第35話 声を上げる
「セイレンちゃん…?」
思いのほか大きい声が出た。私と領主様の間に立つ先輩方が驚いた顔をして私を見る。
「違うんです。領主様はそんな人じゃないんです」
ずっと押し殺していた感情が溢れ出す。ふと、ミサト街に帰省した時にベンさんが言っていた、自分の気持ちを大切に、という言葉を思い出した。
自分の気持ちを大切に。自分の気持ちに正直に。この際思っていることを全部言おう。その結果、居心地が悪くなっても私にはミリアが、ミサト街が、そして領主様がいる。
「私は、領主様ほど心優しい方を知りません。2度も命を助けてもらったし、悩んだ時にはすぐに気づいて手を差し伸べてくれた。領主様は何があっても見捨てずに助けてくださる、そんな優しい方です」
「セイレン…」
領主様は驚きながらも、静かに私を見ていた。
自分の気持ちを正直に言う。だけど、感情的になりすぎなように。感情的になりすぎては、伝わるものも伝わらない。
「それは、ミサト街でも一緒です。領主様は悪逆非道じゃない。むしろ真逆です。よく街に来てはみんなと一緒に遊んだり、話したり、働いたり。街の人たちは、そんな領主様が大好きなんです」
領主様の話題になった時、必ずみんな笑顔なのは、領主様が愛されている証拠だ。領主様がどれくらい領民に愛情を注いでくれているかは本人にしかわからないけど、でも確かに私たちは領主様からの愛情を受け取っている。そして、そんな領主様に私たちもまた愛情を向けている。
「噂は全部嘘です。だから…だから、私たちの大好きで優しくて…自慢の領主様をこれ以上悪く言わないでください…!」
ずっと心の中に留めていた気持ち。ずっと噂は違うと言いたかった。私たちの大好きな領主様を知ってほしかった。
やっと言えたんだ…。そう思うと、涙が出てきた。
「セイレンちゃん…」
先輩方は目を丸くしていた。領主様は悪逆非道なんかじゃない。信じてください。
「よく頑張ったね、セイレン」
ふと、後ろから声がした。…ミリアだった。
「ミリア…?え、なんで…」
あれ、離れに戻ったんじゃ。休みは午前までじゃ…?
「殿下に頼んで午後も休みをもらったんだよ。…あとは私に任せて。あの時助けてくれた恩をここで返すよ」
ミリアはそう言うと、先輩方を連れてどこかへ行ってしまった。ここはミリアに任せよう。きっとミリアなら上手くやってくれる。
ありがとう、ミリア。
ミリアと先輩方の姿が見えなくなったあと、私は領主様と一緒に建物の陰に隠れた。
さすがにこの状況を見られたら色々まずいからね。私泣いているし…。領主様はそんな私の背中を静かにさすってくれている。
ようやく意地で涙を止めて、顔を上げる。
「ごめんなさい。お見苦しいところを見せてしまいましたね…」
領主様の前で泣いてしまった。先輩方に言ってる時、声大きかっただろうし…。
あ、でも領主様の前で泣くのは2回目だね。そういえばあの時も噂関係だったなぁ。なんだろう…私、領主様が関わると涙もろい…?
「いいんだよ。…ありがとう」
その声があまりにも優しすぎて、意地で止めたはずの涙が再び溢れてきた。
「あ、だめです泣きます」
「泣いちゃった」
領主様は小さく笑いながら、再び背中をさすってくれる。
「いじわるですね」
「ごめんごめん。じゃあ、いじわるついでにもう1つ」
「わかりました。顔は上げませんからね」
「はは、それでいいよ」
いじわるついでにって言っている時点で確実に今の私じゃ泣いちゃうやつじゃないですか。もう今回は盛大に泣いちゃおう。この先笑って過ごせるように。
「自慢の領主って言ってくれたこと、すごく嬉しかった。…実はずっと不安だったんだよ。私のやっていることは領民のためになっているのかって。祖父と同じようになっていないかって」
「領主様…」
「だからね、自慢の領主ってセイレンが言ってくれた時、今までやってきたことが無駄じゃなかったんだって思えた。ちゃんと領民に向けている愛情が届いていた。それがすごく嬉しい。セイレンのおかげで少しだけ救われたよ、ありがとう」
うん、やっぱり涙が溢れてきた。今の私はたぶん、領主様の言う事全てに泣く自信がある。
領主様もずっと不安だったんだ。ずっと先代の残した傷と戦って、悩んで。
大丈夫ですよ。領主様の思いはちゃんと届いています。じゃないと、ひどい状況からあんなに活気あふれた街になりません。
だから、自信を持ってくださいね。なんて、私が言えたことじゃないけれど。
少しでも領民の気持ちが届くといいなぁ。今度帰省した時に、みんなに自分の気持ちを領主様に伝えるように言ってみようかな。
「今絶対顔ひどいです」
「大丈夫大丈夫。今までどれだけ変顔見てきたと思ってるの」
「わーわー、それは言わないでくださいー」
確かに昔はよく変顔していたけども!今思うとすごく恥ずかしい。子どもの無邪気さ怖い。
「とにかく、今はゆっくり泣いていいよ。ずっとここにいるから」
「…はい。ありがとうございます」
あの後、領主様は言った通り、ずっと傍に居てくれた。その後は第3隊の屯所でミリアから話を聞いた。何を話していたのかは教えてくれなかったけど、その日から少しずつだけど領主様の悪い噂は消えていった。
これでもう、領主様の悲しい顔を見なくて済む。そして私も領主様の噂に頭を抱えなくていい。
声を上げることも時には大切なんだね。
そして噂がだいぶ消えたころ、私は領主様と王都に行く約束をした。
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