第10話

「さて、シオン君。もう緊張は解けているかな? まあ解けていなくても、戦ってもらうしかない訳だけれど」

「そうですね。完璧に解けた訳じゃないですけど、さっきよりはマシですよ」

「それは良かった」


 控室に戻って来た僕らの最初の会話だった。ここに残っている人はまばらで、もうアリーナへ移動し始めていることが分かる。本番まではもう秒読みなのだ。


「でも戦いが始まる前に一つ、君には言っておかなければならないことがある」

「どんなことですか。スカートが捲れたまま廊下を歩いていたとかですか?」

「それだったら私は放置しているよ」


 彼女は淡々と僕の冗談を受け流して、より最低な答えを導出した。それに若干引く。


「そうじゃ無くて真面目な話さ。自分で言うのもなんだけれど、私たちは優勝候補だ。徹底的なマークに合うだろう」

「学園長さんの弟子ともなると大変ですね」

「何他人事みたいに言っているのかな。君だってその弟子のメイドだ。他人事じゃないぞ。開始早々、袋叩きに合ってもおかしくない」

「……そうでした」


 想像しただけでぞっとする。自分よりも力を持った魔法使いたちが狙ってくるという事実は認めがたい。でも想定していなかったじゃ済まされない。


「まあ、エマさんみたいな大規模な魔法を使える人間は早々いないさ。あれだって規模的には中級魔法、君の防御力を貫通する段階には程遠い」

「あれで、中級なんですか……?」

「その上の段階、上級は山一つ消し飛ばす規模。言った事無かったっけ?」


 そう言われていつしかの会話を思い出す。確か、彼女が初めてメイド服を着せて来た時にそんな話をされた気がする。僕のメイド服は上級魔法までは無傷で耐える力があるのだ。


「だから安心しろ、とは言わないけど、もう少し肩の力を抜いたって問題ないさ」

「……はい」

「良し、じゃあ行こうか。流石に待たせすぎるのはまずい」


 ふと周りを見るともうこの控室に残っているのは僕たちぐらいで、いよいよ戦いが始まるのだと実感できた。彼女の後ろに続いてアリーナに入る。ここに来るのは二度目だけれど、この前の一対一の状況じゃない。

 満員電車程ではないにしろ、多くの人がこの場に集まっている。その視線が僕たちの方を見ていた。注目度が高いのはミツレさんの言っていた通りだ。


『えー、全員そろったようなので今回のルールを説明させていただきます』


 僕らが完全に足を踏み入れた所でアナウンスが聞こえた。これも学園長さんがやっていたような魔法で拡散しているのだろう。

 内容は今回の予選のルール説明だった。簡単にまとめてしまえば以下の三点だ。


 一つ、この予選は最後の一人になるまでの乱闘、バトルロワイアル

 二つ、行動不能、または場外になったら失格(行動不能は審判が判断、死亡した場合も含む)

 三つ、武器と魔法の使用は無制限


 このルールには殆ど縛りが無い。いつだったかアイザックさんが言っていた様に殺しもあり、手を組むことも問題は無いわけだ。

 最も、注目度の高い僕達はその有利性を生かし切ることはない。勝ち抜けるのは一組。僕ら以外が勝ち抜くためには僕らを倒さなければならない。

 手を組み、数が減ってからよりも数が減っていないうちに僕らを相手取る方がましだろう。ミツレさんの言っていた通りの展開になり────いや、でもルールを説明される前に何で展開を予想できるんだ? 早押しクイズとかだったらどうするつもりだったんだろうか。まあ、そうは絶対にならないだろうけれど。


『……以上になります。カウントダウンと同時に始めます』


 アナウンスが淡々と説明を終える。五から始まった数字が等間隔で消えていく。


「準備はできたかな?」

「腹は括りました」

「上出来だよ」


 隣のミツレさんがジャケットの内ポケットからペンを取り出してくるくる回す。瞬く間にそれは一振りの杖へと姿を変えた。軽く振るうと視線を正面へと向けた。

 カウントがゼロになると同時に、アリーナに怒号が響く。彼らの杖が輝いているのを見て、それが詠唱であることを理解した。

 大地にひびが入り、針の様に変化し迫る。岩の弾丸が僕らに向かう。この危機的な状況の中僕の主人は冷静に杖を振る。


『飛翔せよ《フライ》』


 魔法を掛け、空を駆ける。彼女へと向かっていた攻撃は空をきり、。迎撃すると思っていた僕は当然、避ける準備をしていなくて……。


「え? いやちょっ……! 痛い痛い痛いぃ!!」


 直撃。弾丸や槍の雨霰に打たれ続ける。痛みはないけれど思わず叫んでしまう。土埃が舞う中でも視力を失わない僕は空中でにやにやと見下ろす。


「やったか!?」

「まだだ! 息がある! 畳みかけろ!」


 叫びながら飛び込んでくる魔法使いたち。彼らの手には立派な剣や斧が握られていたりして僕の神経が危機を知らせる。ゾワゾワとする感覚に従ってその場から全力で駆け、逃げた。そして空中の彼女を睨む。

 空の上の彼女にも攻撃が向かっていない訳じゃない。けれど、届いていない。あのエリアは彼女と同じ様に空を飛ばない限り安全地帯なのだ。


「ちょっとミツレさん!? 助けてくれてもいいじゃないですか!」

「悪いねシオン君。この魔法、一人用なんだ」

「くっそぉ!」


 その台詞をこんな所で聞くとは思っていなかった。天然でジャイアン思考かよ。まあダメージを受けない僕を置いて行くのは理にかなっているけど、もっとこう……人の気持ちとして最低限というか、倫理観ってものがあるだろう。


「まあ、シオン君はその調子で時間を稼いでおくれ。決着は私がつけるからさ」


 ジャケットの内側からコルクで封をされた試験管を取り出す。中身は遠くてよく分からなかったけれど、その場で封を開けて空中にぶちまける。キラキラとした砂の様なそれはいつか旅行先で見たダイヤモンドダストみたいだった。


「我が僕よ《サーバント》、『増殖せよ《インクリース》』『増大せよ《ヒュージ》』『その姿を槍となせ《チェンジ・スピア》』」


 三節の詠唱で彼女がばら撒いた者たちは姿を変えていく。一つで砂粒の量は増し、二つ目で大きさを増し、天を覆う。そして最後の一つの詠唱を終えるとその全てが宝石の槍へと姿を変えた。漂うそれらは数えることはできない。砂場の砂粒の数を数えるような物だ。


「──複合魔法。『降り注げ、必殺のゲイ・ボルグ』」


 一つ一つの質量が、鋭さがどのような物なのかは分からない。ただ、直撃したらただでは済まないことは直感的に理解できた。

 彼女の異名を思い出す。『宝石姫』。宝石に囲まれる緋色の髪がただひたすらに綺麗で、戦いの中の景色ではないと錯覚してしまう。きっと魔術が、彼女自身が、そう呼ばせるのだ。


「さて、諸君。私は殺生が嫌いでね。生き永らえる気があるのならさっさと場外に出るといい」


 彼女の声がやけに通った。さっきまでの怒号はどこに行ったのやら、周りの人間はただあっけに取られている。

 そんな彼らに嫌気が差したのか、ミツレさんはため息を付くとパンパンと手を叩いた。「チャンスを上げてるんだ。さっさとしなよ」と急かす。


 その仕草が短距離走のピストルの役割を担い、まず主人を置いてメイドたちが悲鳴を上げ、駆け始める。その後を追う主人たちの足跡が大地を揺らしていた。

 彼女はその様を興味なさげに見ている。まるでアリを踏み潰す前の子供みたいな眼だ。普段彼女の見せる温かみは一切感じない。

 避難を待ち、もう逃げる人間がいないことを確認したうえで彼女は杖を振るう。


「行け」


 その言葉と同時に宝石の雨が降る。迎え撃つは岩の壁だ。この場に残った魔法使いたちが必死になって用意した防御壁。それにすがる様に彼らは背中を預けた。

 でもそんなものが役に立つことは無い。鋭さと圧倒的な質量によって厚い壁は貫かれる。そのたびに苦痛に歪む悲鳴が響く。

 当然僕もその中にいた。完璧な巻き沿いを喰らっている。けれど、僕は彼らと痛みを分かち合うことはできない。僕の体はそういうものでは無いのだ。少なくともメイド服を着ている限り。彼女はそれを踏まえてこんな大規模な攻撃を仕掛けている。


「悪いな、ちょっと失礼」


 背後からの声が聞こえ、声の主を見る間もなく後ろから羽交い締め、そのまま僕を頭に担いだ。


「なっ、離せ!?」

「嫌だね。お前にはどうせ攻撃が効かないんだろう? だったらちょっと盾になってくれてもいいじゃないか」


 男は僕を掴む力を強くする。非力な自分では拘束から抜け出すことはできずに宝石の槍が直撃する。


「ぐっ……!」

「やっぱりな。岩で防御するよりお前さんの方がよっぽどいい」


 男は僕を掴んだまま移動し反撃のチャンスをうかがう。宝石の槍が尽きた後、僕を頭の上からどかして空中から降りて来たミツレさんを睨む。


「いきなり上級魔法を使ってくるとは流石は『宝石姫』だ。油断ならない」

「光栄だね。でも、卑劣さでは君には負けるさ。まさか私のメイドを盾に使うとはね」

「こっちも必死なのさ。この戦いに勝たなければならないからね」


 男は地面に置いていた杖を拾い上げて彼女と相対する。僕から離れて彼女から目を離そうとはしない。張りつめた空気がこの場を支配している。


「私のメイドを人質に取らなくていいのかい?」

「いや、人質を取っても傷一つ追わせられないとなればむしろ邪魔だろう」

「冷静だね。私はそうしてくれるとありがったんだけれど……」


 ミツレさんは杖を握って、辺りに目配せをする。辺りに突き刺さっていた宝石の槍たちが再びふらふらと空中に浮かぶ。どうやらあの魔法は槍を作り降らせる魔法ではない。空中で操作できる槍を作る魔法なのだ。


「さて、実力差は示した。それでも戦うかい?」


 確認する様に彼女は問う。その問いに男は吹き出す。彼女の言葉にあり得ないと意義を唱えるようだった。僕からすればそれこそあり得ない。生き残れる可能性があるのなら、それにかけるべきだ。

 でも、彼はそうしない。もっと別の物の為に戦っている。


「笑わせるな。そのつもりなら最初に逃げている。それにそんな事をしたら俺のメイドに笑われてしまう」

「……そうだろうね。ではやろうか」

「ああ、来い」


 説得に失敗した彼女はため息をついて、切り替えた。

 男は杖を構えて無限にも思える宝石の槍に相対する。最初に動いたのは男だった。突き立てた杖から湧き出た力で大地が歪み、隆起し、彼女に迫った。だがその魔法は届かない。宝石の槍が行く手を阻んだのだ。浮き上がった大地に槍が降り注ぎ、氷のように砕かれる。


 その隠れていた彼は飛び出し、肉薄する。筋肉質の腕を振るった。鍛えた者の洗練された一撃。僕の物とは出来が違う。だが、それでも彼女へは届かない。一足先に槍が腕を射抜いている。慣性の法則に従って彼の腕は退けられた。


 だが、それでも彼は進もうとする。諦める気は微塵もない。そんな彼の両足には楔が撃たれた。痛みを訴える叫びに思わず目を覆いたくなる。

 そして、進めなくなった彼に彼女は一歩、一歩と近づく。


「この状況でも諦めないその姿勢、見事だ」

「そりゃ、ぁ……どうも」

「その姿勢に敬意を表して私の杖で止めを刺してやる」


 彼女の杖が大きくなる。初めて会った魔物への一撃を思い出す。杖の横なぎが彼の胴に衝突し、大きく吹き飛ばした。壁に衝突すると共に大きくブザーが鳴る。

 宝石に囲まれた大地には二人きり。もう他に残っている者はいなかった。


『土属性代表は……ミツレ・スカーレット&シオン・フヅキ』


 当初と同じようなアナウンス。それで僕たちが勝ち残った事を再確認する。僕は何もしていない。ただ、ミツレさんは圧倒的だったのだ。このことに異を唱える者はいないだろう。だから、より一層意識してしまうのだ。自分がここにいる意味とは何か。人数稼ぎという彼女の冗談が一番しっくり来てしまう。

 なんだか、この結果そのものが彼女に必要とされていないと言われているみたいだった。こんな考えは身勝手な物であるというのは分かり切っている。だが、それでも……それでも僕は彼女に必要だと思われている確証が欲しい。その願いは時間が過ぎる度に強くなっていくばかりだった。


 そんなこと、ありえるはずもないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る