第11話
自分達の戦いを終えて、僕達はさっきとは違う控室へと通された。初戦の前に通された部屋は人数の関係から広々としていたけれど、ここは何というか……そう以前いた場所のように言えば応接室の様な手狭さだった。
そんな場所にいたのは僕らだけではない。ほぼ同時に案内されていた二人に出くわした。戦闘を終えても一切の返り血すら見えたらない白のマント。歩くたびにゆらゆらと揺れる金髪。かつてミツレさんが優勝候補とも言っていたエリオット・ベイリー。そして、黒髪が印象的なミラと呼ばれていたメイドだ。
エリオットさんは手を上げて、ミラさんは軽く会釈をして僕らの存在を認知する。
「やはり、スカーレットも勝ち抜いたか」
「おかげさまでね。そちらもおめでとう、エリオット。君が勝ち抜くのは当然の結果だったろうね」
「ああ、予選で躓くようでは先が思いやられる。その点、君も余力がありそうで何より。おかげでオレの優勝にはケチが付かないで済みそうだ」
「当然だろう?」と問いかけるようにエリオットさんは頷いた。僕にはとてもできそうに無い振る舞い。自身の表れであり、その実力の裏返し。こんなに自信を持って過ごせたなら僕はどんなに楽だったか。そんな事は絶対にあり得ないけれど、つい考えてしまう。
「傲慢だね。そんな事を考えていると足元を掬われるよ。水と風はまだ決まっていないんだ。相性が悪い相手がピンポイントで出てくることもありうる」
「……そうですね。エリオット様は本当に詰めが甘い」
思わぬ援軍が入った。初めて会った時も、これまでも静観を決めていたもう一人のメイド、ミラさんが動いたのだ。
「先を見据えるのは結構。ですが、それは勝ってこそ。目の前のことを終えてからです」
「全くだな。俺を差し置いて勝ち抜いた時の話なんて、随分と偉くなったな、エリオット」
その声と同時に勢いよくドアが解放された。現れた二人組は僕が見知った顔。つい先日戦ったミラさんとその主人、アイザックさん。彼はエリオットさんを睨む。
「せいぜい格上気分でいるといい。俺はお前らを上から踏み潰してやる」
「こらこら、イラっと来たかもしれないけど、突っ走るなってザック! うちの主人がすいません~本当に」
親指を下に向けて挑発するアイザックさん、ぺこりと頭を下げフォローに回るミラさん。初めて会った時と何ら変わらない空気感だった。
「へぇ、まさか君が勝ち抜くとは思わなかったよ、アイザック」
「まさかとは何だ、まさかとは!」
「何だって……そのままの意味だけれど?」
「意味を聞いたんじゃない! くそっ! お前はいつもそうやって俺をおちょくりやがって……」
苛立ちを隠そうともしないアイザックさんはバリバリと頭をかく。それを僕の主人はにやにやと笑ってみている。僕の主人はいちいち喧嘩を売らないと気が済まないのだろうか……。少し心配になる。
その様を苦笑いで見ていたエマさんがこちらに近づいて来た。軽く振られた手に僕は応え、振り返す。
「無事勝ち抜いたみたいじゃないか、シオン。めでたいね。これで、お前をぶん殴る権利は逃さなくて済みそうだ」
「いや、エマさんが持ってるのは僕に悪戯する権利ですから。曲解しないでください」
「似たようなもんだろ」
「違いますよ……」
悪戯感覚で殴られては困る。そんな事されたら流石にミツレさんも怒……いや、笑いそうだな。そんな所を想像したくはないけれど。
「そーやって細かいことを気にしてんと可愛い顔にシワできちゃうぞ。シオン」
「別にいいですよ」
「良いってことはないだろう。シオン君。君の可愛い顔にシワを付けたら、私が君の親御さんに叱られるかもしれない」
面白半分にミツレさんが会話に混ざって来た。かき回すだけかき回しておいてアイザックさんをエリオットさんに押し付けて来たようだった。
「別に僕に傷つけたって両親は気にも留めませんよ」
「そんな寂しいことを言わないで欲しいな。少なくとも今君は私の大切なメイドなんだから」
「それ敵の攻撃から自分だけ逃げた人の台詞じゃないですよね?」
「あれは戦略的な事情で仕方がなかったんだ。許しておくれ」
「せめて事前に話して欲しかったですね」
まあ確かにあれは戦略的に間違っている訳では無かったけれど、僕だって人間だ。あのような扱いは不服である。そのときの気分を露骨に出す為に彼女からそっぽを向いて見せた。
「悪かったよシオン君。謝るよ」
「言葉よりも態度で示して欲しいですね」
「それはごもっともだね。そうだね。君を送り届けるときは高価な馬車で、優雅に観光でもしながらにしよう。約束しようじゃないか」
ミツレさんは早口でそう言った。彼女の家には馬車なんて無かった。買ってでも何でもする用意をするということだ。それは倹約化でストイックな彼女からすればあまり考えられない。
でも、まあ僕の故郷にはどれだけ陸続きに行っても変えれそうには無いが、彼女なりの必死さの様なものが伝わって来る。引きずったってしょうがないので、ここらへんで手打ちにしよう。
「別にそこまでしなくても良いですって。分かりました。許しますよ」
「さっすがシオン君。話が分かるね」
「そこまで態度が変わると腹が立ってきますね」
「そんな」と嘆き、背中にすがる彼女を鬱陶しく思っていると、また出口が開いて、三人の人物が入って来る。一人は学園長さん、そして残りは勝ち抜いた学生と思われる人達だ。
彼らの身にまとう服は所々破れたり、返り血が付いていたりして生々しい。戦いは熾烈を極めた、と言った感じだろうか。よろよろとしている彼らは、すがるように用意されていた椅子に座り込む。僕らを見る余裕もない。
学園長さんはそれを見届けてから、僕らに向き合った。
「君達が勝ち抜いたそれぞれの属性代表だ。おめでとう。これで最後の戦いに挑む資格を得た訳じゃな」
髭を撫でつつ、彼は僕達を
それ故に、大げさな気がしてしまう。
「じゃあ学園長、早速戦いを始めるんですか?」
「いや、今日はここまでじゃ。お互いに付かれているじゃろう」
噛みつくように問いかけたアイザックさんを落ち着かせるように学園長さんは言う。その返答にホッとする。あの戦いの後、まだ気持ちの整理ができていなかった。
「ここは一旦休息じゃな。出力不足で儀式失敗なんてことになったら目も当てられないからの」
こほんと咳ばらいをして、それから杖を振るった。光の粒子が空中に散布され、ぐったりとしていた風属性の代表に降り注いでいく。そして、みるみると傷が塞がり顔色も元通りだ。
「あれが、深淵の力……」
隣のエマさんが魅入られた様に言う。驚いていたのは僕だけではない。他の参加者もかけられた本人でさえ、なにが起こったのか認識できていなかった。
魔法で解決できないものを、解決する。その力がこの戦いの先で手に入る。そう言ったデモンストレーションをされているみたいだった。
「ささやかながら祝いの席も用意している。早速じゃが、パーティーに繰り出して貰おうかの」
あっけに取られていた僕らに声をかけて、話を戻す。学園長がもう一度杖を振るうと勝ち抜いた四人の魔法使いたちはドレスとタキシードへ切り替わる。
その原理は炎だとか風だとか、土でも水でも説明が付かない何かで行われているに違いないと思わざるを得ない。
学園長さんが指を鳴らす。するとさっき入って来たドアが自動で解放された。でも、出口が異なっている。廊下ではなく、キラキラと輝く舞踏会、その会場だった。
『さて、諸君。本日の主役。勝ち抜いた四人の戦士、登場じゃ!』
会場に響く学園長の合図。それに合わせて僕らは足を踏み入れた。姿を見せた途端に歓声が沸き上がる。その中を通り壇上に上がっていく。
グラスを渡されて乾杯の音頭を受け、会食が始まった。
予選を勝ち抜いた魔法使いたちは常に人に囲まれていて、それはミツレさんも例外ではない。戦闘用の物ではなく、パーティー用のドレスに着替えた彼女は、他の誰よりも目を引く存在だった。特に目立つ緋色の髪を靡かせ歩くだけで誰かが寄って来る。それ故にあまり声をかけることができなかった。
遠目に眺めていると、後ろから手を引かれる。振り返って正体を確定させると、それは意外な人物だった。
「こんばんは。フヅキさん。お時間よろしいですか?」
「え? ああ、大丈夫ですけど。……ミラさんでしたよね」
「あら。私の名前を覚えて頂けているなんて……嬉しいですね」
彼女は口に手を添えて微笑んだ。どことなく品のあるその振る舞いが自分とは違ってちゃんとしたメイドなんだということを感じさせる。
「こうして話すのは初めてですね。私、ベイリー家のミラ・バトラーと申します」
「ご、ご丁寧にどうも。私はスカーレット家のシオン・フヅキです。よろしくお願いいたします」
彼女に合わせて頭を下げる。今思えば彼女は自分を知っているのだから改めて自己紹介をする必要はなかったかもしれない。でもそんな事は置いておく。それよりも大事なことがある。
「何か、私に用ですか?」
「用、まあそれほど
「ああ、成程」
確かに僕は今暇そうに見えるだろう。何をしていいのかよく分からず、ただただボーっとこの場を眺めていたのだから。彼女の言い分には納得がいく。
「それに、フヅキさんには前々から勝手に親近感を覚えていましたから」
「親近感?」
完璧な様に見える
「ええ、だって同じメイドで、黒髪で……意外と似ている所があるでしょう?」
彼女は自分の服と髪を指差し、僕と比べて見せる。まあ確かに共通点は多い。僕だってそれに着目していた。でも僕は男で彼女は女性だから、ちょっと複雑だ。
「そうですね。言われてみれば似てるかも」
「だから、故郷も近いかもしれないと思って」
彼女は怪しげに微笑み、そしてこう続けた。
「日本、って言うんですけど」
その言葉に僕は驚きを隠せなかった。一瞬時間が止まったかのように感じてしまう。今、日本って言ったのは間違いなかった。聞き間違いようのない。自分の故郷の名前。
それを認知し、勢いよく彼女の両肩を掴んだ。
「本当に言ってるの!?」
「文月さん、声が大きい。人目を引いてしまいます。お静かに」
「え? ああ……」
自分の口元に彼女の人差し指が押し付けられる。確かにそれはそうだ。僕達は主役ではない。ここで人目を引くのはまずい。いつだったかアイザックさんが言っていた様に、キッチリとした振る舞いしか許せない人間はこの場にもいる。
昂った気持ちが落ち着いて、彼女の両肩から手を離した。
「もっと隅で話しましょう。誰かに聞かれてまずい訳ではないとは思いますけれど、意味不明な会話は不快でしょうし」
僕は彼女の言葉に頷いて移動する。ここまで一切の情報が無かった自分の故郷の情報それがさらされたのだ。それでも、自分が落ち着けているというのが不思議だった。
「先程の答えですが、本当です。何ならいくつか質問をして頂いても構いませんよ」
彼女は胸に手を当てつつ、ウィンクをしてみせる。こういった茶目っ気のある仕草をしてくるのは意外だ。
疑っている訳じゃない。僕はこの世界で一度も故郷の名前は口にしていない。だから、そのような嘘を付ける訳がないのだ。それでも、一応確かめてみることにした。
日本における初代総理大臣。日本の都道府県の数とその中で出身の県。そして月の数。彼女はよどみなく答えて見せた。
「すっげぇ。本物の日本人だ……!」
「驚くと随分と荒っぽい口調なんですね」
「あっ、いけない……ですわね」
「誤魔化し方が強引すぎです。もう少し何か考えた方がよろしいかと。でもまあ、これで私が日本人である証明はできたでしょう」
「ええ、まあ」
彼女の身分は疑いようもない。さっきした質問。そして、これまで感じていた微妙な親近感も同じルーツを持っていると言うのであれば、納得のいく話だ。
しかし、彼女が身分をここで明かした意味を見いだせない。黙っているメリットをもなければ、逆に言うメリットもないだろう。いや、彼女がこれから切り出してくる要件によっては覆るかもしれない。
この訳の分からない状況下、敵である彼女の思うように物事を進めさせるのは望ましくないだろう。それは交渉事の素人である僕でも分かる。いつも以上に冷静に物事を見決めなければならない。
だから、一度息を吐いて、さらに気持ちを落ち着かせた。
「でも、それが何の意味があるって言うんですか。私達はこれから戦う間柄です。それに変わりはないはず」
「ええ、そうですね。間違いありません。しかし、私だって人の子です。できる事なら、同じ故郷を持つあなたを傷つけるようなことはしたくありません」
それは僕にもある倫理観だ。むやみに人を傷つけてはならない。それは僕がいた社会では当たり前のことだった。彼女もそのような感覚を未だに持っている。
「だから、明日の本戦、戦うことになったら手を抜いて頂けませんか?」
「何を言い出すかと思えば……」
「勿論タダでとはいいませんよ。シオンさんの安全の保障。加えて日本に戻る方法を見つける協力関係を結びましょう」
呆れた風に見せた僕を引き留めるように彼女は条件を付けくわえる。僕は思わず息を呑んだ。
「おそらくですが、貴方はスカーレット様にはまだ自分の故郷の話をしていないでしょう。でなければ『馬車で送り届ける』なんて言うはずもないですからね」
ぴたりと言い当てられる。あの会話でそこまで見抜いたからこそ、彼女はここで交渉を仕掛けてきているのだ。本当に油断ならない。
「エリオット様は何年も前から日本へ向かう準備をしています。私が協力するための条件でしたからね。スカーレット家より早くその準備が整うのは明白でしょう」
それは間違いない。彼女の話が本当ならば、先に用意を始めた人間が有利なのは自明の理。そこにほころびは見られなかった。
「しかし、その準備は私達が敗北し、命を落とした、ともなれば白紙になります。逆に私たちが勝ち抜けば、貴方を元の場所に返すだけの用意がある。悪い話ではないでしょう?」
彼女は僕に問いかける。勿論悪い話ではない。僕にとってこの世界は恐ろしい程に刹那的で、殺伐としている。帰れることなら早めに帰った方が『いのちだいじに』という作戦方針なら間違ってはいない。
だが、それは……ミツレさんへの裏切りを意味している。右も左も分からなかったとき、初めて助けてくれた彼女を裏切るかどうか。
その決断を僕は、ここでしなければならなくなった。
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