第9話

 空に浮かぶ滴たちが光を地上に反射して、その一部がオレの家にも差し込んでくる。その灯りだけがこの部屋を照らしていた。あまり大っぴらに話す訳にはいかないから他の明かりはつけてない。

 オレ達ベイリー家は代々王国の懐刀として汚れ仕事を行う一族だ。国にとって障害となる輩を処分する役割を担っている。今回、メイドと打ち合わせることも仕事の一環だった。


 けれど、オレはまだまだ未熟の身。本来仕事が回ってくることはまずない。だけれど、今回は特例の中の特例として、数日前このオレにも仕事が回ってきていた。

 仕事の内容は『魔導学園』で執り行われている儀式『聖戦』を阻止すること。自身の所属が組織に所属し、儀式への参加資格も持っている。オレ以上にこの任務に相応しい人間はこの家には居ない。

 ここで成果を上げれば次期党首としての株を一気にあげることも難しくはないはずだ。何としても成功させたい。そのためにまずは儀式の核となる人間を見つけなければならなかった。


「ミラ、彼を見てどう思った?」

「彼というのは?」

「シオン・フヅキの事だ。変に勘くぐらなくてもいい」

「そう……ですね。黒に限りなく近いグレー、というのが第一印象でしょうか」


 シオン・フヅキ。学園最大のイベント『聖戦』、その直前になって現れた人物。

 入学して、すぐに彼女は『風拳』のトンプソンと一戦交えた。メイドの中では頭一つ抜けた戦闘能力を持っているトンプソン。だが、フヅキはそんな彼女相手に引き分けに持ち込んだ。おかげで学園での知名度は鰻上りだ。


「そうだな。彼が核だとしてもおかしくはない。それだけの材料はある。だが……目立ち過ぎだ。あれでは『私が犯人です』と言っているようなものだ」


 オレたちの様な存在がいることは儀式の計画側だって知っている。だから、フヅキシオンは本命を隠すためのデコイの様だ。だからミラは黒に限りなく近いグレーと言ったのだろう。

 だが……


「しかし、トンプソンとの戦闘の時に見せた耐久力。そして最後の一撃。あれは『器』と『変換機』で殆ど間違いないだろう」


『器』そして『変換機』。これらは『聖戦』で必須になるであろうアイテム。儀式の目的は学内にある遺跡への入り口をこじ開けること。

 あそこには結界が張られており、何人たりとも近づけなくなっている。その結界を強引にこじ開けるためには多くの魔力を貯蔵しておくの為の『器』。そして、その魔力を適した形へ変える『変換機』が必須となる。

 その片鱗となる力をは見せていた。


「ええ、そして彼女は恐らく日本人です。名前も肌も、髪色もその傾向があります。もっとも、魔法で偽装した囮の可能性は否定できませんが」

「ああ、それを踏まえて動かなければならないね。戦闘していたのは本物だが、日常生活をしているのは偽物ということも十分にありうる」


 相手がかけた保険に引っかかってしまえば、我々の敗北は必至。儀式を止めさせることは不可能になるだろう。だから事は慎重に運ばなければならない。


「これで『器』に『変換機』、そして『操る者』。儀式のピースは揃っていることが確定した。事前に防ぐというのはもう不可能だろうね」

「珍しく弱気ですね。何か悪い物でも出してしまったでしょうか?」

「いいや、それは大丈夫だ。ミラが出してくれる料理は最高さ。ただ、追い詰められているということを改めて見て、自分に発破をかけている」

「成程。それはエリオット様らしい」


 くすりとミラが笑う。あの心身共にやつれていた彼女が日常的に笑えるようになったというだけでどうにも感慨深い。


「だが、もう候補は絞れた。シオン・フヅキが核かどうかは分からないが、それに近い者であることは間違いない。引き続き、辛抱強く行こう」

「はい。畏まりました。エリオット様」


 ミラは返事をすると、スカートを軽く持ち上げて一礼して去っていく。重い扉が閉まる音がやけに耳に残った。

 聖戦まであと三日に迫っていた。


  ▼


 ミツレさんと僕が授業をボイコットし始めてから数日が経ち、久々に学校へ出向くことになった。いよいよ『聖戦』が始まろうとしていたのだ。手始めに開会式がアリーナで行われている。世界こそ違ってもこういう格式ばったものを省いたりはしないらしい。

 集まった生徒達は同じ制服に身を包み、先日までは見られなかった魔法使いらしい三角帽子が追加されていた。彼、彼女らも戦闘用へと変わっているのだと思う。

 ずらっと並んでいるその姿は圧巻で気圧されている自分がいて、少し情けない。


「こんなに多くの人と戦うんですか……」

「なに、そう固くなることはない。いっぺんに戦うのは四分の一ぐらいだ。属性ごとに分かれるからね」

「ああ、そっか」


 学園長に聞いた聖戦全体の流れを思い出す。まずは各属性の代表を決め、その代表者四人で戦うのだ。だから、この人数を一斉に相手取る事はない。

 学園長が大衆の前へと出て、壇上へ立つと杖を振る。魔法詠唱は遠すぎて聞こえなかった。瞬く間に水蒸気、炎、そして風が巻き起こる。目を覆った次の瞬間には空中に壇上の校長先生が拡大される。僕の居た世界で言えばスクリーンの様だった。

 そして、彼の咳払いが空気を大きく振るわせる。直前に魔法で声を広げているようだった。


『諸君、いよいよだ。我々の宿願を果たすときが来たのだ!』


 声高々に宣言する。この間呼び出されたとき同様に熱が籠っているのだと思う。この学園を上げての儀式。そのトップである彼が熱心であるのは当たり前だ。だけれど、何というか、戦争に行く人間の気持ちを煽るような演説、みたいな。僕からすれば異常な光景だった。

 演説が終わる。熱湯の様な激しさを持つ歓声と指笛の音が鼓膜を叩いた。その波に僕は取り残されていた。


 開会式を終えて、僕たちは大勢が押し寄せていたアリーナからいったん離れていた。自分達の戦いまではまだ時間があったのだ。当初は控室でじっと待っているつもりでいた。けれど、緊張で固くなっていた僕を見て、ミツレさんは散歩に繰り出そうと誘ったのだった。

 人通りが少ない廊下にカツカツと僕らの足音だけが響く。こういった場所にいた方が気持ちは楽だった。


「まさかシオン君があそこまで緊張するとはね」


 彼女はにやにやと笑いながら傷口に塩を塗り込んできた。前々からそうだったけれど、人を弄るときは本当に生き生きとしている。


「……あがり症なんですよ。大舞台には弱いんです」

「そうかな? この間のエマさんとの戦いでもそのような印象は受けなかったけれど」

「あれは、無我夢中でしたから」

「じゃあ今日は幾分か余裕があるんだね。いいことを聞いた。これは予選突破も楽勝かな」

「余計にプレッシャーをかけることを言わないで下さいよ……」


 背中を丸めてため息を付いた。本当に意地が悪い。こんな事ばかりしているから彼女の友達は少ないんじゃないんだろうか。僕以外にもアイザックさんなんかにも似たような態度を取っていたし、信頼度は高そうだ。

 なんて考えていた所で曲がり角に人影が見えた。もう少し進むとその正体が明らかになる。ウェーブのかかった白髪に手に持った立派な杖。そしてひときわ大きな三角帽子。似たような服装の人は数多くいるけれど、ここまで威厳のある人物は学園長さんしかいない。


「おっと、奇遇じゃの。ミツレ」

「あら、おじい様。こんにちは」


 僕は礼をするミツレさんに続いて「こんにちは」と頭を下げる。学園長先生は「うむ」頷き、杖を両手で持って立ち止まる。

 さっきの演説の様なエネルギッシュな姿はもうなく、落ち着いた雰囲気を醸し出している。初対面があの演説であったのなら、別人だと思ってしまうかもしれない。


「先程の演説、見事でしたよ。流石おじい様です」

「よせよせ、世辞はいい。お主に褒められると寒気がする」

「そんな……」

「わざとらしく落ち込んだ様に見せるな。わしが悪者みたいじゃろう」

「あら、ばれてしまいましたか」

「バレバレじゃ。何年面倒を見て来たと思っておる」


 冗談を交換し合って二人は笑う。師弟関係の長い付き合いというのもあるだろうが、彼女とここまで打ち解けている人もなかなか珍しい。それは学園でしばらく過ごしてみて余計にそう思った。

 学園長さんが咳払いをして、弛緩した空気を引き締める。


「さて、いよいよ本番じゃな」

「……はい。いよいよです」

「……長かったの。念を押すようじゃが、へまはしないようにな」

「勿論。それだけの準備はしてきたつもりです」


 ミツレさんの声色がまた変わる。エマさんに対して見せた緊迫感のある感じ。それだけ二人にとってこの『聖戦』にかける思いは真剣で切実な物なのだろう。


「じゃが、この学園の土魔法で君に敵う者はいないじゃろう。予選は問題あるまい。……指導者の立場上あまり大っぴらには言えないがの」


 にやりと笑って、緊張し過ぎた空気を再び元に戻す。そして、学園長さんは僕の方に視線を向けた。


「それにシオン君もいる。あれだけの力を持っているなら、ミツレも安泰じゃろう」

「いや、そんな事は……。僕はただ、いろいろな物に助けられているだけです」


 そうだ。僕はただ助けられているだけなのだ。特別な物なんてない。それだけは勘違いしちゃいけない。そんなものは重荷になるだけだ。


「ホホホ、謙遜するでない。そうやって助けたくなるというのもまた一種の力じゃろうて」

「そう、でしょうか」

「随分自身が無いのじゃな。君は」


 学園長さんは髭を撫で、目を細めた。見透かすような台詞に僕はたじろぐ。自分の内面、不安と緊張に繋がっている部分をばっちりと当てられたからだ。


「……まあよい。我々の宿願の為にも、君にも、もう少し頑張ってもらうぞ」


 僕とミツレさんに微笑みかける。学園長さんは「じゃあわしはこれで」と背中を見せ、この場からゆっくりとした足取りで去っていった。それを僕は彼女と並んで眺める。その姿が見えなくなった所で彼女に言う。


「しっかしまあ、学園長さんってすごい人なんでしょうね。さっきの見透かした様な台詞といい、演説といい、その時に見せた魔法もそうですけど、別次元の人間って感じがします」

「そうかな? 確かにおじい様は凄い人ではあるけれど、そうでない事だってあるさ。あの人は嘘つきだからね。例えば君が挙げた三つの事にだって偽物が混じっている」


 右手で三本指を立てて彼女は言う。偽物? どこが偽物だって言うんだ。実際に見てすごいと思ったのだから、問題ないのではないだろうか。


「それは、ミツレさんが長い付き合いだからそう思うだけじゃないですか?」

「そうでもない。確かに魔法は凄いさ。魔導王と呼ばれた事だってあるし、なにせこの学園のトップだ。それが嘘だったら務まらない。観察眼は年の功かな~」

「じゃあ、あの演説は?」

「あれ、全部録音だよ」


「私以外には分からないだろうけどね」と彼女は続ける。人間見た目には寄らないものだな、と改めて思った。

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