第2話
「え? 本当に脱げないんですか」
ミツレさんに言われた言葉が信じられなくて聞き返す。彼女は悩む素振りも見せずに頷いた。軽い気持ちで頷いたばっかりに、これから一生メイド服を装備して生きていかなければならないのか……。冗談じゃない!
「なんか方法とかないんですか!?」
「まあ、いくつか方法が無い訳じゃないよ」
「いくつか!? 早く教えてくださいよ!」
迫る僕に彼女は「落ち着けよ」とジェスチャで示す。方法があると言うことはそれに伴う手順もあるのだ。慌てたってしょうがない。
「一番手っ取り早いのは、着てる人が死ぬことかな」
「それは勘弁願いたいです」
「だよね。二つ目は服の破壊」
聞いた直後、襟元を掴んで引きちぎろうと試みる。だが、いくら引けども、引き伸ばそうとも、メイド服は伸縮するのみ。千切れたりはしない。
「簡単に千切れたりしないよ。それ、上級魔法の直撃にも無傷で耐えるから」
「……上級?」
「魔法のランク分け。初級、中級、上級、特級があるの。上級魔法以上ははこの国でも一握りの人しか使えないの」
「へぇ。ちなみにミツレさんが怪物を倒すときに使ってたのは何級ですか?」
「初級だよ。素養があればだれでも使える。上級は……山一つ平気で吹き飛ぶから」
忌々しく自分の体についているメイド服を睨む。こんなふざけたなりで相当な装備らしい。
「……とにかく、素手で簡単に破壊できないってことは分かりました。……他には?」
「あと一つだけあるよ」
「あるんですか? ……ほんとに?」
ここまでは無理難題を突き付けられたので、つい疑ってかかってしまう。
「主人が暇を出すこと」
「それ、クビにするってことですよね?」
「ああ、先代はこの方法でメイド服を脱いでいる。──らしい」
「らしいって……何で確信がないんですか」
「私がこの服を知ったのはついこの間だ。それに記録が数百年前でね」
「……じゃあ、しばらくは無理そうですね」
ここにきてようやくまともに達成できそうな条件が出てきたが。それはしばらく実行することが不可能だ。彼女にクビされたとしてすぐに雇い直してくれるとは限らない。この家は他に当てのない僕にとっては生命線だ。そう簡単に手放すわけにはいかない。
「てっきりクビにしてくれって言うかと思った」
「まだ務めて実務もしないうちにクビになりたくなかっただけですよ」
「ふーん、とか言ってメイド服に愛着が湧いていたりして?」
「そういう訳じゃない! ただ、また雇ってくれるとも限らないって思っただけです」
「じゃあ、そういうことにしとこっか」
含みのある言い回しで話を締めくくった。その言い方には不満が無かったわけでもないけれど、言い返すとまた地雷を踏んでしまいそうで、諦める。メイド服については受け入れることにしよう。これは、仕方ない。その上で問題になることについて目を向けなければ。
「でも本当に脱げないとなると、困りませんか? 風呂とかトイレとか……他にもいろいろ」
「それは大丈夫。身に着けている限り、服にも体にも塵一つつかないし。排泄物も内蔵から自動的に異次元へ転送されるから」
得意げに彼女はそう言った。何そのトンデモ機能。僕の体は異世界に来たけど、僕のうんこは異次元へ行くのか……。少し前の言葉に「アイドルはトイレに行かない」ってあったけれど、彼女達はひょっとして異世界人だったのかもしれない。……何考えているのか自分でも分からなくなってきた。
「だから脱げなくても大丈夫よ」
「……そうですか」
困らないのは分かったけれど、何だかなぁ……。真偽はともかく気分的にはあんまりよくないよな。
「不満そうだけど、身の安全のためなんだよ? 雇うからには簡単に死んでもらっちゃあ困るからね。そこら辺を色々考慮した結果だ。受け入れてくれ、なにせ君の肉体はあまりに脆い」
「そうですね……」
淡々と流される事実を否定することができない。この服は自力で破壊できないし、死にたくないからな。でも、理由があったにせよ、それを説明も同意書も無しに着せるのはどうかと思う。
「それにしても、これだけ完璧に使用者を守ろうとするってすごい熱意ですね。というかコレ、ただのメイドに着せちゃっていいんですか? ……実は奥さんに着せる服だったりしません?」
「いや、そんな事はない。従者用だよ。そもそも、我らスカーレット家に従う意思がないと着れないのさ」
「成程、余程大事な女性だったんですね。乳母さんとか?」
「ん? いや、加えて男性じゃないと着れないぞ」
「男性専用!? この見た目で!! 作った人はバカですか!?」
「私達が代々受け継いだ家宝になんてことを……。まあ、私だって最初はおかしいって思っていたけれどさ」
僕に指摘されて彼女は項垂れる。先祖代々ってなるとなかなか受け入れたくない部分があるか。僕も間違いなく受け入れたくない。そう思うと、有無を言わさず突き放したことに罪悪感が生まれる。
「あっ、そんなつもりで言った訳じゃないんです。すいません。熱意とかいろいろ伝わりましたから。可愛いと思いますよ。この服」
慰めるために服を肯定しつつ、スカートを持つ。それを見た瞬間彼女は一瞬で立て直す。あっ、確実に演技だったな。ちょっとでも同情した僕もバカだった。
「そうだろう。そうだろう! 私も君を見つけたときは運命的だとさえ思ったとも。この服と男性の組み合わせは間違っていなかったと!」
「……はぁ」
熱意は凄い。よく分からない方向性だけどね。先祖代々、よっぽどの異端者だったんだろうな。きっちりと遺伝している。
「売り飛ばさなくて本当に良かった……」
「え? 売り飛ばそうとしてたんですか? こんなに(性能は)すごい装備なのに」
「まあ、家は稼ぎが無いからな。今は時折家財を売り飛ばして生計を立ててる」
「……大丈夫ですか? それ。ちゃんと働いた方がいいと思うんですけど」
「それは後々だね。私はまだ学生だし。それにもうすぐ、こんな生活ともおさらばだ」
ため息を付いた。この生活を忌々しく思っているようだ。
脱却する手段も持ち合わせている。たぶんそれは就職だったりするのだろう。たぶん彼女はモラトリアムから脱却して、この苦しい世界でより厳しい環境に身を置く。それが表情からにじみ出ていた気がする。
これ以上重苦しい雰囲気になりそうだ。話題を変える事にしよう。
「話を戻しますけれど、この服に有用性があるのは分かりました。嫌ですけど、しばらくこれで過ごします」
そう宣言すると彼女は控えめにガッツポーズをする。……しないで欲しい。でもそれを指摘していたらきりがないので一旦スルーすることに決めた。
「仕事としてはひとまずこの屋敷の掃除、ですかね?」
「掃除? いや、要らないよ。掃除、洗濯、料理、その他諸々。全部魔道具でどうにかなっちゃうから。そんなことはメイドに任せないって」
魔道具か……僕らで言うお掃除ロボットみたいな物だろう。確かにそういうものがあれば、仕事として必要ないのかもしれない。
「じゃあ僕の仕事は?」
「護衛かな」
「メイドなのに?」
「いや、メイドだから護衛だよ。メイドとは古くから重宝されてきた戦闘要員だ」
彼女は当たり前の様にそう言う。つまりは、ここでは常識なのだ。メイドとは戦う者。そういう常識。……いやちょっと待って。
「護衛って、僕戦うんですか!? 僕よりミツレさんの方が強いんじゃないですか!」
「そりゃあ、君はド素人だしね。でもそのメイド服には訓練次第で中級程度までの魔法を使えるようになる機能もある。ちょっと体の使い方さえ覚えてしまえばそこら辺の人間よりも使い物になるさ」
簡単に言ってくれる。僕はバツグンに運動神経が良い訳ではない。どんなに取り繕っても「体育:3」と言った具合だ。「体の使い方さえ覚えれば」という彼女の言い分は体育教師とか、バツグンに動けた人間の発言に似ていて、説得力がない。
それに、護衛が必要ということは、それなりに危険が伴う場所に行くということでもある。いくら絶対の防御力を持つ服をまとっているとはいえ、未知の危険は不安を煽った。
「私は研修も経験も無しに役割を押し付けしないさ」
彼女の手が頭に触れた。僕の不安が漏れ出て彼女に察知されたのだと思う。
「すいません」
「謝ることはない。私だって、無茶を言っていることは分かっているからな。じっくりできるようになっていこう」
「……分かりました」
どうせ否定できる立場でもない。僕は彼女の従者で、この世界で生きていくためには他に手段もないのだから。
僕の肯定を確認した彼女は「よし」と頷いて頭から手を離した。
「さて、早速で悪いんだけれど、明日は学校に顔を出しに行こう」
「……この格好で人前に出るんですか」
「うん。そうじゃないと仕事にならないでしょ。脱げない訳だし」
「そもそも僕、学校は入れるんですか? 部外者ですよ」
「学校の学園長は古くからの知り合いでね。口利きすれば問題ない。せっかくだし生徒として入れようか」
彼女はやると言ったらやる。そういう凄みが確かにあるのだ。数時間の付き合いだけれど、嫌というほど理解した。そうでなければ僕はメイド服を着ていない。でも、それでも諦めきれず食い下がる。
「女子しか入れなかったりしませんか?」
「共学だし。それに君の場合、男って言うより、女って言っておいた方が良いだろう。格好が格好だし、面倒事はごめんだろう? 後は……そうだな。上品に口をきいておけば完璧だ」
「上品? 上品って、どんな風に?」
「難しく考えなくていい。困ったら「ですわよ」って言っておけばいいさ」
「雑過ぎじゃないですかね」
「まあ、人間意外と他人に興味がある訳ではないから、なるようになるさ」
「…………」
強引に僕の言葉をねじ伏せて「さて」と背中を見せた。
「できない理由は潰した。これで、学校に来てくれるかな?」
彼女は悪戯っ子みたいに微笑む。逃げ道を潰された僕はただ彼女の言葉に「はい」と頷くことしかできなかった。
▼
翌日。僕は彼女に連れられて学校に足を踏み入れた。彼女の言う学園長に顔を通し、入学を許可されると、早速教室に案内された。
僕が通っていた高校と比べても教室は数倍広くて、傾斜の付いた教室にひな壇の如く生徒が並べられていた。その中に彼女、ミツレもしっかりと姿を見せている。
「では、フヅキさん。自己紹介を」
教師に促されて、僕は教壇に上がった。僕は今から女として振る舞わなければならない。何故ならそのようにここでは登録されてしまったからだ。格好も相まって今のところ教師も含めてそう認識している。だけど、いつボロを出してしまうかひやひやしていた。
緊張をなるべく鎮めるために深呼吸。でも、それが余計に緊張を意識させた。体は中から熱くなるばかりである。
「えーと。文月……紫苑です。あ……ええ……」
続きの台詞が飛んでしまった。何を言おうとしたんだっけ。それどころかそもそも、女みたいなしゃべり方ってどうやるんだ?
昨晩の内に考えはしたのだけれど、ここにきて全てが頭から抜け落ちてしまう。その間にもじろじろと生徒たちの視線が息苦しくて、冷汗が出そうだった。
悩みに悩んだ挙句、ふと昨日のミツレさんとの会話を思い出す。
『難しく考えなくていい。困ったら「ですわよ」って言っておけばいいさ』
そんな簡単に行くわけないのは分かっている。でも、それ以外に策は無く、何より間が持たない。これ以上針の筵にさらされるのはごめんだ! ならば、行くしかない!
僕は清水の舞台から飛び降りる決心をして、
「仲良くしてくれたら、嬉しいで……嬉しいですわ、よ?」
顔を赤く染めながらそう言った。
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