第6話

「さて諸君、何で私が呼び出しているのか、見当はついているかの?」


 目の前の老人は僕ら三人に問いかける。その問いの答えはこの場に集められたメンバーを確認すれば簡単に求める事ができた。僕とミツレさん、そしてエマさんは先日の決闘の首謀者だ。あの事が原因である事は間違いないだろう。


「学園長、この度は申し訳ありません。私もアイザックも熱くなり過ぎたと自覚しております」

「分かっているのならよい。喧嘩をするのは良いが少しやり過ぎたの。おかげで教員はてんやわんやじゃ」

「はい。反省しております」


 主人が頭を下げるのに習って、僕も頭を下げる。

 この人が学園長。いかにも魔法使いと言った印象を受ける三角帽子とローブ。特に特徴的だったのは右目にしている黒の眼帯。その幾何学的な模様は何を表しているのか分からない。

 僕は素人だけれど、雰囲気からこの人は凄いのだと分かってしまう。それぐらい目の前の老人からは気迫を感じる。呼び出されているとは聞いていたけれど、まさかこの学園のトップが呼び出していたなんて思わなかった。

 僕らが頭を下げたのを見届けると、老人は張りつめていたものを弛緩させてホホホと笑った。


「まあ、若いからそんなもんじゃな。ワシも若い頃は山の一つや二つ……。メイドに代理させている時点で君らは大したもんじゃ」


 学園長さんはふっとため息を付き、長々と伸びたひげを撫でる。


「実を言うとワシはこの件でそれほど腹を立ててはおらぬ。ポーズとして呼び出しただけじゃ。でないと他の生徒に示しが付かんからな。見た所数が足りないようじゃが……あと一人はどうした」

「申し訳ありません学園長様。アイザックは本日欠席です」


 隣にいたもう一人のメイド。エマさんがこの間とはまるで違う口調で頭を下げた。そこにも違和感を覚える。彼女は荒々しいイメージが合ったけれど、この場では誰よりも丁寧な印象を受ける。やはり彼女はメイドとして磨かれているのだ。未熟な僕とは違う。


「そうか、まあよい。さっきも言った通り、大したことではないからの」


 その後「あ、だからと言ってやっていいわけじゃないぞ」と学園長さんは補足した。まあそれはそうだけど。


「本題は別の所じゃ。そう畏まらなくてもよい。いつも通りで構わんぞ」

「そう? ならそうさせてもらうね。おじい様」


 さっきまでの敬語を崩してミツレさんはそう言った。思わず二度見してしまう。おじい様、その呼び方からして、学園長さんともそれなりに仲がいいらしい。……そうじゃなければ僕をこの学園に入れるなんて無茶振りができないだろうし。

 とはいえ、そこまでフランクになるのはもはや無礼なのではないだろうか。まあ、学園長さん自身は不服に思っていないようだし……僕が言うべきではないだろう。


「今回はワシの愛弟子が雇ったメイドがどんなものか気になっての。その子がそうかの」


 突然視線が僕に向いた。驚きつつ、学園長さんの愛弟子がミツレさんであること、そのメイドが自分であることを理解する。

 そして「はい」と手を挙げた。直後、穏やかな目線が、品定めするようなものへと変わる。爪先から毛髪の一本一本まで、チェックし終えたあと「ほう」と息を吐いた。


「めんこいの。なかなかの別嬪さんだ。これなら確かにミツレも雇いたくなるか」

「でしょ? 初めて見たときにピンときたの」

「加えて腕も立つとなれば決定じゃな。ワシはいつになったらメイドを付けるのか、気になってしょうがなかった」

「だって、なかなか気にいる子が居なかったんだもの」

「だからと言ってここまで直前まで準備を引っ張る事は無いじゃろうに……」


 ため息を付いた学園長さんはミツレさんから僕へと再び視線を変える。


「これから聖戦もある事じゃし、ミツレの頼むぞ」


 聖戦。この学園で行われようとしている、命を奪われる可能性もあるイベントだ。アイザックさんからも聞いた事があった。けれど僕はその詳細について何一つ知りやしない。認知できてないものから守る事はできないのだ。だから問う。


「はい。でも……聖戦って具体的に何をするんですか?」

「なんだ、言う取らんのか?」

「……ええ、彼にもいろいろあって、話す機会が無かったというか。せっかくだし、おじい様に説明していただいてもよろしいでしょうか。私よりよほど分かりやすく語れるでしょうし」

「良いじゃろう」


「さて、どこから話したものか」と思案して学園長さんは机から立ち上がる。傍らにあった立派な杖がカツカツと音を立てた。


「単刀直入に言おうかの。聖戦とは、この学園地下に眠る魔導の深淵へ行くための儀式じゃ。優れた四人の魔法使いを選定し、その頂点に立つものだけ深淵に行くことが許される」

「四人、選定……?」

「そうじゃ。優れた四人。正確に言えば炎・土・水・風の四属性、一人ずつの魔法使いじゃな」

「四属性?」

「そこから説明が必要か。基礎知識がまだまだついとらんようじゃの」

「……すいません」

「シオン君、四属性というのはね、魔法の分類の事よ」


 脳みそがパンクしそうになっている所にミツレさんが助け舟を出した。彼女は人差し指を立てつつ話を続ける。


「魔法によって影響を及ぼすものごとに分類されるの。例えば、この間エマさんが使ったのは風魔法ね」


 この間の戦いを思い出す。エマさんが最後に使った魔法『我が拳に貫けぬ物なし《グングニル》』。あの風の刃に包まれた拳は見てくれからして確かに風の魔法と言えるだろう。だが、少し疑問が残る。


「でもあれって、複合魔法って言ってましたよ。『力強くあれ《アームズ》』や『疾風の如く《バーニア》』は何魔法なんですか? 炎でも土でも風でも水でもないじゃないですか」

「ああ、例外だ」


 僕らの会話にエマさんが口を挟んだ。あれを使ったのは彼女自身だ。これ以上説明に適した人材はいないだろう。


「無属性魔法って言ってな。自分自身に影響を与える物や四属性に分類できないものがそれにあたる。だから魔法は全部で五つに分類されるって訳だ」

「……成程」

「話に戻っていいかの」


 僕が納得いったことを確認して学園長さんは声をかけた。それに頷く。


「四種の属性の衝突によって、結界を開け、頂点に立って者が門を通り深淵へ向かうという訳じゃ」

「その深淵へ行く手段だというのは分かりました。では、その……魔導の深淵って何ですか。抽象的すぎませんか? 僕が聞いた話だと願いを叶えられる……とか聞きましたけど」


 僕はアイザックさんからそう聞いた。僕の主人もそれを否定しなかった。だからこんな抽象的な答えではない。そう思っていたのだ。

 僕の問いに対して学園長は少し間を置いて考える。


「どんな願いでも……か。まあ、そうじゃな。その様に見えてもおかしくはないかの。

 

 手に入れた。つまり何かしらの願いを叶えたということだ。


「かつてワシは、深淵を覗いた。儀式もせずにな。おかげで片目はこのざまじゃ」


 学園長は片目にしていた眼帯を叩いた。今の口ぶりからして学園長さんの片目は使いものにならないのだろう。


「だが、ワシは力を得た。この学園を築くまでになった。願いを叶えたと言われても納得はできる。じゃがあれは失敗じゃ」

「失敗?」

「そうじゃ。ワシには分かる。この力は断片だ。本来の力の欠片でしかない。本来であればもっと大きな力を手に入れることができたはずじゃ……」


 学園長さんの手が震えた。杖を握る手に力が入っていることが分かる。それだけ自分が失敗したことを悔やんでいるのかもしれない。


「だからこそ、次の世代こそ正式な手順で成功させ、魔導会に更なる進歩を求めている……と言った所かの。つい、熱が入って長くなってしまったわい」

「ありがとうございます。長々と説明して頂いて」

「構わんよ。知識を求める者の助けをするのは老人の務めじゃからの。また、分からなくなったら来るといい。教壇に立たなくなってからワシも暇してるからの。話は終わりじゃ。もう行ってよいぞ」


 僕らは「失礼します」とまた頭を下げ、学園長室を去った。外から吹き込んでくる風が肌を撫でて、身震いをする。緊張感がそんな際立たせているのかもしれないと思った。


 学園長室の偉そうな扉を閉めた後、僕とエマさんは「はー」と長く息をついた。かなり目上の人との対談というものはどうしても緊張してしまう。それはちゃんとしたメイドのエマさんでも同じらしい。


「あー緊張した。ザックの奴、今日になって「やってらんない」とかドタキャンするからさ……気が気じゃ無かったっての」

もいきなりミツレさんが口調を崩したのはビックリしましたけど……」

「言わなかったけ? 私と学園長が仲いいの。親代わりに面倒見て貰ってたからさ」

「……初耳でしたよ」

「ごめんごめん」

「聞いて無かったらビックリするよな、それ。スカーレット様が学園長様の弟子って言うのは結構有名だけど。こっちに来たばっかのシオンには知ったこっちゃないよなぁ……」


 エマさんが頭をかきながら僕と肩を組む。突然のことだったのでびっくりして体がビクッと跳ねた。


「お互い、面倒な主人を持つと苦労するな」

「お互いって……僕はミツレさんの事を面倒だなんて思ったことないですよ」


 振り回されているとは思っているけれど。


「おっと、流石にご主人の前だと言えないか」

「エマさん、言いがかりもいい所だ。私がアイザック並みに面倒なんてことがあっていいはずもない」


 ミツレさんが胸を張って自信満々にそう言って見せる。エマさんはそれを「まあいいや」と受け流して僕を見た。


「シオン」

「え? ぼ……こほん。私の名前、憶えてらしたんですね」

「まあな。戦った相手は忘れねぇよ。珍しい戦い方をする奴なら尚更な」


 エマさん曰く、メイドが素手で戦うのは珍しい。だから彼女にとって記憶しやすかったのだろう。エマさんは咳払いして「いや、それはいいんだ」と話題を切り替える。


「アタシは次こそお前をぶっ倒す」


 ギラギラとした瞳が僕を見つめる。荒野にいる肉食獣みたいな雰囲気。それに押されつつも見つめ返す。


「……僕だってそのつもりです」


 昨日の結果が不服だったのは彼女だけではない。僕だってそれは同じなのだ。主人に勝利を捧げたかった。その誓いを中途半端に済ますつもりはない。次こそ、白黒をつけた見間違えのないような勝利が欲しかった。

 一瞬の時間の凍結。それをエマさんの豪快な笑いで解凍する。僕と組んでいた肩を解いて、彼女は腹を抱えた。


「いや、『僕』って……男じゃないんだからさ。いや、それで所々口調が崩れてたって感じか。納得がいっ──」


 笑っているエマさんが途中で表情を歪ませる。彼女の頬にはガーゼが当てられていて、何らかの怪我をしたのは明らかだ。

 僕は緊張からかそれにすら気づくことができなかったのだ。せめて気遣いでできる事を示そうと、声をかける。


「そのガーゼどうしたんですか? 酷く腫れているじゃないですか。一体誰にこんな事を……」

「お前、わざといってんのか?」


 呼吸が止まるかと思うほどのプレッシャー。それに気圧される。

 いったい誰が……。聖戦の前、僕らの様に戦う人は少ないはずだ。あれほど強い彼女が傷を負うなんて考えにくい。そう思案して昨晩ミツレさんの言っていた事を思い出した。


『両者気絶で引き分け』


 それが僕たちの戦いの結果だ。僕の気絶は自分の力によって気絶した。では彼女が気絶した原因は? それは頬のガーゼと今の言葉が示している。僕は彼女の、

 思考が彼女の言動に追いつき、完全にやらかしたと理解して「あっ……」と声が漏れる。背中の肌を冷汗が伝っていく。

 何とかしなければと思案。ひとまず謝る事を決めた。でも何を言ったらいいのか分からなくなってしまう。絞り出す様な一言を喉の奥から引っ張り出す。


「ご、ごめんそばせ」


 声が裏返った。

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