第3話

魔法模擬戦が終了した。当然ながら、全ての試合でAクラスの人間が勝利。

Bクラスの人間は全戦全敗というわけである。

シンを含めた前方生徒全員は教室に戻る。シン達のクラスの人間は誰も彼もこの結果に満足してはいなかったが、ただそれほど悔しさを感じているわけでも無かった。それはもうここはそういう場所なのだと最初からみなが理解していたからだった。最初から諦めていれば何も期待せずに済む。そんな面持ちが彼らBクラスの人間にはあった。それでもただ1人シンだけはどことなくの後悔を感じていた。


「えー皆さん。いつもより早い時間ですが本日はこれにて終了です。解散。」


講堂から教室に戻った後すぐに先生が教室内で言葉を発し、生徒は皆ぞろぞろと帰宅のために教室を後にする。

シンも帰宅のために席を立とうとした時、先生に呼び止められる。


「シン、少しいいか?」


「なんですか?」


「今から図書室に行け」


「なんでですか? 今日ちょっと用事あるですけど」


「さあな理由は俺にも知らん。でもこれはお願いではなく命令だ」


(命令って)


よくわからないような命令を押し付けられたシンは心の中で小さく舌打ちをした。反対したところで意味はない。それが嫌なら学校を辞めろと勧められる。シンにはこの学校を卒業したい理由があったから基本的には従順的にこの学校生活を送ってきた。しかし、この学校は魔法模擬戦だけでなく基本的にAクラス第一主義だ。Aクラスの人間は基本的に何をしても許される。目に余る行為は何度も見てきた。しかしそんな事を見て見ぬフリをし続けてた。最初のうちは自分に強く言い聞かせたて、途中からはもうそんな自分に慣れてしまっていた。


「わかりました」


シンは先生に向かって返事をし、心の中では軽く溜息つく。そして命令する先生自分自身が知らない命令に従い図書室にむかった。

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魔高の図書室は大きい。いや、図書室だけに限らず体育館や音楽室など学校の全ての設備において基本的に広いスペースが確保され、尚且つ清潔感を保ち続けている。

そのため普段はこの図書室も生徒が沢山いるのだろうが、本日は図書室の中に誰もいないだろうということがシンにはわかった。なぜなら図書室の入り口の前に「閉館中」と書かれた札が貼ってあったからだ。


「閉館中じゃん」


シンには意味がわからなかった。先生が場所を言い間違えたのか。それとも、自分はただ単にからかわれたのか。後者は99%の確率でないとは思うが、仮に前者だったとしても学校の先生が設備の場所の名前を間違えるだろうか。

シンは頭の中でいろいろと考え込んだ。

特段これといった素晴らしい案が浮かんではこなかったが、とりあえず一度図書室の扉を開け、中に入ってみようとは思った。扉に鍵がかかってなく、開けばの話だが。

シンは図書室の扉を開けた。


(開いた!、、、図書室って閉館中でも鍵かけないのか、、、それとも、、)


シンは図書室の中に入った。大きな図書室で、周りには沢山の本が所狭しと棚に詰め込まれている。

一度図書室の中をざっと見渡してもやはり、ほとんど人の気配はしなかったが、唯一1人だけ、シン以外にその図書室には人がいた。

図書室に設置されているイスと机の一部を占領し、本を読んでいた。

そこにいたのは「ミナセ アズサ」だった。

彼女は静かに、しかし、しっかりとその本の一字一句を見つめていた。

自分以外に誰もいないこの空間にただ1人、本と戯れているように見えた彼女のその姿にシンは見蕩れてみとれててしまっていた。

その1ページ1ページをめくる動き、その指の先の所作の一つ一つまで彼女は美しかった。

シンが少しの間彼女のことを見続けていると、ミナセの方がその視線に気づいたのだろうか、シンの方を向く。

2人は少しの間見つめあった。


「あら、来たのね」


ミナセが言う。


「、、、来た?」


シンはもとの自分に意識を戻す。それでもなおぼーっと立っていたシンに向かって、ミナセは自分の目の前に空いている席に視線を向け「座れば」と言う。

ミナセの指示に従いシンは彼女と向かい合って座る。


「ミナセ アズサよ。アズサでいいわ」


彼女はとても簡単に自己紹介をした。


「ツクヨミ シンだ。もしかして、俺を呼び出したのってお前か」


「ええ」


「何のために?」


「ただの暇つぶしよ」


「暇つぶし?」


「ええ。1人でこんな広い図書室にいるというのも寂しいものでしょ」


「いや家に帰れよ」


シンは呆れた口調で言った。


「今日すぐに家に帰ると、面倒な人が居座っているから嫌なの」


「面倒な人?」


「そう、この学校の3年Aクラスにいる『ハロルド』という男が今日は家にきているの」


「ハロルド、、、」


シンにはその名前に思い当たる節が無かった。そもそもシンはこの学校にいる生徒を殆ど知らない。それは単純にシンが無愛想という理由もあるかもしれないが、シンは純粋にこの学校の他人を避けてきた。それは単純にこの学校に貴族という絶対的な権力者がいるからだ。彼らにかかれば友情も恋情も人情さえも簡単に壊されてしまうからだ。


「どんなやつなんだ?」


シンは素直に質問する。


「まあ、端的に言って貴族よ。Aクラスの人間だから当たり前だけど、そういう意味ではなくて、自分より地位が下の人は見下し、上の人には迎合する。そんな人間よ」


「ふーん。でも俺はよく知らないが、貴族の人間なんて大概そんなもんなんじゃないか」


「ふふ、まぁそうね。少ない例外もいるけれど、貴族の世界は大体彼のような人達の世界ね」


ミナセは少し笑いながら言った。シンにとっては彼女を含め貴族に対して非難の意を込めて言ったつもりだったが、あまりにもあっさりと彼女からの同意を得てしまったことになんだか申し訳なさを感じた。


「なら別に家に帰ったところでだろ。ハロルドってやつがいてもいなくても、結果はあんまり変わらないんじゃないか」


「そうでもないわ。彼は私に取り入ろうとしてきているから、ことあるごとに私に茶々を入れてくるのがとても面倒なのよ。私は貴族の中でもトップの貴族、大貴族に位置する者だから、普通の貴族の人たちは基本的には私に遠慮している人達ばかりなのだけれど彼は違うの」


「ハロルドってやつも、けっこう貴族の位ってやつが高いのか?」


「いえ、そうでもないわ。むしろ下の方にさえいるわ。けれど、だからこそ私のような上の者を取り込もうとしているのでしょうね。そういう野心が彼にはあるのよ」


「野心ねー。まぁ貴族様の世界なんてそんなもんか」


「ええ、そんなものよ。けれど、人間なんて大抵そんなものでしょう。それは貴族であるなしに関わらないと思うわ。あなたにだって何かしらの野心はあるんじゃないかしら」


ほんの少しだけシンの中で昔の記憶が蘇った。随分と幼い頃の記憶だった。そこにはあどけない自分とたくましい笑顔を浮かべた小さな男が2人で微笑ましく笑っていた。


「、、、さぁ、どうだかな。っていうかお前はどうなんだ。何かをやり遂げたいっていう思いとかはあったりするのか?」


「ええ、あるわ。どうしてもやりたいことが、わたしの中で一つだけ」


ミナセはすぐに反応した。その思いがどれほどあるものなのか、シンにはわからなかったが、それでも彼女のその言葉には今まで以上の力強さがあった気がした。


「ふーん、まあ頑張れ」


「あら、今度はそのことについて聞かないのね。今までずっと質問してきたくせに」


「聞いたら教えてくれるのか?」


「私がそんなに口の軽い人間に見えるかしら」


「全く見えないね」


「ええ、その通りよ」


「だと思ったよ」


彼らは少しだけ互いに笑い合った。


「そういえば、なんで暇つぶしの相手が俺だったんだ?」


シンは率直な疑問をぶつけた。


「あなたが今日の模擬戦で私に手を抜いたからかしらね」


「よくわからないな。手を抜くこととお前の暇つぶし候補者に選ばれる理由が関係あるか?」


「理由を知りたかったの。どうして全力でかかってこなかったかのかを。全力で来なさいと言ったはずだけれど」


「そりゃそうだろ。俺らBクラスのやつらはお前らAクラスのやつに勝てないんだよ。Aクラスのやつらはあれが八百長だって知らないのか」


「それぐらい知っているけれど」


彼女は少しだけ苛立ちの言葉とともに発した。


「だったら、手を抜くだろ普通」


「それはつまり、あなたは自分が手を抜かなければ私に勝てると思っていたということかしら」


彼女の瞳は力強くシンを見ていた。まるでシンに対して威嚇しているような眼差しだった。シンは瞬時に理解した、彼女がどうしてそんなにも好戦的なのかを。


「、、、はははっ」


一呼吸おいてシンは笑った。先ほどの戦闘中と同じように。さっきはどうして自分が笑ったのかはわからなかったが、今はわかった。


「どうして笑うのかしら。バカにしているの」


「いや、悪い悪い。全然バカになんてしてないよ」


「だったらなぜ」


「お前って結構負けず嫌いなんだなって思ったから」


「? どういう意味かしら」


「さっきの模擬戦でもそうだっけど、俺が挑発したらお前は近接戦闘から遠距離戦に変えた。まあ、あのときは別にわざと挑発したわけじゃないけどな。今回のお前の問いだってそうだろ。お前のそういう側面なんとなく意外だった。だから笑った。けど、そういうのは嫌いじゃ無い。っていうか、たぶんけっこう好きな方だな」


シンは自分が思っていることを全て言葉に出した。なんとなく、気恥ずかしさを覚えたが、それ以上に彼は清々しい気持ちで満たされていた。


「いきなり随分と気持ちの悪い言葉を発するのね。自分で言っていて恥ずかしく無いのかしら」


「だいぶ恥ずかしいな俺」


「全くよ。それで、あなたは私に勝てると思っていたのかしら?さっきの私の問いにあなたまだ答えてないわ」


「ああ、勝てると思っていた。」


「やっぱりね。けれど----」


「最初はな」


アズサが言葉を最後まで発し終える前にシンは言葉を被せた。


「最初は思ってたよ勝てるって。俺は基本的にこの学校の人間の名前や顔なんてほとんど知らないけど、お前は知ってた。貴族の中でも有名な貴族、三代貴族の1人だ。そんな家の人間だからさぞかし、甘やかされて育ったんだろうなって思ってた。でも違った。お前の戦いはとても洗練されてた。槍捌きはたいしたものだったし、魔法の攻撃にも恐れ入った。だから思った。こいつは強いってな。今思えば、お前と本気でやりあっても勝てるかどうかはわからないよ」


シンはあの戦闘で後悔していた。それは負けた悔しさではない。相手をみくびり侮ったことに対する無礼さ、そしてもっと純粋に戦いに望まなかった愚かさを。しかしアズサはそんなシンに弁解を与えてくれた。それは偶然の出来事で彼女がシンの心を慮ったおもんばさった訳ではないが、それでもシンにとっては嬉しかった。


「最初からそういう気持ちでかかってくればよかったのよ。まあ、わかればいいのだけれど」


「ああ、そうだな。悪かった。でもまあ、勝てるかどうかわからないと言ったけど、負ける気なんてのもさらさらないけどな」


「先に言っておくけれど、私もあれが全力ではないわよ」


アズサはすぐさま率直にキッパリと反論した。


「、、、お前さ、やっぱり負けず嫌いだろ」


「、、、知らないわ」

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