2023年9月4日 遅いお盆

 まあ半分以上は愚痴になります。


 お盆前に妹と喧嘩して、私は兄なのに容赦無い捨て台詞を吐いては、関東圏に戻って行きました。普通喧嘩しても、墓参り位は一緒にするだろうも、妹は小さい時から自己中なので、まあそんなものかなと。

 もし母と父が生きていたら…まあ、私が我慢しろで怒られたと思います。そういう方針だから、生涯敵なしと勘違いするんだよな。まあ天国にいる父と母には、まるっきり届いて無いようですけど。


 妹とは7歳差。母は当時としては35歳の大台になってから出産。ここの経緯は、私が兎に角病弱だったので、いつか死ぬかもの親の勘だった筈。そこで、個人商店を継げる次男を欲したのは、子供心でも固くはない。ただ、産まれたのは弟では無く妹だった。当てが外れたが、そこは親の情が大きく動く。


 いざ生まれると子供は可愛いもので、出産後の母に会うべく産婦人科へと訪問すると、母は生涯で最高の笑顔と幸福感の中にいた。

 ここ、妹は生涯知る事もなく人生を全うすると思う。未だ独身も、いつか出産したら、何とは無しに知るかもしれない。まあ最大の大喧嘩の後なので、もう会うことは無いとは思うが。あとは自らの生き方次第だ。


 そして出産後、あるべき私への愛情は、その分妹に注がれた。私も当時拗ねたか、母と父に面等向かって愛情はちゃんとあると言われた。でも、それは言葉だけと、子供の勘も常識では図れない鋭敏さを持つ。その証拠に、仕事をしながら、子供二人惜しみない愛情を注ぐ事は出来ないと、大人になってから確認する。

 親だったら命を削ってでもは、人間は心身壊れないようにきっちり出来ている。どちらか、それのみだ。


 かくして私は、男子7歳にして愛情が途切れたままで、人生を推移する。

 寂しいかどうかは、妹が産まれる前迄、悉くど酷い夫婦喧嘩を見てきたので、愛情ってそんなものだ、通じ合わない事もある事を身体で覚えていた。私のその後の人生は、やや恋愛の波はあれど、一人で生きて来たから、それが続いても苦痛は無いはずだった。



 そして、妹に置いていかれた私は、お盆もとうに過ぎて、9月の今日になってから墓参りに向かう。自家用車は持てる訳でなく、ペーパーで、移動手段はバス一択。

 ただ、青森の東部から、西部奥の三内霊園に行くのはやぶさかでは無い。タクシーなら8000円の往復料金も私一人では効率が悪すぎる。残る方法は市営バスで、行く事は可能だが、青森ならではの接続の関係で戻ってくる事はとても難しい。でも結論から言えば、三内霊園から国道に向けてかなり歩いた事で、バス停から何とか帰れる。



 墓場に持参したのは、供物と清掃用にペットボトル2L1本。花は、次いつ来れるか分からないので、萎れる事を考えたら、割り切って嘆いてもらう事にした。墓場周りは綺麗であるべきと思う。

 そして清掃しては、供物を上げて、手を合わせた。母も父も新型コロナ時期に死んだので、まだまだやれる事はあった筈だが、それも時代としか言えない。ついでに言えば、妹を私に押し付けて天国に行けるのと、つい漏らす。



 新型コロナで大きく変わったのは家族のあり方だ。病院もろくに面会出来ずに常世の国に行く。おかげで、死んだか、まだ病院にいるかどうか、思いが曖昧になる。そう、確かに墓場の下に遺骨が入ってる筈で尊い筈なのだが、心中どうしても穏やかでは無い。

 それは青森市民漏れなくで、個人所有の墓地から永代墓地へと、墓じまいをする方が、結構な勢いで伸びているらしい。


 これは時代だからも。生き方を含めて、やたら虚ろな時代に立っていると、どうしても切ない。

 生きていると美味しいもの食べれるからは、これは私が母親にエールを送り続けた言葉だ。不可解な景気動向になっても、このエールだけは、全ての方にただ優しくはある。


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