第33話 婚約発表パーティー

「絶対イカサマだって」

「はいはい。セイレンさん、手を動かしてください」


 そして迎えた婚約発表パーティー。


 こっそり様子を窺おうと思っていた私は、見事に手伝いに当たった。何あのくじ引き。何でこんな時に限って当たるのさ。

 そしてほんの数日で後輩と立場が逆転したんですけど。あれ?おかしいな?


「しばらく体調不良で休んでいたツケが回ってきたのか…」

「そうかもしれませんね。あ、私はこれを運んできます」

「はーい、頑張ってねー」


 後輩ちゃんは元気よく飲み物を持って歩いて行った。

 ふふふ、数時間後の反応が楽しみですね。絶対足がしんどくなるよ。


「どうにかこうにか見に行けないかなぁ…あ、見に行ける場所あった」


 給仕が使う、会場と裏方の仕切りから覗いちゃえばいいのか。そうと決まったら早速運ぶぞー!






 飲み物を運び、なんとか裏方のメイドに頼み込んで、仕切りから覗いていい許可をもらった。

 メイドさん、最初は渋っていたけれど、ミリアと私の関係を考慮してくれたみたい。ミリアがカーティス殿下と結婚することは、まだ正式には発表していなかったけど、使用人の間で噂が広まっていたらしい。噂怖い。


 ちなみに領主様の噂も全然消えない。否定はしていっているんだけど、案外消えないものだね。特に結構前から働いている先輩方はあんまり信じてくれない。それに実際否定する場面が少ない。屯所外で会えれば噂が嘘だって証拠になるんだけど、ディランルード様がお休み中で、その分仕事も増えているみたいだから、なかなか会わないし。


「今から、カーティス第2王子の婚約発表パーティーを開催する」


 仕切り近くまで行くと、会場から声がした。おそらく宰相あたりかな?


 私は仕切りからちょっとだけ顔を覗かせる。

 会場内は静まっていて、壇上に立っているカーティス殿下を見ていた。周りを見渡すと、ディランルード様とカテリナ様がいた。何気にカテリナ様が社交界に出るの初めてじゃない?今まで出たことないって言っていたよね。

 そして壁の近くに領主様がいた。…え、壁の花やってるんですか。噂を流す人いなくなったのに壁の花なんですか。もったいない。というか、そもそもこういう場苦手そう。あ、もしかして貴族社会でもまだ噂消えてなかったり…?半信半疑って人多そう。


「早速だが、婚約者に登場してもらいます。ミリア・ファリアス様、どうぞこちらへ」


 司会の方がそう言うと、壇上の奥の方からミリアがゆっくり歩いてきた。ミリアの顔の良さを最大限に活かしたヘアメイクと美しいドレスに身を包んだミリアは、とても可愛らしくて綺麗だった。

 ミリアの姿を見た貴族方がざわめく。特に悪口を言っていた令嬢方が。言っていたというよりは、言わされていた?そして使用人の間で広まっていた噂を貴族は知らなかったんだね。そう思うと使用人すげぇ。


「ミリア・ファリアスとの婚約を、ここに正式に発表します」


 ミリアが隣に来たのを見て、カーティス殿下が声高らかにそう言った。

 ミリアはしっかりと前を見据えて、堂々としていた。その姿はまごうことなき貴族令嬢で、王子の婚約者だった。

 立派になったなぁ。ちゃんと結ばれてよかったね。おめでとう。


 こうして、ミリアがカーティス殿下の正式な婚約者となったのだった。


 その様子を見届けた私は、そのままその場を離れて仕事に戻った






「はい、休憩入りな!」

「ありがとうございます…」


 厨房を仕切っている使用人から声がかかり、私はようやく休憩に入ることができた。

 もうね、足が棒。きつい。パーティーだから運ぶものも多くてかなり往復した。ちょっと人気が少ないところで盛大にため息を吐きたい気分。ということで、外に出ますか!ここにいたら休憩中にも関わらず仕事がやってきそう。


 そう決めた私はすぐに外に出て、歩き始める。


「はぁ…しんど…くじ運め…」


 なぜ当たる…というか、私に当たる率高くない?気のせいか。とりあえず明日は引きこもる。もう一歩も外に出ない。うそうそ、ご飯食べに食堂くらい行きます。


 それにしてもミリア綺麗だったなぁ。婚約発表パーティーでこれなら、実際の結婚式はもっと綺麗だろうね。見たいなぁ。まぁ、さすがに結婚式を覗き見はできないか。こういう会場でのパーティーじゃないから、使用人は入れないし。披露宴なら見れるかな。でも披露宴の時はウエディングドレスじゃないよね。あ、結婚式が始まる前に押しかける…?コネを使ってさ。領主様とか領主様とか領主様とか。それに頼んだらミリアもオッケーしてくれそうだし。


 そんなことを考えていた時だった。


「セイレン。おーい、聞こえてる?」

「ういあ!?…て、領主様!?」


 いつの間にか横に領主様が居ました。全然気づかなかった。ホラーかよ。

 領主様は笑いながら、近くにあったベンチを指さす。私は領主様に言われた通り、ベンチに座った。領主様も隣に腰掛ける。


「何考えていたの?」

「ミリアの結婚式です。どうにかこうにかウエディングドレス姿のミリアが見れないかなーって」

「それはもうミリアに直接頼み込むしかないんじゃないかな」

「ですよねー。…領主様はなぜこちらに?」


 正式に発表したから、今はパーティーが始まって、みんなダンスしたり喋ったりしているはず。


「息苦しくて抜け出してきた。そしたら、セイレンが見えたから来てみたんだよ」

「そうだったんですね」


 息苦しくて、かぁ。サンローン家が消えて、噂を流す人はいなくなった。だけど、長年塗り固められてきた悪逆非道との噂は簡単には消えなくて。今までのように、どこか遠巻きに見られているんだろうなぁ。うん、それは確かに息苦しい。

 もうここは時間が解決するのを待つしかないのかな。


「というか、発表の場面見ていたね」

「気づいていたんですか…」

「もしかして、と思って仕切りの方を見たら居た」


 ちゃんとバレてた。そして私の行動読まれていた。さすが領主様、領民のことをよくお分かりで。


「ミリア綺麗でしたね」

「そうだね。ディランが安心していたよ。よくやりました、さすが僕の娘ですって」

「いや6歳差…」


 ディランルード様、なんか知らない間に父性芽生えてません?すっかり父らしくなりましたね。6歳差だし、養女になってまだそんなに時間経ってないのに。

 …そういえば、今後ディランルード様が結婚したら養母になるわけですが、歳の差どうなるんですかね。仮にカテリナ様だったらミリアと2歳差だぞ。子連れパパと結婚するみたいな感じになるのかな。


「ディランルード様や王太子殿下は結婚どうするんですかね」


 王太子殿下なんて、アダリンナ様と婚約解消したから今はフリーだし。王族としては早く世継ぎが欲しいだろうし。


「ディランはナツミ街が落ち着きを取り戻したらするらしい。王太子殿下は候補をいくつか絞っているみたいだよ」

「そうなんですね。…え、するんですか?ディランルード様にはもう相手が決まっているんですか?」


 領主様の言い方だと、もうすでに結婚の予定が入っているってことだよね。え、いつの間に…?この前ナツミ街に行ったときはそんな話はなかったのに。私に情報が来てないだけか。そうだ、私平民だった。強く根付いていた身分意識が、最近は薄まってきている気がするなぁ。


「決まっているよ。カテリナの父が申し込んだらしい。たぶん、一時的にでも面倒を見たディランを助けたかったのかな」

「なるほど。…て、カテリナ様!?」


 ここにも、恋愛結婚が成立してました。まだ結婚していないけど。事情は別であるけど。

 そして2歳差の親子が誕生したよー!もう完全に姉妹。まぁ、ミリアを可愛がっているカテリナ様のことだから、ミリアが娘になることをすごく喜んでそう。それにカテリナ様が側にいるならこれからも安心だね。


「つい昨日聞いたんだよ。まぁ、事情はどうあれめでたいね。祝いの品何やろうかな…」


 あー、そっか。部下同士の結婚であり、姉妹街で繋がりが深い家の令嬢の結婚か。生半可なものは渡せないよなぁ。うん、頑張れ。私はそういうのは全くわかりません…。

 あ、ちなみにミリアには婚約が分かった時点でプレゼントをあげました。とはいえ高いものは無理だから身近なものになったけど。


「大変そうですねぇ。…ところで領主様はいつ結婚するんですか?もう相手を見つけてもいいですよね」

「うん、言われるだろうと思ってた。でもまだするつもりはないよ」

「そうなんですか?」


 少しホッとした。でも、それは領主としてまずくない…?

 実は領主様の外に、ルーエスト家の人はいない。おばさん達から聞いた話によると、先代が領主様以外の人を何かと理由付けては殺したり追い出したりしたらしい。

 まぁつまり、後を継げる人がいないのだ。領民たちはそのことをすごく心配している。もし万が一領主様に何かあって、領主が全く知らない人に代わった時、前みたいに戻るんじゃないか…て。領主様の子どもならその心配も減るんだけど…。


「カーティス殿下とミリアを見ていると、まだ諦めなくてもいいんじゃないかなって。まぁ、それはどうでもいいか」

「え、好きな方がいるんですか?」


 それは初耳だぞ。言い方的に身分は高くなさそう。ちょっと悲しいけど。


「そういうことじゃないよ。結婚に利益を絡ませる必要はないんじゃないかって思い始めているだけ。それにしても、セイレンはそんなに早く私に結婚してほしいの?」

「してほしいというか、私が街の人と騒ぎたいというか。だって絶対ご馳走パラダイスですよ」


 しかも安い。ある意味前世で言う食べ放題みたいな。私の場合はやけ食いも入るけど。お金はまぁ、ピンチになったらそのうち帰って来るであろう養父に強請る。


「欲望に忠実なだけだった…」

「食欲に従順なだけです」

「そういえば、物欲はそんなになかったね。じゃあ今度また新しい髪飾りでも送ろうかな」

「うわ、いじわる」


 桜似の髪飾り、全然使えてないんですよ。もったいなくて。それなのにさらにもらうなんて…。本格的な箱でも買って大事にしまおうかな。

 そして人から物を送られるの、本当に慣れていないんですって。…そういえば、私将来どうしようね。領主様を超える人って居ない気がするんだけど。


「はは、冗談冗談。…さてと、私は会場に戻るね」

「はい。頑張ってくださいね」


 領主様はそう言って、再び会場に戻って行った。


 そこで気づいた。今、仕事の休憩中だったね!たぶん時間ギリギリだね!…急いで戻ろう。


 ちなみに戻っている途中で盛大に転んだ。もう足が限界。


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