第36話 領主様の気持ち
すっかり肌寒くなってきて、もうすぐ冬だなぁと実感する。今では領主様の良くない噂もだいぶ消えかかっている。
そして今日は領主様と王都の街へ行く日だ。
私は前に領主様が買ってくれたバレッタをハーフアップの結び目に留める。やっと付けれた。友人と街に行くならお洒落するけど、1人で出かける時はそこまでしないんだよね。
「お待たせしましたー」
「あ、バレッタ付けてきてくれたんだね」
気づくの早すぎませんかね。絶対前世だったらモテるタイプじゃん。いやまぁ、前から知っていたけれど。
「久しぶりに付けてみました。凝ってる髪形にはできませんけど」
「似合ってるから良いと思うよ。凝った髪形にしたいなら、うちのメイドができるんじゃないかな」
「貴族の力すごい」
タダで?凝った髪形に?してくれるの?すごい。前世でも今世でも、そういう系が得意な人が身近にいない場合、お金かかるぞ。私?いません。
あ、そういえばミリアの髪形毎回可愛いよなぁ…。メイド時代はおさげだったのに。いや、おさげも可愛かったけど。
「さ、領主様、行きましょう」
「そうだね。またいくつか質問させてもらうよ」
「はーい」
本当に領主様は勉強熱心だなぁ。
その後は、領主様にいろいろ聞かれながら街を見て行った。意外な着眼点を知ることができて、私も結構楽しい。ちょっと視野が広がった感じ。
そして私と領主様は王都の街が見える小高い丘に来ていた。
「あれ、この感じどこかで…」
王都が全貌できるわけではないけれど、市場が見えて奥にお城が見えて…どこか落ち着くような、そんな感じがする。
「ミサト街だよ」
「ミサト街…?あ、そういうことですか!」
「そうそう」
そういえば、私の家から少し歩いたところに、こんな風に市場と学校と領主様の屋敷が見える小高い丘があった。私はよくそこに行って、のんびり眺めていたなぁ。
あれ、でも私がそこに行くときはずっと1人だったけど…。
「なんで領主様が知っているんですか?」
「昔ね、その丘の近くで会ったことがあるんだよ」
「え、いつですか!?」
領主様と街外れで会ったのって狩りの時くらいじゃないっけ。それ以外記憶がないんだけど…。丘の近くってことは、丘ではなんだろうけど。丘の近くって何があったかな。木に囲まれていたくらいだよね。小さい頃よく遊んでいたっけ。丘の方には行くなって養父にきつく言われていたから領主が代わるまでは丘に行ったことなかった。
「私が13歳だったから…セイレンが5歳の時かな」
「えぇええええ!?」
5歳!?え、5歳!?鼻ほじってたくらいの時期!?それはさすがに記憶にないね!
あれ、でもその頃はまだ領主様は後を継いでいないよね。領主になるまで街に来ていなかったみたいだけど…。
「まぁ、そうなるよね。ちょっと話が長くなるけど、その時はちょうど父が突然いなくなった時期で、探すために屋敷を抜け出したんだよ。まぁ、祖父が父に罪をでっちあげて消しただけだったんだけど」
さらっとすごいことを言われた気がする。そして消されただけって言ってしまう領主様よ。感覚が麻痺しているんだなぁ。麻痺するくらい、身内を消された。そうだよね、ルーエスト家の人は今はもう領主様しかいないもんね。
「そこで、私に会ったと」
「そうだね。一緒に泥合戦したり木登りしたり変なポーズで鬼ごっこしたりしたよ」
「何やってるの過去の私…!?」
一歩間違えば粗相じゃないですか!いや、一歩間違わなくても粗相だった。子どもの無邪気さ怖い。そして小さい頃から変人だったんだなぁ…。まぁ、あの養父の元で育ったらそうなるのも仕方ないか。え、もともとの素質?知るかそんなの。
…てそうじゃなくて。私よく今生きてるね。もし先代にバレたら首飛んでたよ。
「私は楽しかったからいいけどね」
「私が良くないんですけど」
盛大に心に傷を負った。嘘だけど。黒歴史の1つに追加された。幼少期から黒歴史製造機な私って一体…。
「まぁまぁ。それで色々遊んだ後、友達はいないのかって聞いたんだよ」
「友達ですか」
「そう。そしたら、友達はいないって悲しそうな声で答えてた」
あぁ、ぼっち…。領主様はそんな昔から私に友人がいなかったことを知っていたんですね。幼子に友達いないのって言われたら心にくるものがあるよね。純真だから特に。
そして領主様は13の時はまだ貴族然とした話し方かぁ。新鮮。
「街に住まないのかって聞いたら、街は怖いところだから住めないって」
「そうですね。養父様に厳しく言われていましたから…」
養父は絶対に私を待ちに連れて行ってくれなかった。私はよく駄々をこねて困らせていたらしいけど。
「それが衝撃で。あの頃の私は街のことなんて全く知らずに、祖父の話を鵜呑みにしていたから、祖父が治めている素晴らしい街だと思っていたんだよ。でも、こんなに小さな子どもがあんなに悲しい顔で友達がいない、街に住めないなんて言う街のどこが素晴らしいんだって、祖父は間違っているんじゃないかって気づくことができた。セイレンのおかげだね」
「私の…」
それじゃあ、その時に領主様が街の実態に気づいて、考え方が変わった。だから、先代が亡くなって後を継いでから街のみんなを救う政策をするようになった。街の人と交流するようになった。…乙女ゲームのような悪逆非道な人物にはならなかった。
そういうことだったんだ。現実とゲームの齟齬の原因。物語が始まる前に起こったイレギュラーな出来事。それを起こしたのは小さい頃の私だった。小さい頃の私の純真な言葉が、領主様を変えるきっかけになった。
「だから、セイレンが学校に来るために街に降りてきた時は嬉しかったよ。それにしても懐かしいね。よく学校で変な遊びをしたり、街外れで狩りをしたなぁ」
「あれはもう奇行です忘れてください。…もしかして学校に来たり街外れで何かイベントをするようになったのって」
「セイレンに少しでも楽しんでほしかったからっていうのもあるね」
そう言って領主様は優しく笑った。
そうなんだ…領主様は街にいる時からずっと私のことを気にかけてくれていたんだ。幼少期の私の言葉をずっと気にして。嬉しいような、申し訳ないような。
「ありがとうございます。おかげで楽しかったですよ」
「それはよかった」
ミサト街の過去を知らない私はみんなの輪に入ることを躊躇った。だから友人と呼べる存在はいなかった。だけど、そんな私の気持ちを察していた領主様は、私を無理やり輪に入れることはなくて。一人でいた私とのんびりお喋りをしてくれた。のんびり…ではなかった気もするけど。だって奇行していたし軽口の叩き合いしていたし。
「あ、もしかして領主様はまだ、私が街に住んでないことと、ミサト街に友人がいないことを気にしていたりしますか…?」
幼少期の私は友達がいない、待ちに住めないって答えたんだよね?それが領主様を変えるきっかけになった。でも私はいまだに街外れに住んでいるし、友人もミリアしかいないし…。あ、自分で言ってて悲しくなってきたぞ。
「気にしていた部分はあるね。だけど、楽しかったみたいでホッとしたよ」
ごめんなさい領主様。ちょっと気持ちの問題がありましてね。あと単純に養父と街中ですごすのは近所迷惑かなって。ボケとツッコミが日常茶飯事みたいなところあったし、奇行してドタバタしていたし。
「あ、じゃあ私は13年くらい領主様に見守られてきたということになりますかね」
「そうなるね。そう思うと成長したなぁ」
「しみじみ言わないでください。でもまぁ、そう考えると私は幸せ者ですね」
だって領主様だよ。みんな大好き領主様。そんな領主様がずっと気にかけてくれて、見守ってくれていたって何気にすごいことじゃない?それに領主様のおかげで私は楽しく過ごせていたわけだし。うん、幸せ者だね。
「…それでセイレン、ここから大事な話になるんだけど」
「大事な話?」
「驚くかもしれないけど、ひとまず聞いてほしい」
真剣な顔をした領主様は、そう言って改まる。真剣な顔も綺麗ですね、なんて思いつつ、私もつられて姿勢を伸ばす。
驚く話…?もうずいぶん驚いた気がするけれど…。
「セイレンのことが好きです。私の妻になってくれませんか?」
「…え、えぇええええ!?」
うん、これは驚く。むしろ人生で1番驚いた。
て、え!?今領主様なんて!?私のことが好き…?こんな、夢みたいな言葉が聞けるの…?
「え、どうして…?」
「私を変えてくれたこともそうだし、私がずっと気にかけていたこともある。だけど何より、お城であの噂を聞いてもいつも通りに接してくれて、そして噂を何とかしようとしてくれたことがとても嬉しかった。そんなセイレンを好きになったし、結婚するならセイレンがいいって思ったんだよ」
「そうだったんですか。…そう言ってくださってとても嬉しいです。でも私じゃ…」
私も領主様が好きで、領主様と両想いだったことがわかってとても嬉しい。だけど、いざそうなると、頭の中に浮かぶのは身分のこと。
私はただの平民で、領主様は上級伯爵。私からしたら、雲の上の存在なわけで。それにミリアの件で、平民が貴族社会に入ることがどれだけ大変で反発があるかも知っていて。私はミリアのように貴族と渡り合っていく武器はない。そんな私がこの話を受け入れて結婚したとして、領主様に多大な迷惑をかけてしまう。それが嫌だった。
「身分のことはわかっているよ。…今はゆっくり考えて。どれだけ時間をかけてもいいから」
「考える時間をくれるんですか」
「もちろん」
「わかりました。考えます」
しっかり考えよう。私の一生がかかっているし、領主様も時間を無期限でくれているし。ミリアに相談しようかな。
あと、私も今、領主様に伝えたい気持ちがある。
「でも1つだけ言わせてください。…私も領主様が好きです。そのことは覚えておいてくださいね」
「ありがとう」
そう言って優しく笑う領主様は、やっぱり私の大好きな領主様だった。
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