第39話 大好きな人との「ありがとう」

 ミリアたちの結婚式が終わり、披露宴も乗り切り、ようやく日常に落ち着きが戻ってきた。


「しばらくセイレンとも会えないのかぁ」

「そうだね。こうも予定がズレて入っているとは思わなかった」


 ただいまミリアとのんびりお茶中です。落ち着いたからおいで!と言われたので、お城の離れに遊びに来ました。


 実は私は明日から2週間ほどミサト街に帰る。領地でやることがあるらしい。

 そしてミリアは2週間後からしばらくカーティス殿下と元サンローン家の領地に視察に行く。


「で、カーティス殿下とはどうなの?新婚さんでしょ」

「殿下が部屋をこちらに移した以外は今までとそんなに変わってないよ。今までも毎日離れに来ていたし」

「そ、そうなんだ」


 今までも毎日来ていたんだ。へぇ、毎日…。カーティス殿下ってミリア大好きだよね。あまりその姿を見せてくれないだけか。まぁ、ヒロイン兼友人でこんなに可愛いミリアをほったらかしにしていたら、私が殴り込みに行くところだったよ。


「セイレンはどうなの?」

「私?…んー、特に変わらないかなぁ」

「だよね。婚約する前から夫婦みたいなところあったし」


 婚約する前から夫婦とは。矛盾がすごい。確かに仲は良かったけど。だって14年くらいソル様が気にかけてくださっていたからね。過去の黒歴史?知りませんそんなの。


 その後もミリアととりとめもない話をした。女子会だからね。話が尽きない。お互いの旦那の話だったり、淑女教育の話だったり、貴族の間の派閥の話だったり、少し遠いけど今度の社交界の話だったり。


 いろんな話をして最終的に行きついた先は去年の話だった。ミリアと一緒に下っ端メイドとして働いた話。


「最初、セイレンが話しかけてきた時はびっくりしたなぁ」

「あー、その節はご迷惑を…」


 確か、ミリアを始めて見た時「あなた可愛いね!眼福!名前はなんて言うの!?」て勢いよく聞いたんだっけ。ナンパかよ。

 ミサト街の子じゃないから、一歩引く必要はないよねってことで話しかけたんだけど、何せ同世代の子に話しかけるのって事務連絡以外初めてだったから、どうしていいかわからなくてね…。完全にナンパ。何がすごいって、これ前世の記憶が流れてくる前の出来事なんだよ。この世界でそんなナンパ文句言う人はいない。つまりは私の変人っぷりが露呈しただけだ。黒歴史の1つです。


「ふふ、面白かったね。…あの時の私は気が落ちていたから、セイレンの明るさに救われたんだよ」


 ミリアは懐かしそうに目を細めて、しみじみ呟く。

 そうだよね。その時はちょうどミリアが身売りされてすぐのはず。


「それからもずっと、セイレンは明るくて面白くて優しくて。そんなセイレンの側にいて、同期として働けてすごく楽しかった」

「私もミリアと一緒に働けて楽しかったなぁ」


 くだらないことを話したり、ふざけてスルーされたり、今も楽しいけど、あの時も楽しかった。決して貴族夫人になったからと言って、あの時の生活を恥じることはない。


「私が令嬢方に嫌がらせをされるようになってからも、それは変わらなくて。正直、セイレンが離れて行くんじゃないかなって思った。それに、私もセイレンに迷惑がかからなくなるならそれでいいかなって」

「そうだったんだ…」

「でもセイレンはずっと私の側にいて、楽しませてくれた。セイレンの側に私の居場所が絶対にあると思ったら、心が軽くなった。私はセイレンに救われたんだよ」


 そう言ってふんわり笑うミリアを見て、私は思わず泣きそうになった。

 あの時、私はミリアを救えていない、助けられていない、力になれていない…と思っていたけど、そうじゃなかったんだ。私はちゃんとミリアの力になれていたんだ。

 そう思うと、少しだけ心が軽くなった。


「セイレンのおかげで私は今カーティス殿下と無事に結婚できて、こうしてセイレンと楽しく話せている。セイレンのおかげで、私は今とても幸せな生活を送れている。だからね、セイレン…私の友達でいてくれて、ありがとう」


 ミリアはそう言って幸せそうに笑う。

 その笑顔を見て、私はバッドエンド回避だったり、ナツミ街潜入だったり、ミリアのために色々頑張ってきて良かったと思えた。何も無駄じゃなかったんだ。

 今こうしてミリアが幸せに暮らしている。それが何よりも嬉しかった。


 だから、私も。


「どういたしまして。…でも、私もミリアにたくさん助けてもらったんだよ。ソル様の噂で気に病んだ時も、結婚を受け入れるか悩んだ時も、ミリアに助けられた。ミリアのおかげで、私は楽しく過ごせている。ありがとう。私の初めての友人が、ミリアでよかった」


 ありがとう。そして、これからもよろしくね。






 ミリアとの楽しいお茶会も終わり、私はルーエスト家の屋敷に帰ってきた。


「何かいいことがあったみたいだね?」

「顔に出ていますか?」

「すごくにやけてる」


 今はソル様と夕飯を食べて、サロンでまったりしている。

 私は思わず顔に手を当てた。


「あ、本当だ。口角上がってる」

「楽しかったみたいでなによりだよ」


 そう言ってソル様は、そっと私の頭を撫でてくれた。その手が優しくて、思わず目を細める。


 あ、そうだ。この機会だし、ソル様にも感謝の気持ちを伝えようかな。今日は感謝デーだ。


「…ソル様、ありがとうございます」

「急にどうしたの?」

「今日は感謝デーです。さっき決めました」

「なるほどね」


 ソル様は理解したらしく、目を細めて優しく笑う。


「ソル様がずっと見守ってくださったおかげで、私はミサト街でもここでも安心して過ごせました。2度も命を助けてくださいましたし、悩んだ時にはすぐに助けてくださいました。今ではこうしてソル様と結婚できて…私はとても幸せです。ありがとうございます」


 私が感謝の気持ちを言葉にすると、ソル様は私をそっと抱きしめてくれた。その優しくて温かい体温に、幸せを感じる。


「それを言うなら、私もだよ。前も言ったけど、セイレンのおかげで私は変われた。それに、噂を知って、危ないことに巻き込んでしまってもなお変わらずに接してくれた。それどころかセイレンのおかげであの噂がなくなったんだよ」

「でもあれはミリアが…」


 私はただ、自分の気持ちを表に出しただけだ。最終的にはミリアが助けてくれた。


「最初に声を上げたのはセイレンだよ。私はセイレンにずっと助けられていた。ありがとう」

「私は、ソル様の力になれていましたか?」

「もちろん」

「それは…よかったです…」


 ずっと迷惑ばかりかけてきたと思っていた。でも、そんな私でもソル様の…いや、領主様の力になれていたんだ。そう思うと、心が軽くなった。

 頑張ってきたことは何も無駄じゃなかった。


「私と結婚してくれてありがとう」


 そう言って優しく微笑むソル様を、私はいつまでも好きでいるんだろう。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 そしてこれからもずっとよろしくお願いしますね、ソル様。




 私、大好きな領主様と友人のために、頑張って良かった。そう思えた1日だった。




〈完〉

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愛され領主様と友人ヒロインのために 春夜もこ @kaym_115

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