た。それにこそ、付け入るスキがある。
「どうかな? やってみないと分からないぜ。なあ、シオン」
「分からないからやってみるって感じですけどね」
「おいおい、随分とネガティブだな。まあいい。行くぞ!」
二人揃って構えを取る。息を吸って、言葉に力を込めて魔法を口にした。使うのは自身の速度を増加させる魔法『
「速度を上げても一緒。私に攻撃は届かない」
「ああ、そうだろうね」
僕はミラさんの言葉を肯定する。そうだ、彼女に攻撃は届かない。反応できるなんて関係ない。肉体が動けるのなら、意思を越えて行動できる。無意味に終る。故に、僕らは攻撃しない。
「だから、逃げることにした。敵わないからね!」
「なッ!?」
ミラさんを挑発するように、悪戯っ子みたいに笑って背中を向けて走り出した。ここが以前の世界だったなら、金メダルだって余裕で奪い去れるスピードで。
攻撃してくると思い込んでいた彼女は一歩対処が遅れた。その一歩はこの世界において致命的。一気に距離を開けた。
彼女はスピードに魔法を使っていない。それ故に自分が追っかけられる側になると遅れを取る事は確実だった。
「『
後ろの彼女も魔法を使い、これ以上離されないよう縋りつく。ミラさんの目的は時間稼ぎであり、僕らの行動を彼女の目の前で固定すること。そうするためには追っかけるのは当然の行為だ。
作戦は続ける。この段階になって僕らは更に速度を上げる。『
僕はこれで三回目の効果、対するミラさんは一回。
異世界人であるエマさんはともかく、ミラさんは僕と同じ日本人。加えて男女の差がある。この二回の差は明らかだ。
より差は開く。異変に気が付いたミラさんは遅れながらもう一度、二度と追加で重ね掛け。更に速度を上げていく。下準備はこれで完了だ。
ここまでは計算通り。ここから先はギャンブルだ。パターンを越え、彼女を打倒するべく動く。最高速度は自動車並みに動いている自分。その体を、スライディングの要領で地面に擦り付けた。
でも、自分に限っては例外だ。僕の体は傷つくことはない。
地面に爪先で楔を打ち削りながらの急停止。勢いを利用してそのまま立ち上がる。その後ろにはエマさんが回り込み、拳を構えていた。
彼女は僕とは違う。ジェット噴射の様に風を放つことによって停止した。
この場で一気に減速することができないのは、僕と同じく魔法の素養がほぼないであろうミラさんただ一人。減速も、方向転換もこのスピードでは不可能だ。
彼女の魔法は肉体的にできる事をやっているに過ぎない。意思や反射は超越できても、肉体はどうしようもないのだ。
そんな状況で、銃弾でも飛んできようものなら彼女は避けられるだろうか。
「エマさん!」
「おうよ、景気よくぶっ飛びなッ!」
背後にはエマさんが『
これは他の人間ではたどり着けない。パターンを越えた攻撃。
人間砲台、さっきアイザックさんがやって見せた物の応用。
他の人間がやればみじん切りになるリスクがあるが、僕には関係がない。
ライフル弾の如く螺旋回転しながら高速でミラさんに向かう。風も、回転による酔いも、僕は受け付けなかった。敵の姿を、ちゃんと補足できている。
反応できていない。否、反応する手段がない。僕の攻撃を避ける手段はある。ただそれは、自分の体にダメージを負わせることが前提となる。事故直前の車から飛び降りるような行為だ。
それに、彼女の魔法は自身を傷付けるようにはできていない。本当に戦闘に特化するなら、攻撃を喰らってでも攻撃する場面があったはずだ。
でもそれが見られなかった。彼女にあの魔法を教えた人は何より、その体が傷つくことを嫌がったのだろう。僕の主人と同じように。
「っ!?」
ミラさんは当然攻撃に気が付いていた。だが、体が自動的に動いていない。自動で、理想的に避けられるタイミングはとうに過ぎ去っている。
僕は空気の抵抗にあらがい、腕を広げて胴体へと叩き込む準備を終えた。
「
ミラさんは叫び、その体が動き出す。その動きは自分が先ほどやって見せた動き。地面に滑り込みでブレーキする手法。
その手段を彼女が予想を超えて選択したのだ。結果、僕のラリアットは空振りし、彼女は僕と地面の間に滑り込む。
重力加速度に従って落下した僕は顔面から着地する。勢いのまま縦に転がって停止する。生身だったらたぶん複雑骨折どころじゃすまない着地の仕方だった。痛くないとはいえ、めちゃくちゃ怖い。トラウマものだ。もう二度とやりたくない。
でも、しょげている場合ではなかった。攻撃は直撃しなかったとなれば戦いはまだ終わっていない。すぐさま立ち上がって彼女が滑り込んだ方向を睨む。
視線の先に立ち上がることができないエマさんがいた。太ももの裏は痛々しく血に濡れていて、それを見るのは憚られた。
そんな彼女にエマさんは自分の拳を向けている。その周りを高速回転し続ける風の刃は健在だ。
「決着はついた。エマ、さっさと私を殺しなさい」
ミラさんは飄々とそう言って見せる。その態度はさっきからあまり変わっていないように見えた。本当だったら泣いても、わめいても、許されるような局面でも彼女はそのままなのだ。その在り方はきっと、元の彼女から変わってしまったものなのだろう。
「そうだな……楽にしてやるよ」
拳を振りかぶるミラさん。僕は彼女の肩に手を置いてそれを制止させる。
「シオン、何で邪魔するんだよ」
「ミラさんはもう動けない。止めを刺す必要はないでしょう」
「それは、そうかもしれないけどよ……」
「甘いね。いや、現代的な感覚を残していると言った方がいいかな。紫苑は」
彼女が初めて、僕の事を名前で呼んだ。他の人とは違う。完璧な発音は他にはない、懐かしさと安心感がある。やっぱり彼女は僕と同じルーツを持っているのだ。
「でも、その感性は遅かれ早かれ命取りになる。この世界ではね。見て来たでしょう? この世界での命の軽さを」
確かに見て来た。こっちでの初日に晒された命の危機。生身では持たない戦いの数々。刹那的とも言える倫理観。僕にはその全てが受け入れがたかった。
「でも、それでも僕はできる事なら人は殺したくない。殺されるところも……見たくないよ。それは貴方だって、そうだったでしょう」
「ええ、そうね。でも私はこっちに長く居過ぎた。もう元には戻れないよ」
噛みしめる様に言う。ミラさんはこの世界に適応し過ぎていた。一目見ただけで日本人だって発想が出ないぐらいに馴染んでいた。加えて、今の態度。危機を受け入れることに関して躊躇のなさ。それがまた彼女の言葉を裏付けている。
「その点、まだ紫苑はまだ戻れる。だから余計に私の提案を突っぱねたのが頭に来た。本当はここで叩きのめしてしまえれば良かったのだけれど、貴方が私に勝ったからそれも無し」
彼女はため息を付く。
「昨日聞いた事、やっぱり返事はいっしょ?」
「はい。僕にはまだ、やるべきことがある。途中で降りるのは嫌だ。これは、僕がきっちりと最後までやらなきゃいけないことだと思うから」
「そう……本当にお人好し。そんなんだから騙されるのよ」
一瞬、僕は以前彼女の主人が言っていたことを思い浮かべた。自分はミツレさんに騙されているという言葉だ。
でも、そうじゃ無かった。彼女が言いたかったことは現在進行形で進行していることだったのだ。
視線の端に赤く燃え上がる炎が写った。この地下の照明よりも一段と明るい光。まるで望遠鏡で拡大した太陽みたいな色み。その異質さに視線が誘導される。
その先に僕ら三人のご主人たちが集っていた。
展開された水の盾。それを蒸発させながら貫いた炎の剣。エリオット・ベイリーがアイザック・ターナーを仕留めた瞬間。時間稼ぎは終了していた。
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