第34話 終わらない噂

 カーティス殿下とミリアの婚約発表パーティーから一夜明けた。

 休みをもらった私は案の定昼前まで寝てました。今はちょうど昼時でお腹が空いたので、食堂に来ました。食堂に来たんだけど…。


 何かみんなの様子がおかしい…?


 さっきから、チラチラ私の方を見てくる。だけど、悪口を言う感じじゃなくて、どちらかというと同情?憐み?が入ってそうな…。


 私何かされたっけ。そりゃ過去には西の森で魔力切れたり、手練れ対峙して殺されかけたりしたけど。でもそれ以外だと特に何もないはず。

 そういや私この1年も満たない中で2度も命の危機が到来していたね。こうして無事なのも全部領主様のおかげだと思うと、感謝してもしきれない。


「あ、セイレンさん!大丈夫なんですか…?」


 みんなの視線に疑問を感じつつご飯を食べていると、後輩ちゃんがやってきてくれた。


「一体何が起こっているのか私にはわからないんだけど…」

「え、だって昨日、ルーエスト様に呼び出されて乱暴されたんですよね!?」

「げふっ…ちょっと待って、何がどうしてそうなった!?」


 思わず咽た。危ない、もう少しで美味しいお肉が口から出る所だった。タンパク質は死守したぞ。

 …て、そうじゃなくて。何その噂!?私が?領主様に?乱暴された?何のことかなー!?


「昨日、ルーエスト様に連れ出されていくセイレンさんを見たメイドがいて…」

「あぁ…最初の…」


 ため息吐きながら歩いてたら、領主様がいつの間にか隣にいて軽くホラーを体験したあれか。

 連れ出された…まぁ、噂と併せるとそう見えても仕方ないのかなぁ。


「ついにルーエスト様がメイドに手を出したってみんなの間で持ち切りで」

「うわぁ…」


 思わず現実逃避をしたくなった。領主様が?メイドに?お城で?…ないない。もしあったら私が殴り込みに行く。それに私を見たらわかるでしょ。どこも怪我してないよ。…足が棒になりすぎて転んだ時にできた傷以外は。


「連れ出されてから戻ってきたら腕に傷があったって…」

「これ、盛大に段差に躓いて転んだだけだから…まじでくじ運恨む」

「あ、いつもの先輩だ。ということは、何もされてないんですね」

「されてないされてない。ちょっと交流があって話してただけだから」


 というか、後輩ちゃんが私を信じた理由よ。いつもの先輩ってなんですかいつもの先輩って。

 まぁ、噂は違うって信じてくれただけ良しとするか。


 それにしてもこの状況どうしよう…。もう噂を流す人はいないのに、今までの分の噂が使用人の間でさらにレベルアップしたんだけど。ちょっと予想外すぎて頭がついていけない。長年の噂で良くない人物像が出来上がってしまっていたのか…。

 こうなる前にもっと早く否定しておけばよかったのかな。気長に否定していけばいいなんて思わなければ…。


 あれ、これ私のせいで領主様がさらにひどく言われてしまう…?


「後輩ちゃん、このデザート食べていいよ。私はちょっと行くところができた」

「やった!ありがとうございます」


 まだ食べていなかったデザートの果物を後輩ちゃんに渡し、残りのご飯をかき込んだ私はそのまま食堂を後にした。周りの視線がとにかく嫌だったのと、領主様の元に逃げ込みたかった。






「え、いないんですか?」


 第3隊屯所に行くと、ちょうど近くにいたカテリナ様が領主様の不在を告げた。


「えぇ。王太子殿下に呼ばれて。しばらく戻ってこないと思うわ」

「わかりました。ではまた来ますね」

「いつでもいらっしゃい。ここはみんな、本当のことを知っているから」


 そう言って優しく笑ったカテリナ様は、そっと私の頭を撫でてくれた。

 さっきの噂、ここの人たちももうすでに知っているんだ。出回るの早すぎだよ。…ということは、領主様の耳にも。


 なんだかすごく申し訳ない。私が完全に悪いわけではないけど、もっと早くに噂を否定していたら、こんなことにはならなかったはず。あんなに助けてくれたのに、私は迷惑しかかけていないような…。


 屯所を出て、そのまま寮の部屋へと向かう。気分は最悪。こういう時、ミリアが居てくれたらなぁ…。


「そこの貴女、ひどい顔しているわよ」

「ミリア!?え、なんで!?というか今の喋り方様になってる!」


 いきなり声が掛けられた。その声の方を見ると、そこには休んでいるはずのミリアが立っていた。

 そして喋り方よ。さっきのは完全に貴族令嬢。淑女教育頑張っているみたいだね!


「ふふ、どう?貴族の私」

「完全に令嬢。何かやらかしたかなって身構えたもん」

「そっかそっか。で、どうしたの?」


 私はミリアにさっき聞いた噂のことを話した。噂を聞いたミリアは苦い顔をした。


「なるほど。それは辛いね…。私の方でできる限りなんとかしてみるよ。立場はあるし」

「そういえば立場上だった。うん、心強い。ありがとう」


 そういえば今のミリアって、中級伯爵の令嬢で、第2王子の婚約者だった。もう身分だけ見たら雲の上の存在、みたいな。


「辛くなったら離れにおいで」

「え、いいの?」

「もちろん。使用人にはセイレンが来たら通すように言っておくから」

「ありがとう」


 私が逃げ込める場所が増えました。少しだけ気持ちが軽くなったような。さすがミリアだなぁ。


 その後、ミリアは離れへ戻って行った。どうやら休みは午前中までだったらしい。頑張ってね。






「あ、領主様」


 ミリアと別れて部屋に戻る途中、今度は領主様に会った。

 あれ、王太子殿下に呼ばれたんじゃなかったっけ。カテリナ様はまだしばらくかかるって言っていたような…?


「あ、セイレン」

「お疲れ様です領主様」


 挨拶をしたあと、沈黙が落ちる。


「…ごめんねセイレン。辛い思いをさせてしまって」


 ふと、領主様が静かに呟いた。その言葉が指すのは、間違いなくあの噂。やっぱり領主様の耳にも入っていたんだ…。


「領主様…謝らないでください。私の方こそ、迷惑をかけてしまって」

「そんなこと思っていないから気にしないで」


 そう言って領主様はいつもの優しい笑顔を見せてくれた。

 その笑顔を見て、やっぱり領主様の悪い噂は早くなくなってほしい、みんなにこんなに優しい領主様に気づいてほしい、そんな気持ちが大きくなった。


「…どうすれば、すぐに噂が嘘だって信じてもらえるんでしょう」


 気長に待っていても、新しい噂が生まれるだけで、消えない気がしてきた。早く噂が消えてほしいのに。すぐに噂を消せるような力が私にはない。私にできることは、違うんだよって声を上げることくらいだ。

 私の力ってなんてちっぽけなんだろう。領主様は、こんなに私を助けてくれたのに。


 その時だった。


「何をやっているんですか!」


 突然後ろから声がして、あっという間に私と領主様の間に数人の先輩メイドが入る。

 私を庇っているみたいな、そうとしか取れない形で。


「あの、先輩…?」

「セイレンちゃん、私たちが来たからもう大丈夫だよ」


 何が大丈夫なんですか。ねぇ、何が大丈夫なんですか。私は何もされていないのに。ただ普通に話していただけなのに。


 領主様も困惑しているようだった。


「あの、違います。先輩方は勘違いをしているんです」

「そう言わされているだけだろう」

「いや、本当に違うんです」

「無理しなくていいんだよ」


 どうして信じてくれないんだろう。違うって言っているのに…。


「ルーエスト様、うちのメイドに手を出さないでいただきたい」

「ただ話をしていただけだよ」

「嘘はいくらでも言えます。貴族なら嘘も真実に変えてしまいます。これ以上セイレンちゃんを傷つけないでください。罰は甘んじてお受けしますので、ここはお引き取りください」


 領主様は貴族、それが今は壁になっていた。おそらく、領主様が何を言っても先輩方は聞いてくれない。


 ふと、領主様が悲しそうな表情を見せた。私の方を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。

 そんな顔見たくないのに。どうすればいいんだろう。私は、どうすれば…。


 もう、限界だった。


「だから違うんです…!」


 お願いだから、信じて。

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